12:サイテーな一日
「これで三十発だ」
「ご苦労様でした」
やっと、ケインへの鞭打ちが終わったようです。
「一歩も引かなかったな。……さすがクヌート家の嫡男であられる。ご立派でしたよ」
「……は、いっ」
鞭を打っていた男の人の感心したような声に、ケインの痛々しく掠れた声が一拍遅れて返されます。痛いのでしょう。ケインの肩は荒い呼吸で上下に揺れていました。
「……け、けいん?」
僕はフラフラとおぼつかない足取りでケインの元へと向かいます。すると、眉間に皺を寄せ、頬に赤い傷を負ったケインが此方に顔を向けてくれました。
「ラティ殿下」
「っひ、っひぐぅ……っぅぇっ」
鞭を打たれながらも、欠片も揺らぐ事のなかったその姿は、決して「お星さま」などではありませんでした。確かにケインは「将軍」となる使命を持って生まれた者であると、僕はその時ハッキリ理解したのです。
ケインのお腹の中には、大きな大きな狼が居ます。“野心”という名の、狼です。
「けいん……げいん……ごめんねぇ。ぼぐのぜいで」
「ラティ殿下……」
昨日の夜に引き続き、今日も僕はケインの前でボロボロとみっともなく泣いていました。僕が鞭に打たれたワケではないのに、この上なく心が痛かったのです。
「ラティ殿下、私なら大丈夫です」
「でもぉっ!でもぉっ……ごめぇぇっん!」
痛い筈なのに、僕以外の人間が居るせいで僕の事を「殿下」と言い、二人きりの時とはまるで違う知らない人のような笑顔を浮かべるケインに、僕は更に大声で泣きました。二人きりなら「ラティ」と明るい声で名前を呼んでくれるのに。昨日は僕の涙をその手で拭ってくれたのに。
今は絶対に僕に触れようとしません。それは、僕の体が「尊く」、弁えなければならないからです。
「げいんっ、けいんっ!!」
「ラティ殿下……泣かないで」
「あ゛ぁぁぁ~~!」
僕は本当に出来損ないです。僕は、自分のせいで傷を負った友達に対し、逆に「慰め」を求めてしまっていたのでした。
◇◆◇
親愛なるウィップ。
ごきげんはいかが?僕は全然だよ。
今日は人生で最低サイアクの日だ。
サイテーサイテーサイテー!!
……ごめんよ、急にこんな事を言われても困るよね。
本当は書きたくないけれど、ウィップには何でも隠さずに教えるって約束だから……ちゃんと話すね。
今日は僕の友達が、僕のせいで大変な目に合ってしまったんだ。簡単に言うと、ケインが僕の代わりにムチ打ちを受けたんだ。
思い出すだけで、今にも吐き気がするよ。僕が問題に答えられなかったから。僕が反抗的な態度を取ったから。
その全ての責を、ケインが代わりに受けたんだ。
僕はバカだからちっとも分かっていなかったよ。
どうして急にケインが来たのか。それは、僕にはムチが打てないから、代わりにムチを打つ相手が必要だったからなんだ。クヌート家の子は、代々そうしてきたんだって。
国と、民と、王を守る盾となる為の「痛みに耐える特訓」だそうだよ。
バカバカしい。どうして何も悪くないケインが他人の為にムチを受けるいわれがあるんだろう。ましてや……今回は……僕のせいで。
三十発。何の数字か分かる?
ケインにムチが打たれた数字だよ。ヒュンヒュンって音をさせて、パンシパシンとケインの肌にムチが打たれて。途中、顔にもムチが当たったせいで、ケインの頬は真っ赤になったんだ。
でも、ケインは少しも泣かなかった。一歩だって後ろに下がらなかったんだ。立派だった。ケインは、とても格好良くて、立派で、素晴らしかった。
でも、それなのに僕はずっと泣いてしまっていたよ。何の痛みもないハズなのに、ケインがムチに打たれている姿を見て、僕はまるで自分がムチに打たれているような気がしてしまったんだ。
ケインは「大丈夫ですよ」って言ってくれたけど、あれは他の人が居たから「弁えて」あぁ言ってくれているんだ。
ねぇ、ウィップ。ケインは本当は僕に怒ってるんじゃないかな。昨日、これからは毎日部屋に来てくれるって約束したけれど、来てくれるかな?
こわい、こわいよ。
僕は、イヤな子だね。だって、ケインの心配をしているつもりで、本当はそうじゃない。ケインに嫌われてしまって、また一人になってしまう“僕”を心配しているんだ!
サイテーサイテーサイテー!
僕って、サイテー……。
◇◆◇
ガリガリガリガリ。
僕はウィップに書き殴ります。ペン先が反り返って、こんな使い方をしていてはすぐにこのペンも使い物にならなくなるでしょう。ウィップも痛がってるかも。
「はぁ、はぁ」
でも、その時の僕にはそんな事一切気にしている余裕はありませんでした。ケインに嫌われてしまったかも。そう思うだけで、僕の心は締め付けられ、呼吸もままならないのです。昨日までの楽しかった気持ちが、まるでウソのようです。
-----じゃあ、これから俺は毎日、この時間にラティの部屋に来るから。
「ケイン……も、きで、ぐれな゛いがも」
過った不安を口にしてみたら、もっと不安になって僕の涙がウィップに零れ落ちました。そのせいで、ジワリとインクが滲みます。「っあ!」と、僕が慌ててウィップをハンカチで拭おうとした時でした。
コンコン
部屋の扉が叩かれました。
「ラティ殿下、参りました」
扉の向こうから聞こえてきたのは「弁えた」ケインの声でした。
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