第33話

「彼女は我が家臣ながら軍属ではない。宮廷魔術師長殿も第四騎士団長殿もそこに介入する人事権はお持ちでないはずだ」


 確かに辺境軍所属になっていれば元帥は国王で騎士総長と宮廷魔術師長は大将軍の立場から全軍の人事に介入できる。騎士団長さんも辺境軍司令より上の立場だけど、先任制だがなんだかがあるため、この場での上下は微妙。


 一方、各貴族家が雇い入れる人員については原則論として爵位の上下関係なく介入はできない。これは爵位を傘に人攫いと大差ない横暴を働いたことがきっかけで起きた事件から制定された。

 ある権勢を誇っていた貴族が好き勝手に他の家から人を「引き抜き」と言う名の連れ去りを行った。そのうちの一人が行儀見習いで預けられていた別の貴族の娘だったことでその親が激怒し、連れ去った貴族を襲撃。王都で火の手が上がる事態になった。

 襲撃した貴族も騒乱罪で斬首になったものの、そもそものきっかけを作った貴族は見事に打ち取られており、ついでとばかりに次々と暴露された悪事を理由に家ごと失脚した。

 犯罪者の隠匿など、悪用されそうな場合に対する例外条項はあるけど、この件を基に制定された「貴族家の人事に不介入」を領主様は翳す。


 なんでこんなに詳しいかと言うとお芝居になっているから。そして貴族様方はお芝居が大好きで授業で習った事例のあらましと交えて無駄に理解を深めてしまった。卒業すれば漏れなく貴族になるファストではこういう権威の誤った使い方を諫める授業が存在している。


「よもや当家の家令見習いを強制的に連れ出す気ではありませんな?」

「家令じゃと?!」


 術師長の表情が『厄介な』と歪む。

 家令ってその家の人事財務その他全てのまとめ役で当主の直下。その人に聞けば領地の内情がまるっとわかってしまうという家臣の長だ。当然そんな人に引き抜き交渉をするなんて法律を抜きにしても喧嘩を吹っかけるに等しいわけで。変な役職付けるなぁと思ってたけど、そこも予防策だったのね。

 勿論立場は術師長が圧倒的に上。でも下手な横暴は押さえつけている旧勢力を勢い付かせるきっかけになりかねない。なにしろ彼らの横暴を白日に晒し、国王陛下と先ほどの法律を制定したのが大将軍の二人なのだから。


「此度の溢れ出しの予兆も中央が人を遣さず、辺境軍での組織的な間引きが難しいから起きた事態であると愚考しますが、更に有用な人材を引き抜くとは、辺境など滅んでしまえとお考えで?」

「それは言葉が過ぎるじゃろ」


 バツが悪そうに老術師は顔をしかめる。

 騎士団設立と街道整備の恩恵で即座に国の端まで兵を送る事が可能になった。その弊害と言うべきか、王都の軍を強化すれば全て事足りるという考えが人事に影響を与えている。新卒の兵士も好き好んで僻地を望まないので、国境近くの街では普段の間引きが探索者頼りになっている場所も少なくない。


「それに今となってはかの大魔女は我らこそ隣人を名乗るに相応しい。その窓口を横取りしようなど、あなた方がされたなら激怒では済みますまい?」


 どかりと私の横に座って腕組みをし、二人を睨む。英雄の子と納得する貫禄がそこにあった。


「ラーヤは王都に連れ帰る。これは王命をして拒否はさせぬぞ?」

「可能であるなら実行しているのでは?

 せめて目処が立ってからお話いただきたい」


 正論に術師長は喉を鳴らす。

 

「そしてこの際だ。軍を統べる片翼、魔導大将軍殿にお伺いするが、中央の戦力偏りについて如何お考えか。要望書は幾度と出しましたが?」

「重大な問題は起きてなく、今回のように起こる前に対処できておる。

 それに予算配分や核の買取、物流網の増強で補填できていると思うが?」

「辺境軍と探索者の力関係がおかしくなれば、困るのは中央と愚考します。

 加えて今回も仕事にならない探索者が他に流れた。あなた達が帰った後は暫く大変になる」

「その分魔物の総数も減っておる。問題とする程でない。

 探索者との力関係は土地柄も見なければならん。下手に軍の規模を増やす事が必ずとも良策とは言えぬ。各領主にはうまく差配してもらいたいものじゃ」

「最低でも三人の魔術師を要請する」

「……それについては持ち帰って検討しよう。じゃが派遣を強要してふて腐られてもお互いに幸福にならんじゃろ?」


 辺境に行けって普通は左遷扱いするだもんね。魔術兵団が楽とは言えないけど、王都に生活費ほぼ国持ちで住める状況を蹴って行きたいなんて平民出でも言わない。


「別に地方を蔑ろにしているわけでない。ただ人は心を持つ。皮肉にも安定した現況に危機感や逼迫感が薄れておるのじゃ。

 国境も腑抜けておると数々報告が来ていて頭が痛い」

「ここに教練所を新設するのは如何か?」

「……教師数、生徒数からして採算が合わん。

 生徒となる騎士候補、魔術師候補は無限に湧くわけではない。現在教練所を設置している街でも員数割れをしておるのに辺境に置くのは非効率じゃ。

 教師の方も戦死者が減って退役兵士も増加傾向にあるが、魔術師の需要は戦場に限らんからのぅ」


 国政にも関わる者としての知見も交えた誤魔化しない回答に領主様は渋面を作る。彼はファストの学院長を兼任を望んでいたけど、政務補佐があまりにも忙しすぎて断念したとどこかで聞いた覚えがある。


