皇子殿下の嫁入り道具 完結編

紺堂 カヤ

第1話 昔の夢と、今朝の目覚め

 皇室に出入りする産婆は、ほとんどが盲目であるという。目が見えぬ産婆が本当に出産の役に立つのかどうか、アルテムは知らない。だが、実際アルテムを取り上げた産婆も盲目で、アルテムは無事にこの世に生を受けたのだから、見えぬなら見えぬなりにどうにかなるものなのだろう。

「無事に生を受けなかった方が、母上はお幸せだったかもしれないね」

 四角く切り取られた空を眺めながら、アルテムは呟く。アルテムの母は、出産後一年と経たずに亡くなった。産後の肥立ちが悪かった、ということになっている。おそらくはそれもまったくの嘘ではないのだろうが、アルテムを産んだことを気に病みすぎたのがいちばんの原因であるらしい。アルテムを……、男子を産んでしまったということを。

 ロード帝国皇帝陛下は、ご自分の子がどれほどいるかご存じない。特に、最初にお生まれになったのが皇子であったことから、跡継ぎの心配は早々になくなり、一切興味を持たなくなったらしい。そもそも皇族の情報は秘匿される慣例であるから、自ら知ろうとしなければ耳に入ってくることはない。けれど、皇帝陛下が興味をお持ちでなくとも、周囲の者はそうはゆかない。自分の地位や行く末を守りたければ、それ相応の対処が必要だ。秘匿されているとはいえ、同じ皇族同士であれば、知ろうとすればある程度は知ることができる。現に、三名の皇弟はその誰もが父である皇帝陛下よりも早く第一子の性別を知り、即座にその命を奪うべく動き出したという。

「我が子も同じように命を狙われるかもしれないと思えば、気も狂うかもしれませんね。けれどね、母上。たとえ女児であったとしても命は狙われますよ」

 皇女・エリザベータとしてあるがゆえに、まさしく今このとき命を脅かされているアルテムは、顔も覚えていない母の幻影に語りかけた。白いドレスに包まれた左の腿をそっと撫でる。とうに消えているはずの痛みを感じる気がして、それを振り払うように深く息を吸い、コルセットの苦しさをたしかに感じとりながら立ち上がった。それと同時に、部屋の戸が叩かれた。

「殿下、お時間でございます」

「ええ。参りましょう」

 声色を変えることもドレスの裾をさばくことも慣れたものだ。一朝一夕の付け焼刃で降嫁に名乗りを上げることなどできはしない。アルテムはこのときのために、ずっと、ずっと、役に立つかもわからない努力をしてきたのだ。それが今、実りの兆しを見せている。実を落とすことなく育て上げるため、アルテムはこれから「嫁入り道具」を手に入れる。

「生き延びてやりますよ、母上」

 口の中だけで呟いて、アルテムはちらりと窓を振り返った。ここから空を見るのは、もう終わりにするのだ。もっと広い空を、ここではない空を見にゆく。


※ ※ ※


 寝返りをうつと同時に、アルテムは目覚めた。夢をみていたな、と思う。ひどく懐かしい気がするが、まだ二年ほどしか経っていない。アルテムがまだ王都の皇子女宮にいたころのことだ。

