その2 おかしな客、不用心なギャング団

 ダイナーの駐車場に車の停まる音がした。

 あの音はV8のOHV、そんなエンジンどこで再製したんだ、とマスターが不思議に思っていると、カランコロンとドアが開いた。


「邪魔するで!」

 新喜劇風のセリフと共に店に入ってきたのは、真っ黒な四人組だった。

 この暑いのに上下黒のスーツ、蝶ネクタイも黒で中折れ帽ももちろん真っ黒。そしてそろってサングラスとくれば、これは葬式帰りではなく、どう見てもギャング団だ。


「……なんだか、おかしな人たちがおみえなんですけど」

 ドロシー嬢がマスターに耳打ちする。

「夜中の洋画劇場で見たことがあるにゃ。きっと本場シカゴから来たのにゃ」

 とあずにゃんは感銘を受けている様子だ。電子頭脳内のテレビで深夜にギャング映画を見るのも、AIとしての学習のうちなのだろうか。


「あ、あの、くれぐれも丁重にね、接客をお願いしますよ、ドロシーさん」

 マスターの顔が曇る。彼が好きなのは平和で静かな疑似海辺の暮らしであって、ギャングと関わったりするのは全く嬉しくない。

 ドロシー嬢が接客を断れば、あずにゃんに頼む覚悟も辞さないつもりだ。

「えー、わたしがあれ相手するのか。しょうがないなあ、マスターは」

 ぶつぶつ言いながらも、夏の太陽みたいな輝く笑顔になって、彼女はギャング団の前に出ていく。

「いらっしゃいませえ! ようこそケーズ・ダイナーへ!」


「4人だ。お嬢さん、勝手を言って悪いんだが、できるだけ人と離れた席を頼みたい。大事な仕事の話をしたいんでね」

 一団の中で最も小柄な男が、高めの地声を低くしてそう言うと、サングラス越しに店内を見まわした。

「はあい、ただいま他のお客さんはおられませんけれどお」

 ドロシー嬢は、店の一番奥まった場所にあるボックス席を指し示した。

「こちらの席など、いかがでしょう?」

「うん、いいだろう。すまないな、お嬢さん。……おい、こっちだ」

 黒ずくめの男どもは大人しく奥の席に収まり、そろってダイエット・コーラとハンバーガーを頼んだ。


「そんなに悪い人たちじゃないですよ、わたしのこと『お嬢さん』だって。ちゃんと今から、真面目にお仕事の話をされるみたいだし」

 マスターに注文を伝える彼女は、「お嬢さん」扱いにご満悦の様子だ。

「健康にも気をつかってて偉いのにゃ。ちゃんとダイエット・コーラを頼んだのにゃ」

 画面の中で、あずにゃんの顔が上下にうなずく。

「どういう判断なんだ、君ら」

 マスターはあきれ顔になった。ドロシー嬢はまあともかく、高価なAZZ‐24系のAIがこんなんでいいのか。


「ともかく、さっさと食べて出て行ってもらおうね。すぐに料理にかかるから、コーラだけ出しておいて」

「出番だにゃ!」

 両肩のロボットアームを伸ばし、4つのグラスにダイエット・コーラを注ぎ終わったあずにゃんは、おなかのトレイにそのグラスを乗せて、ご機嫌で出発した。

 お気に入りの内蔵BGM第4番、「ハイケンスのセレナーデ」を軽快に流しながら、ゆっくりと店内を進んでいく。


「おまたせしましたにゃ!」

 陽気な声を掛けられて、陰気な顔でこそこそ話し合っていた男たちは、ぎょっとしたように振り返った。

「ダイエット・コーラですにゃ! カロリーひかえめ!」

 何だよただの配膳ロボかよ驚かせるなよ、とほっとした様子で四人は会話に戻る。


「で、ベイサイド・モールの『お客様は神様デー』というのが今日なんですね?」

 サングラスの男が、小声で訊ねる。

「そうだ。1火星年マーズイヤーに一度の超大売出しだから、一日の売上金は一兆ギャラガを超えるはずだ」

 サングラスを掛けた、小柄な男がうなずく。

「そこを襲撃して、金庫の中身を全部いただいちまおうってことですね」

 三人目のサングラスの男が声を低めた。

「資金ショートでベイサイド・モールもおしまいだな。この母艦全体のバランスシートが揺らぐことになるぜ」

 くくく、と四人目の男が、サングラスをしたまま笑う。


 グラスをテーブルに並べ終えたあずにゃんは、再びご機嫌なBGMと共にマスターとドロシー嬢のところへ戻ってきた。

「ご苦労様、あずにゃん。あの連中、ちゃんと大人しくしてるみたいだね」

「そうなのにゃ。お仕事の話をしてるのにゃ。襲撃で、金庫の中身を全部いただいて、ベイサイド・モールもおしまいなのにゃ」

 にこやかな笑顔をモニターに映したあずにゃんは、物騒なことを口走り始める。

 ベイサイド・モールといえばこのダイナーの敵、おしまいになるなら嬉しいことなのだ。


「おいおい、ちょっと、何の話だよ」

「それが、みなさんのお仕事の中身だったのにゃ」

「ちょっとダメでしょその『お仕事』は!」

 ドロシー嬢が、青みががった大きな目を見開いた。

「あのおじさんたち、もしかして、悪い人たちなんじゃないの?!」

「なるほどそうだったのにゃ、お金を奪うのは悪いことにゃ!」


 こいつら今さら何を言うとるんや、と慶一マスターはあきれた。しかしあの連中、いくら空いているとはいえ、店内でそんな話をするとは油断するにもほどがあるのではないか。

 とにかく、悪の計画を聞いてしまった以上、放置するわけにもいかなかった。

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