19:愚かな兄


-----ウィップ。僕は王太子になんて生まれたくなかったよ。

-----スピルの国民の為なんて言われても、頑張れないよ!


 僕はいつもそんな事ばかり考えていたというのに。それに引き換えフルスタは……。

 ドクドクとウルサく鳴り響く心臓に、僕は深く呼吸をします。ダメだ、ダメだ。泣いてはいけない。自分の事しか考えていない僕に、涙を流す資格など無いのだから。


「まったく、あれでまだ十二歳だってんだから驚くよな」

「……フルスタに会ったの?」

「ああ、丁度授業が終わった後、中庭を歩いていたらたまたまな」


 フルスタの事を思い出しているのか、ケインの表情はとても嬉しそうです。なんで、フルスタに会った事を嬉しそうに話すのでしょう。モヤモヤする。イライラする。とても、イヤな気持ちです。


「……しゃ、しゃべった?」

「少し。スピルの未来を、どうか頼みますって頭を下げられたよ。弟にはもったいないぜ。俺もあぁ言う人にお仕えしたかった」

「っ!」


 あぁ、もう……ダメです、我慢できません。

 ケインの言葉が僕の心をポーンと崖底に落っことしてしまいました。僕は零れ落ちてくる涙を抑え切れず、手で口元を抑え込みました。


「っぅ、っふ……ぅえ」

「ん?なに泣いてんだよ、ラティ」


 未だにどこか嬉しそうな声色で尋ねてくるケインに、僕は急いで涙をゴシゴシと腕で拭います。今ならまだ間に合う。まだ、涙を止める事が出来る。


「……ううん、なんでもっ。ないよ!」

「何でもない?」

「うん!ちょっと……目にゴミが入っただけ!」


 言いながら必死に目を擦る僕に、ケインが突然ヒヤリとした声で言いました。


「ラティ。お前、俺に嘘吐くのか?」

「あ、いや……」

「友達に嘘は吐かないって言っておきながら……俺に嘘をつくのか?だとすれば、俺はお前にとって友達じゃないって事になるな?」

「あ、あっ!違う!ちがうよっ!」


 そう、どこか冷たい目で見てくるケインに、僕は必死に首を振りました。その瞬間、後から後から滲んできた涙が次々と零れ落ちてきます。あぁ、もうダメです。今更どうしても、この涙は止められそうにありません。


「ち、ちがう!あ、あの……ぼく、あの……情けなくって!フルスタが、立派なのに……僕はこんなだから……!」

「それで泣いたのか?本当に?」


 ケインの切れ長の目がスッと細められ、僕の心をスルリと捕らえます。その、全てを見通すような美しい瞳に、僕はとうとう観念しました。ケインには、きっと僕の恥ずかしい部分などまるきりお見通しなのだと思います。


「けっ、ケインが……フルスタばかりをっ……ほめるからっ!」

「へぇ、俺がフルスタ様を褒めると、何でラティが泣くんだ?」

「けっ、ケインは……僕の、ぼくのっ……友達なのにっ……ぼくのっ……ぼくのなのにぃっ」

「それで?」


 涙で目の前がまるきり見えなくなりました。ただ、鼻をすする僕の情けない声の向こうから聞こえてくるケインの声は、どこか楽し気です。


「でも、ぼぐはっ、フルスタみたいに、立派じゃないから……ケインを、とっ、とられたら、いやだよぉっ……」

「へぇ。つまり、ラティは俺がフルスタ様を選ぶんじゃないか心配になって……嫉妬したって事か」

「う゛んっ」


 見事ケインに言い当てられた醜い心の内に、僕はもう涙と共に頷くしかありませんでした。


「ラティ、お前ってホントにすぐ泣くのな」

「っうぇ……ごめぇん」


 それまでと違い、柔らかい声色になったケインに僕はホッとしました。ケインは、まだ僕を友達だと思ってくれている。だって、ケインが他の人と話している時、こんな声になっているのを、僕は聞いた事がありませんから。


 ケインの優しさは、まだ僕だけのモノです。それが、僕が「スピル王太子」だからだとしても、それでも良い。

 ケインは僕のモノです。他の人にはあげたくない。



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