 ため息をつこうとして、けれどすぐに思いとどまった。すぐ傍らに身を横たえる男が、規則正しい寝息をたてていることに配慮したのである。が。

「んー」

 鍛え上げられた腕がアルテムの腰を軽々と引き寄せた。

「すみません、起こしてしまいましたか」

「いいや、ちょうど起きたところというだけだ。悪い夢でもみたか、アルテム」

「夢はみましたが、悪い夢というわけでもありません。昔のことを、みせられただけで」

「昔?」

「二年ほど前のことですが」

「ははは、二年前で昔、か」

 ソール・サリードラは、アルテムの体を抱き寄せたままけらけらと笑う。その振動を受けとめ、アルテムはつい素に戻った。

「そんなに笑うか?」

「いやなに、バカにしているわけではない、嬉しくてな。ずいぶんとこの地に馴染んでくれたものだと」

「そういう、ことになるのか?」

「違うか?」

 眉を寄せたアルテムの顔を、ソールが至近距離で覗き込む。

「俺の妃となる前のことを、昔だと思えるようになったということだろう。ふふふ、二年前、か」

「何をそんなに笑うことが?」

「お前と初めて床を共にしたときのことよ。俺はあの夜のことが忘れられん」

 くつくつと笑うソールを、アルテムは渋面で見返す。

「それは、もう言わないでほしいのだけれど」

「ははは、すまん」

 忘れられないのはアルテムとて同じだった。あの夜に人生の大半がかけられていたといっても過言ではない。性別を偽って嫁したアルテム、いや、エリザベータにとって、あの一夜は最大の勝負であった。

「夢をみていたのでは充分に眠れておるまい。もう少し寝ろ」

 そう言うが早いか、ソールはアルテムを抱き寄せたまま即座に寝入ってしまった。

「まったく……」

 小さなため息とともにアルテムはぼやく。おかしな男のところへ嫁入りしてしまったものだと思う。だが、おかしな男でなければアルテムは今、生きていなかったかもしれない。

 二年前、婚礼の儀の夜、アルテムは己の秘密をふたつ、ソールに打ち明けるつもりでいた。打ち明けた上で取引をする。それが、生き延びるための戦略だった。けれど、その夜を迎える前に思いもよらぬ障壁が立ちふさがった。アルテムの第一の味方であるはずの従者たちがなんとか寝室に入り込もうと画策していたのである。アルテムの身を案じてのこととはわかっていただけに、頭の痛い事態だった。性別のことはともかく、もうひとつの秘密はソール以外に明かすわけにはいかない。たとえ幼少のころより生活をともにしていたジークとハンナにさえも。

 寝室に縛り上げておけ、などというとんでもない提案がなかったら、正直なところどうなっていたかわからない。アルテムはそのとんでもない提案をした張本人の腕の中で、そっと息をつく。

 あの夜、ソールを縛り上げたジークが寝室を去ったあと、アルテムはすぐさま縄を解こうとした。が、ソールはあろうことかそれを拒んだ。

「何か、話があるのだろう。縄を解くのはそれを聞いてからでいい」

「けれど」

「大事な宝石たちの心配を無駄にしてやるな」

「……お気遣い、恐れ入ります」

 アルテムは硬い声で礼を述べ、呼吸を整えてから夜着の上に羽織っていたガウンを、するりと脱ぎ落した。膨らみやまろみの足らぬ体の線があらわになる。これだけで充分とも思えたが、意図がはっきりと伝わらなければ意味がない。夜着の胸元を広げ、諸肌を晒した。

「お話したいのは、わたくしが持つふたつの秘密についてです。ひとつめは、わたくしの性別のことです。ご覧の通り、わたくしは女ではありません。我が従者たちがあのような騒ぎを起こしたのは、それゆえです。わたくしは、性別を偽って閣下に嫁ぎました。誠に申し訳ございません」

 縛り上げられ寝室の壁に背を預けているソールを見下ろし、アルテムは頭を下げた。謝罪の言葉がいかにも口だけ、という響きになってしまったことは自覚していた。許しを請いたいわけではない。本題はこれからだ。

「ふむ、なるほど」

「あまり、驚きにならないのですね」

「うん、まあな」

 怒り狂うことはなかろうという予想はしていたが、それにしてもソールは淡白な反応だった。余裕がある、ということだろう。その余裕に気圧されぬよう、アルテムは性別の秘密を打ち明けてもなお、エリザベータとして振舞った。こちらもそれだけの余裕がある、ということを示しているつもりだが、虚勢に見えなくもないところが悔しくはある。

「俺のような評判の良くない領主に皇女を降嫁させるのだ、なにかあるだろうとは思っていた。例えば子が産めぬ、とか、本物の皇女ではない、とかな。まあ、だいたい当たっていたか」

