第3話 秘密少女登場の午後
笑い飛ばしてもらって良かったんだよね。そんなことあるかー? て笑って、それでお終いで良かったんですよ。ノリさん。そして言われちまったらなんだか怖くなっているんですけど。なんで狂う。なんで人が死ぬ? そうは思うけど言われちゃったら、打ち消せるほどの根拠もなく……て向こうにもそれはないだろうけど、マンガだかゲームだかの後押しは手強い。
指定された公園のベンチに座りぼやくこと、そろそろ三十分ほどが経つ。五時頃にここで、と大雑把な指示。八月ど真ん中なんだから、五時だろうと日は暮れず、まだまだ暑い時間なんですよ、ノリさん。この土地の住人なんだから知らないわけもないだろーに、なんだこの仕打ちは。オーイ。
そんな風に攻撃対象を一点集中定めたところで、帽子の下、俯いた私の視界にスニーカーの足が入る。白いスニーカー、細い足。私はゆっくり視線を上に運ぶ。び――っ……
「あなたが私に用がある人ですか」
……びっくりしたのだ。色白ッ、顔ちっちゃッ、目でかッ、なんかツヤツヤ! な、女子だったから。カワイイ――女子な私が抵抗なしにそんなことを思うほどに。炎天下、汗が引く気がした。驚きすぎだ。
「私の無駄足を笑うためのいたずらかと思ったけど、来てみて良かった。ていうか、いたずらでも良かったと半々ですけど。ヤツに騙くらかされるのもムカつくけど、お願い事をされるのも同じくらい腹立つんで」
小学生中学生、どっちだろうと思っていたけれど、喋りだしたら高校生のようだった。カワイイ様子を本人まるで無頓着に、酷い言葉を使っている。
「ヤツ……」
差し出された封筒を、私は反射的に受け取る。これも無頓着に扱われたらしく、握りしめられた形にひしゃげてた。言葉だけでも充分わかることだけれど、ヤツ、は扱い悪し。ヤツ、であるところのノリさんが一緒に来なかった理由はこれだ。
「筆跡も変えずに匿名だなんて図々しい。バレるに決まってるでしょうがってこれも予定通り、つまりどうせバレるだろうけどそれも私をムカつかせる要素だとか思っての行動ならまだしも、バレないだろうと思っているところが真性のバカってとこですよね、ヤツは」
封筒に書かれた宛名も中身の便箋の文字も、ただありのままに本人の字だ。汚い方面に特徴的。男ですから仕方ないにしても……ひどいよ。そしてその宛名で目前の彼女の名を知る。
鳴海恵子。
「あなた」
キラリ。と目が光った気がして、慌てて立ち上がる。頭とか下げてみた。圧されている。
「桂木早智子です」
「鳴海です。はじめまして。先輩は、ヤツのご友人なんですよね」
「先輩?」
「私たちおんなじ高校ですよ。見たことあります、桂木先輩のこと」
「えっ、そ、そうなの?」
てことは後輩。後輩ですか。私の方は見たことはなかった。あれば覚えてると思う。こんなに目立つ子……。もっとも部活動などしていない私は、下級生を知る機会もないわけだけど。
「ご友人とは、心の大きい人です、先輩は。私のことはなんて聞いていますか?」
「事態を解明できる人を知ってる、とか……」
「ヤツとは去年、そんな風な出来事で関わったんですけれど、口外禁止の約束をどうにも理解してくれないんですね。実を言えば五回目です。幽霊屋敷だのストーカーだの迷子だのって人を何でも屋のように使ってくれちゃって甚だ迷惑してるんです。そろそろヤツこそを幽霊にしたろうかと思うこともあるこの頃なんですけどね。それで先輩はどんな用件ですか? こうなった以上聞きますけれど、解明できるかは別ですよ?」
一息。言い終えると、私の目をじっと見た。ヘビとカエルのよう、背中を汗が伝って落ちてる。太陽のせいとは違う汗なんじゃないのかと、思う。緊張してる。後輩相手に。そう思っても脱出できそうになかった。声が上ずりそうだ。
「解明って、……どうやって?」
「それは聞いてみないとわかんないんですけど。場合によるし、事態によるし、個人によるし。私の手には負えないことかも。そしたら専門の人を紹介するけど。まずは、いったいなんなんですか? それ教えてもらわないと」
すとん、とベンチに座り、私にも座るようにいう。場所を移そうなんて提案はできずに、指示に従って横に座った。諦めて太陽光線にまみれ、汗を流しながら事情を語る。ノリさんに話したときとはまったく違う話し方になった。内容は同じものだというのに、不思議なくらい、重い。
「まぁたまには、神社も反応したくなったんでしょうね。ありますよ、そういうことも」
答えはさらっと。考えた様子も時間もあったものではない。ふつーの会話の相槌のように返ってきたそれに、思わず悲鳴のような声を上げてしまう。
「あるの?!」
「あってもおかしくないかなって。神社があるってことは誰かが住んでいるんだろうし、願い事をしたくなったってことは、誰か居たから話したくなったんじゃないかって。でも空っぽの神社もあるし、そんなの人それぞれだから絶対とかはないんですけどね」
改めて思うと怖くなる。誰か――て誰だ?
「誰か、居るの?」
「先輩のソレが気のせいじゃないなら、誰か居たんでしょ。もちろん見逃しただけで誰かがイタズラしたとかって可能性もありますよね。素早く逃げたニンゲンを捕まえ損ねただけなのかもしれないですよ」
「居るのって、誰?」
こだわって重ねた質問。これもさらっと、かわされてしまう。すっと立ち上がり、さっさと歩き出した。
「話はわかったから行ってみましょう。現場に案内してください。それと」
急いで立ち上がった私を、笑顔で振り返る。まぁ。夏のカラカラ乾きに効きそうなスマイル。
「私のことは鳴海ちゃんでいいです。後輩ですから」
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