「彼女の引き抜きについては一旦撤回しよう。ラーヤも今は王都に帰還する予定はない。しかし我々は様々な理由から彼女がここに留まることを良しとしないと留意してもらいたい。

 ……秘密なぞ秘密にした瞬間から漏れ始めるものじゃ。遠からずラーヤのことは知られていく。その対策として防諜要因の魔術師を派遣し、表向きは辺境軍への配置換えとするとしよう。

 最重要事項はラーヤに関する情報の封止じゃが、辺境軍としての仕事に従事するように命じておく」


 領主様は顰めっ面を崩さずに聞く。

 優秀過ぎて存在だけは有名になってしまった暗部は騎士団や魔術兵団を差し置いてこの国の最精鋭とさえ言われる。


「『一旦』とは?」

「ラーヤが必要とするなら強硬策にも出る」


 わずかな迷いもなく私の自由を禁じる。

 今夜にでもどこか別の国に向かおうか……とかふと考えたけど、悲しいことに今以上に悪い状態になる未来しか想像できなかった。宮廷魔術師長は異例すぎるくらい木っ端の平民である私に強硬策の一切を封じて配慮をしてくれている。多分他所の国どころか彼ら以外の権力者はそんな配慮をしてくれないだろう。先生が去った痛みを知るが故の慎重さだろうから、先生に感謝……そもそもの原因が先生か。


「……状況次第を今詰めても仕方ない、か。

 他国の干渉はどの程度と見ておられる?」

「なんとも言えん。無論無視はできんじゃろうが、域外に臨したここは国の最奥。噂の伝達速度も踏まえれば本腰が入るのにも時間が掛かろう」

「楽観論。しかし悲観的に見て無闇と守りを固め、悪目立ちするのも悪手であると?」

「周辺国もひと世代分の時間を経て動きが硬化しておるからな」


 王国が積極的な侵略を行うなら他国も緊張を緩めるわけにはいかないだろう。しかしそんな素振りは微塵もなく、消極的ではあるけど一部技術を流して国土維持の協力すらしている。追いつめられるばかりの人類が「現状維持」を選択できる贅沢を享受できているのだからそれを変えようとする勢力など歓迎されないだろう。

 それどころか属国にして欲しいという要請を幾度と断っているとも聞く。


「よもやラーヤの力で『王殺し』を狙っておるのでないじゃろうな?」

「それはないと断言させていただく。可能であってもどこまでが範囲かも定かでないこの域外を切除しても得た土地の開発管理はままならず、加えて外敵の進路を与えかねない。国境域外の攻略は国家事業であるべきと考えますが?」

「ハクロの子とあって心配もあったが、中々に見識があるでないか」

「父に何か?」

「いや、ハクロが悪いわけでない。

 平民出が国政や領地管理を知らんのは当然だったという話じゃ。

 おぬしも確か王都に学びにきてはおらんじゃろ?」

「代わりに派遣されてきた父の代官に厳しく仕込まれました」

「ああ、そうじゃったな。今もあやつは元気にやっておるよ。王都に来たなら会うといい」


 空気が僅かに弛緩する。線引きは成ったので一旦幕引きというところか。


「セラ、こっちにいる間なら騎士術を教えるから遠慮なく尋ねてこい」

「不要だ。それに関してはこちらが宗家故、こちらで指導しよう」


 政治のやり取りに居心地悪そうに口を結んでいた団長さんがこのまま帰るだけとはいかないとそう提案するが、領主様がバッサリ断ち切った。


「それに、衆目に彼女が両方使えると晒すのは悪手と考えますが?」

「……」

「おぬし、セラに気があるというのは出まかせでなかったのか?」

「えっ?」


 いきなりなんの話?


「待て。それを言い出したのはウチの団員で、俺はその件には言及していない。

 セラの魔力量を知っていたし、遠征の補助で助けられたからな。学院は大して注目していないようだからうちの団に勧誘しようと狙っていただけだ」

「そういう建前か?」

「恋愛沙汰に絡めて無理やり引き抜けとか考えているだろジジイ……」


 チと僅かな舌打ちの音。いやまぁ、そんなこととは思ったけど。


「悪巧みはお互いの信頼を損ねますよ」

「年寄りの冗談くらい許せ。ともあれこの場は終わりとするか」


 気が付けば私の方がおまけになっていたけど、無事切り抜けられたようだ。

 まぁ、ウィロへの興味が明後日の方向に行ったから良しとするかな……


 ちなみにこの後、〈増撃〉の実演だけはしっかりやらされました。

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