「なるほど。たしかに子は産めませんわ。けれど、皇族ではあります。陛下の第二皇子にあたります。その証が、第二の秘密です」

「証、が秘密?」

「はい」

 アルテムは頷くと、今度は夜着の裾をたくし上げた。白い両足が晒され、ソールの視線がそこに注がれる。アルテムはそのままソールのすぐ目の前まで歩を進め、彼が背を預けている壁に左足を上げた。

「おい」

 自分の耳のすぐ近くにつま先を置かれ、ソールが少し焦ったような声を出す。何事にも動じぬようなこの男でも焦ることがあるとわかって、アルテムはにわかに愉快になった。

「無作法にて失礼いたします。わたくしの、腿の裏をご覧いただけますか」

「腿の、裏?」

 ソールは怪訝そうにしてから、アルテムの足にまなざしを向けた。

「これは」

「皇家・ロタレフ家の家紋です」

 ソールが今目にしているであろう「証」。それは、銅貨ほどの大きさの刺青である。

「皇室の情報は基本的に秘匿されています。その秘匿性を保つため、皇帝陛下であってもおいそれと我が子に会うことがかないません。……まあ、実際は会おうと思えば会えるのですが……、長く続いた慣例ゆえでしょうか、今の陛下もほとんど我が子に興味をお示しになりません。そこまでの秘匿が続くと、この状況を悪用される心配も出て参ります」

「公の目がないがゆえの隠蔽や捏造、か」

「その通りです。赤子のうちにすり替えでも起きてしまえば、もう真偽がわからなくなってしまうことは必至。それを防ぐため、皇家に生を受けた子どもは、すぐにこの刺青を入れられます。このことは、皇家の人間とその乳母しか知りません。わたくしが連れてきた従者たちも、誰ひとりとして」

 アルテムは説明しながら脳裏に兄・アレクサンドルのことを思い浮かべ、背筋にぞっと冷たいものを感じた。昼間、婚礼の儀式のあとに予定外の対面をしたアレクサンドルは、アルテムの耳に囁いた。「私たちは皇族、足にその証を持つ帝国の奴隷なのだから」と。

 だから、ソール・サリードラを見張れ、と。

 奴隷。その表現は的を射ている。ロード帝国でもっとも高貴な血筋を謳う皇族は、皆、腿の裏に刺青を入れられている。奴隷や、罪人のように。高貴な血筋とはいったい何なのかと思わされる。

「なるほど。性別と証。これが秘密というわけだな。いささか問いたいことがあるが、その前に……、足を下ろしてはどうだ?」

「っ、失礼を」

 アルテムはソールからとびすさり、夜着の裾と胸元を整えた。ソールは一度にやりと笑ったように見えたが、すぐに小首を傾げて考え込む姿勢を取った。

「皇女ではなく皇子を輿入れさせたのは、まあ、子を成さぬためだとしても、証を見せたのはなぜだろうな。帝国に監視されていることを示すだけならば、別に皇族であるかどうかを証明しなくとも可能なはずだ。何か俺に従わせたいことがあって血統の優位を主張したか? その場合、俺が血統を重んじる人物でなければならんわけで、残念ながら俺はそういう男ではない」

 ソールは半ば独り言のように考察を重ねてゆく。縄に縛られたままで真剣に考え込む姿には妙な愛嬌が見え、アルテムはアレクサンドルを思い出したことによる背筋の冷たさが薄れてゆくような気がした。

「正解を申し上げても?」

「うん、聞かせてくれ」

「わたくしが性別を偽ったのは、帝国の意志ではありません。わたくしが、勝手にそうしたのです。おそらく陛下はわたくしのことを皇女エリザベータであると思っているでしょう」

