巨大母艦の海岸ダイナー、ギャング団との対決(完結・全5話)

天野橋立

その1 宇宙のオアシス、疑似海岸のダイナー

 ルート55号線は、疑似海岸線のそばを走る気持ちの良い幹線道路だ。

 緩やかなアップダウンの施された道に沿ってヤシの木が並んでいて、南国の雰囲気が味わえる。できれば助手席に美女を乗せて、赤いオープンカーなんかで走るのがおすすめだ。

 せっかくの青空が頭上で途切れて、暗い星空が見えてしまうのは仕方がない。ここは宇宙の真っただ中、全長5キロメートルにも及ぶ巨大補給母艦「ペパーミント・ブルー」の中なのだから。

 アステロイド空域で闘う、孤独な宇宙艦艇乗りたちにとって、母艦内に作られたこのリゾート都市は憧れの場所だった。

 たとえ美女もオープンカーも調達できなくても、男性兵士たちでトラックに乗って走るだけでも、それでもルート55号線をドライブすることは、夢の母艦で過ごす休暇の象徴みたいなものだった。


 そんな55号線沿いの人工塩水遊泳ビーチの近くに、人気の名物ダイナーがあった。人の背丈よりも大きな大きなコーラ瓶と、鮮やかな緑色のクリームソーダの看板が、ドライバーの目をひかずにはいられない。

 夜は夜で「KEI'S DINER」の派手なオレンジのネオンが、休暇を楽しむドライバーに「ちょっと寄っていくか」とブレーキペダルを踏ませるのだった。

 おじさんマスターが経営するその店の名物は、とびっきり分厚くてジューシーなパティを使ったハンバーガーで、酒保本部と提携している大手チェーン店では全く勝負にならないおいしさだった。


「でもなあ……」

 と、口ひげを生やした白髪交じりのおじさんが、きれいなペパーミントグリーンに塗られたカウンターの向こうでぼやく。

「この売上じゃ厳しいよ。マ・クドで時給900円でバイトしたほうが、いっそ生活楽かも知れんなあ」

 情けない顔で泣き言をいうこのおじさんこそ、このダイナーのオーナーにしてマスター、「KEI」こと大和川慶一氏だった。モーニングの時間も終わってランチまでの時間待ち、店内にお客はいない。


「情けない顔で泣き言いわないでください!」

 赤白ストライプの派手な制服を着た女の子が、白いエプロンを付けた腰に手を当てたポーズで、慶一氏を叱りつける。彼女はこの店でたった1人のウェイトレス、自称「ドロシー」嬢の泥好華江どよろしはなえさんだ。

「だけど華江はなえくんだって、うちの最低時給じゃ厳しいだろ? ありがたいとは思ってるけど……」

「だ・か・ら『ドロシー』ですって! 誰よ華江って」

「ご、ごめん。すみません」

 余計に彼女を怒らせてしまい、マスターは白黒チェック模様のタイル張りの床に土下座して謝る。いや、土下座はしないが。


 港のそばにできた酒保本部直営のベイサイド・モールに客を取られて、このダイナーは苦戦していた。味では圧勝だが、巨大モールの集客力が相手では分が悪い。以前は3人いたウェイトレスも、時給の高い向こうの店に2人が取られ、ドロシー嬢だけが辞めずに踏みとどまってくれたのだ。


 そうだ、もう一人いた。一人と言ってよいのか分からないが。

「人間、お金のために働くわけじゃないですからにゃあ」

 もっともらしい顔を液晶モニターに映し出し、もっともらしいことを口走ったのは、「配膳ロボ・AZZ‐24系アドバンスド」、略して「アズ24」だった。円筒形のずんぐりした胴体の上に、ネコ耳がついた頭が乗っているそのデザインから、みんなに「あずにゃん」と呼ばれている。


「君にそう言われてもなあ」

 確かに君の給料は電気だけの現物支給だし、そもそも人間ちゃうし、とマスターは困惑した顔をしているが、

「よく言ったあずにゃん!」

 わが意を得たりとばかりに、ドロシー嬢はうなずいた。


 人間の店員を取られてしまった結果、マスターとしてはこの「あずにゃん」を頼みの綱として、しのぐしかなかった。

 もっとも、新しい相棒にドロシー嬢は大喜び。お客さんにも人気者にはなったが、最新の自律思考AIであるAGPT-12搭載の最新型であるこのAZZ‐24系のお値段はなかなかのもので、時給は安いがローンが重いという状況になってしまっていた。


「頑張って働いて、ちゃんとボクのローンを返せるくらいにお金稼ぎますから、心配ご無用ですにゃ!」

 あずにゃんは、明るい声で力強く宣言した。

「ありがとう、頼むよ!」

 お金のために働くわけじゃない、というさっきのセリフと微妙にずれてるよなあと思いつつ、マスターは笑顔でうなずいた。

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