第2話


 セラキス

 年齢15歳

 ファスト魔術学園魔術師課二年次生


 なお、年齢については曖昧なのでかっこ推定。

 それらの情報が刻印のされた金属タグと貸与されていた制服を入門口の守衛に渡すと、まっすぐに市街に向かい、宿の一室に今日の寝床を確保する。

 少しお高い宿だけど、富裕層も多く通う学園生としてそれなりに整えた身なりと貧相ながらも女性なので、格安の宿を使うわけにはいかない。念のためフード付きマントで顔を隠した私の荷物は背負い袋一つしかない。便利に普段使いしていた二着の制服を失えば、臨時雇いの時に使っていた丈夫で質素な上下だけだ。他は下着の類が少々。残りはこれから必要になる旅装の類で足りなかった物は宿までの道すがらに購入した。


「心残りはあるけど、どうにもならないしね」


 故郷を発つときにこの未来は予言されていた。だから限られた二年間にやるべきことを計画し、それ以上を成し遂げたとは思う。

 ……予言を覆す為の努力もしたけど、結局三年次に進級するための中級魔術三種類の習得は叶わなかった。


 体を拭くために借りた水桶を覗き込む。

 普段は一つにまとめて背に垂らしているくすんだ茶色の髪も随分伸びた。貴族の習わしでは未婚の女性は髪を切らないとかで、私も安易に短くできなかった。いい加減切りたいけど、ここまで伸びると少し惜しいと思う。


 髪と同じ色の目が水面から私を見ていた。

 学園じゃ不格好、不愛想とばかり言われていた。臨時雇いのお仕事でお世話になった騎士団の皆さんからはやたら褒められたけど……まぁ、総合的に考えてお世辞だろうね。

 もう少し伸ばせば腰まで届きそうな髪をかき上げ、溜息一つ。


 これからの行動も決まっている。でも、と記憶した地図を脳裏に広げた。


 私は今から探索者になる。


 探索者────国の公式文書では『域外調査員』と記される厄災によって狭められた人類の領域の外に踏み込み、成果を持ち帰る国家非公認の山師を指す。


 『厄災』と記録された謎の事象により世界中で魔力が噴出し、その濃い部分は人類が生きるに適さない場所となった。それだけではない。今までに見たことのない魔物がその領域を闊歩し、時には外に飛び出すようになった。

 瞬く間に奪われた人類の領域。奪われた故の『領域外』。これを略して『域外』と名付けられた魔境はその後も少しずつその範囲を広げ続けた。


 このまますべてを奪われるはずの人類は、しかししぶとかった。魔力に触れ、魔物と戦い、追い込まれ続ける中で魔力に順応し、力を得たのだ。

 『魔術』────人類を追い詰めた力を逆に利用し、超常の現象を起こす技術。


 魔術の成立、発展を背景に人類は域外から生存圏を取り戻すべく動き始める。

 魔術に適性のある者を集め教育する仕組みと、それを守る兵士を育てる仕組みが生まれた。その一つにしてこの国最高峰の機関がファスト魔術学園だ。


 しかし多くの土地を奪われた人類の育める命の上限は下がっていた。余剰人口は兵士として他の土地を奪いに行くか、魔術を持たずとも討伐は『不可能ではない』として域外の魔物を命がけで狩りに行くか────でなければ、あとは盗人の類になるか、餓死するしかない。こうして魔術師でない、国の庇護下でもない『探索者』という存在は生まれた。

 

 そんなことをぼんやり脳裏に復唱しながら、失った制服を思う。

 あの制服を纏いながら落伍者として探索者になる例は恐らく極僅かだ。きっと退学を宣言したあの教師も私が早々に王都を去ろうとしているとは思っていないだろう。


「……まぁ、選択肢はないね」


 二年前から決めていた────決まっていたこと。

 探索者として活動できる主な『前線地』あるいは『辺境』と呼ばれる場所を脳裏の地図で一通りなぞっていくけど、行きつく先はどうしてもになる。


 30年ほど前に英雄が『王』の討伐を成し遂げ、取り戻した土地。そこに生まれた恐らく人類最新の開拓村。

 そこが私の故郷だ。


 王都に近く、魔物の脅威度も低い『域外』での活動も考えたけど、この宿を選ばざるを得ない我が身を思えば、他の選択肢はなかった。王都周辺は縄張りが厳格で駆け出し探索者が入り込む隙などない。単身ならなおさらだ。

 しかも仲間を募ることも難しい。何しろ魔術師の最低ラインである中級魔術が使えないのだから戦力として無価値扱いされてもおかしくないのだから。


 まぁ、この二年間ずっと考えていたことだ。

 今更天啓が舞い降りるとも思えない。


「朝イチで出発ね。乗合馬車も無いし」


 予言通りになるのは癪ではあるけど、結局それが最適。あきらめなさいと自分にそう告げてベッドに潜り込む。明日からしばらく野宿だ。学園の寝台とは比べ物にならない瑣末なそれだけど堪能しておくことにする。

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