「へえ? 皇帝陛下はそれほどまでに我が子に興味がないのか」

「ええ」

 アルテムは頷きつつ、陛下はご存じなくともアレクサンドルは察しているかもしれない、と思った。

「王太子以外の皇子女は、そのほとんどが宮殿から一歩も出ることなく一生を終えます。わたくしは、どうしても、外へ出たかったのです」

「それで降嫁の機会に皇女を偽った、と? はははは、大胆なことをなさる。自ら馬を駆ってやってきたときからただ者ではないと思っていたが」

「光栄です」

 大声でのけ反るように笑うソールに、アルテムは簡素に答えた。取引はまだ終わっていないのだ。

「皇族である証をご覧いただいたのは、わたくしの有用性を示すためです。わたくしは皇女ではないので、子を産むことができません。公妃として無能であると言わざるを得ないでしょう。ですが、皇子ではあります。皇帝陛下との血のつながりがあるという意味では、使い道があるのです。いざというとき、人質として扱い、帝国と交渉することが可能だ、ということです」

「……へえ」

 ソールが、軽く目を見張り、にやりと笑った。

「いざというとき、というのはつまり、帝国がリードラを潰そうとするとき、ということだろうが……、人質、ねえ。失礼を承知でお尋ねするが、本当に人質としての価値が? 陛下は、性別や名前を知らないほどに我が子に興味がないのだろう?」

「ええ。我が子として、という意味ではわたくしの命など惜しくないのではないかと思いますわ。けれど、ロード帝国の皇帝が我が子を人質に取られて、救う交渉のひとつもせず見殺しにしたとなれば、皇室の名に傷がつきましょう。それはきっと、回避するはずです。帝国の威信にかけて」

「たしかに。で? 人質としての有用性を示して、皇女殿下、いや、皇子殿下は何をお望みになるのかな」

 面白そうに微笑むソールを前に、さすがに話が早い、とアルテムは内心でほくそ笑む。頭の回転が速く、利に聡い人物であるだろうと見込んだからこそ、取引の余地があると考えていたのだ。

「リードラ公妃としての生活を」

 アルテムは、まっすぐにソールを見た。真剣そのもののまなざしだった。

「子を産めぬ妃です、妾をお迎えになって構いません。権利も何もいりません。使用人もいりません。我が嫁入り道具たちを受け入れてくださっただけでもう充分すぎるほどですわ。わたくしは、ただ、ただ、あの皇子女宮へは戻りたくない。自由でいたい」

「……なるほど」

 ソールが、笑みの種類を変えた。アルテムは、彼から目をそらさなかった。

「戻る必要はなかろう。君はもうリードラ公妃、俺の妃だ」

「それはつまり、取引に応じてくださると?」

「は? 取引? あははは、そうか、取引のおつもりだったか。そうであるならば、最初からずいぶんと俺を信用してくださったものだな。最大の取引条件は最後にとっておくものだぞ。早々に、大胆にも足を広げて証を見せるとは」

 けらけらと笑うソールの言葉に、アルテムはカッと血がのぼるのを感じた。ぐっと拳をつくって耐えたのは、矜持からだろうか、理性からだろうか。

「なっ……、い、意地の悪い言い方をなさいますこと」

「そういう質なんだよ、俺は。君もそろそろ皇女の仮面を取るといい。性別の秘密も明かしたことだしな」

「……どうして?」

「ん?」

「どうして、私の望みを受け入れたんです」

 エリザベータとしての振る舞いを、少し弱める。心を開いた、というよりは、ただ、少しばかり疲れていた。

「望みを受け入れた、というのは正しくないな。君が望んでいるのは、エリザベータ皇女として嫁入りをしていれば当然手に入れられたことだろう。それを、ただ男であったというだけで奪われるのは、そちらの方がおかしいと思うが?」

「いえ、それは、そうかも、しれませんが、えええ?」

「ふふふ、そう難しく考えるな。もし本当に女性だったとして、俺の子を産めば、皇室とサリードラ家は血縁で結ばれるかに見えて政敵としての要素を強めることにもなり、厄介なことこの上ない。であれば、絶対に子が産まれぬとわかっているのはむしろ安心だ。サリードラ家の跡継ぎのことなら、なんとでもなる。養子でも取るか。俺はあまり女に執着がないから、妾もいらん」

