異世界を学問する

メモ帳

異世界に行ってしまった場合にどうすればよいか

異世界に行ってしまった場合にどうすればよいか

 本書は、命題『異世界に行ってしまった場合にどうすればよいか』に関する簡潔な解答を提示しているのではないことを最初に明言しておく。ここから先で語られるは、異世界に行ってしまった場合の対策を考える上で重要な、思考のプロセスを整理しまとめたものだと理解して欲しい。

 何故、肝心要な対策ではなく、その思考のプロセスをまとめているのか。

 結論として、「異世界に対する完全な対策を打ち出すことは不可能である」というのが、異世界学会における定説である。そのため現状では、個人が対策を考え、それに則った生活をすることで自衛するというのが最善策といえる。しかし、個々で対策を考えるにしても、異世界に対する造形の深さには個人差がある。そのため個々の異世界に対する理解を深めることが、異世界対策の第一歩となる。

 幸いなことに近隣の書店に行けば、異世界に関する参考書籍は数多く並んでいる。ネットを利用することで、参考になる文書を閲覧することも可能である。しかし、そのどれを手に取って読めば良いか分からないという方が多いことだろう。そうして『異世界』と向き合うことを諦めた者達は多い。

 そこで本書では、これから先の異世界との自分なりの付き合い方を考える手段として、思考のプロセスというものを提示していくことにした。


 ここで命題に立ち返っていただきたい。

 『異世界に行ってしまった場合にどうすればよいか』

 あくまで ”行ってしまった” という状況設定が重要である。”行かない” ようにするという対策は不可能であるということが立証されているからだ。

 異世界に行くという事象は、三次元世界に足をついて移動する人間という生命体にとって、避けようがない。そのことを理解してもらうために、異世界へ行ってしまう事象は、大きく三つの種類があるということを説明しよう。

 まず一つ目は『転生』、死んでしまった後に異世界へと行くということだ。おおよその流れとしては天界と呼ばれる場所にて転生を促され、大抵の場合は便利なチート能力を授けられ(能力を授けられない場合も多い、また不利な能力という場合もある)、赤ん坊の状態から人生をやり直すことになる。

 この『転生』を避けるには、死なないようにするしかない。しかし、人は生きていつかは死ぬ。死後の世界を選択する手段が確立されない限り、『転生』から逃れる明確な術はないといえよう。つまりは『転生』は絶対に避けることができない。

 二つ目は『転移』。死んでからではなく、生きているそのままの状態で異世界へと送られる。こちらは大体が「クラスごと」「学校ごと」といったグループ単位での移動が主となり、現世へと戻る/ 戻されるパターンも多い。しかしながら、グループメンバーの全員が五体満足な状態で戻れることはほぼない。もっぱら虐めをしていたような子や、他人を蹴落とすことに罪悪感を抱かないような子から酷い目に遭って死んでいく傾向がある。

 この『転移』を避ける手段は現状ない。人一人ではなく空間ごと削り取るように移動させるエネルギーに、地球上に存在する全てのエネルギーを集めても対抗できないという計算結果が出ている。つまりは人類が永久機関を開発し、無限のエネルギーを生み出しでもしない限り、『転移』を防ぐことはできない。

 三つ目は『召喚』。異世界から特定の能力を持った人物を召喚し、「勇者として魔王と戦わせる」「滅びかけた世界を救わせる」「生贄として捧げる」というような無理難題を押しつける。押しつけられた難題を解決することができれば、その先に広がる生活は楽園そのものだが、そこに至るまでの道筋は地獄であることが多い。

 この『召喚』を避ける手段もない。こちらから『召喚』をしようとしている異世界人――つまりは人間を攫っていく者達との交渉の場を設けることで、ある程度の『召喚』頻度を減らすことは可能であり、実際に成果を上げている。しかしながら、未だに『召喚』の文化が根強く残っている異世界は多く、こちらから観測できていない異世界から『召喚』された場合は対処できないのが実情だ。

 上記で示した『転生』『転移』『召喚』の現象を、防ぐこと手段がないことが分かっていただけただろう。これから科学技術の進歩と、異世界との交流を深めていくことで、異世界に ”行ってしまう” という災害の確率を下げていくことが、我々のような学者や技術者の仕事の一つである。

 一つ、というように記述したのには、もう一つ学者にとって大事な仕事があるからだ。それこそ本書において掲げている命題『異世界に行ってしまった場合にどうすればよいか』を考え、打ち出した対策を世間に広めていくことである。

 しかしながら、現状の対策は「個人個人が対策を考え、それに則った生活をすることで自衛する」しかないことは先ほど説明した。つまり現状で我々学者ができることといえば、対策を考える上で重要な思考のプロセスを整理し公表することであると考えた。

 その集大成が本書であり、記述する上で難しい専門用語は使わないようにしたりといった読みやすさを重視し、理解を深めるような小話や参考文献を記述することで、これから『異世界』を考える上での入門書として使えるように趣向を凝らした。

 本書が皆さんの異世界に対する理解に貢献して頂ければ幸いである。

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