「それは」

 アルテムはしばし言葉を失った。ソールは何一つとして間違ったことを言っていない。言っていないのだけれど。

「どうにも私に都合が良すぎる理論では?」

「そうか? 俺にとっても都合が良いが?」

 笑いながらソールは窮屈そうに肩をすくめた。アルテムはため息交じりに微笑んで、再びソールに向かって歩を進めた。もう必要なかろうと、縄に手をかける。

「解いていいのか?」

「いけないんですか?」

 まるで仕返しのように、アルテムはにやりとして見せる。きつく結ばれた縄を、渾身の力でほどくと、両手が自由になった途端に、ソールがアルテムを抱きすくめた。

「華奢な身体だ」

低い声が、腹に響く。アルテムは一瞬身を強張らせたが、一切の抵抗をしなかった。呼吸を乱すことのないよう、己に言い聞かせる。

「女でなければ夜の相手にはされぬだろうと、そんな甘いことは考えていないよ。そのくらいの覚悟は、してきた」

 ここで初めて、アルテムはすべての仮面を投げ捨てた。もとより、命をかけて実行した嫁入りである。ここで恐れることに意味はない。

「ふふふ、ははははは」

 アルテムを抱きしめたまま、ソールが盛大に笑う。笑い声と振動がアルテムの薄い体を駆け巡った。

「さすがは大胆な輿入れをし、大胆な初夜を迎えるだけのことがある。ふふふ、実にいい、俺は幸運だ、おもしろい妻を得た」

「妻、と呼べるか?」

「呼べるさ。今朝、婚礼の儀式をしたところだろう」

「それは、そうだが」

「子を成さぬ夫婦がいてもいい。体を繋げることがない夫婦も、性別が同一である夫婦がいても、別にいいではないか。自由とは、そういうことだと思うが」

 少し腕が緩められ、アルテムはソールの顔を見上げた。心の底から面白そうな、快活な笑顔だった。

「おかしな夫を持ってしまったものだ」

「不満か?」

「いいや」

 王宮で一生を終えることを思えば充分すぎるほどだ、とアルテムは胸中で呟く。

「名は? エリザベータ、ではない方の」

「アルテム」

「アルテム、か」

 その名で呼ばれるのは、本当に久しぶりだった。

 アルテムは、ふう、と息をつく。結局、あの夜の一部始終を思い出して、寝付けぬまま朝を迎えた。あの夜以来、ソールとアルテムは床を共にし続けている。アルテムは何度も、必要ないのでは、と進言したが、ソールに、新婚の夫婦が寝室を別にしては余計な噂が立つぞ、と至極もっとも意見をされ、結局、受け入れたのである。

 誰かと体を並べて眠ることなど、アルテムはこれまでになかった。だから、自分が、そうすることをあまり嫌には思わないらしいと知って、驚いた。

「寝付けなかったか」

 うーん、と伸びをしながら、ソールが起き上がった。すぐそばにあった体温がサッと離れてゆき、寒い、と反射的に思う。

「お気になさらず。夢の延長線で、昔を思い出していただけです」

「ふうん? 昔に戻りたいか?」

「まさか。絶対に嫌だ」

 跳ね起きたアルテムを、ソールが面白そうに見やる。この男はときどきこうやって、アルテムのことを面白がるのだけれど、アルテムからすればソールの方がよほど面白い。

「ははは、そうか。さて、朝飯にしよう、リーザ」

 人前ではリーザ、という愛称で呼ぶことを決めたのも、あの夜だった。とにかく公妃という立場を侵されないようにするには、夫婦仲が良好であることを見せつけるのが第一だ、という結論に至ったのだ。

「はい、閣下」

 部屋の外の朝日を感じながら、アルテムはエリザベータとして返事をした。声色を変えることなど、もはや息をするように簡単だった。

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