絆は離れていても、そこにある
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絆は離れていても、そこにある
病室は静かな雰囲気に包まれていた。
窓から差し込む柔らかな陽光が、部屋を優しく照らしている。
ベッドは窓際に配置され、部屋の白い見た目が清潔さと落ち着きを感じさせた。
ベッド脇には小さなテーブルが置かれ、上には花瓶が飾られている。そこに咲くのは白と青の小さな花だった。
そのベッドに横たわる一人の少女がいた。
10代半ばの中学生。
一見して陰りを感じる少女だ。
名前を
春香は、心臓の手術を控えていた。
彼女は生まれつき体が弱かった。小学校に入るまでは入退院を繰り返す日々が続いたこともあったが、成長に伴って病状は和らいだ。
だが、根本的な解決をするには手術しかなかった。
時折、発作を起こしてはうずくまり、倒れそうになる。その度に周囲に迷惑をまき散らしてきた。
春香は演劇部に所属し、部員たちからも愛されていた。
しかし、心臓に病を抱えていることから、満足に演技をしたり歌ったりすることができなかった。
医師には手術を打診されていたが、今まで胸にメスを入れることが怖くてたまらなかった。リスクはゼロではない。
でも、春香は思った。挑戦してみたい。諦めたくないと。失敗を怖がっていたら何も変わらないのだから。
春香が上体を起こして教科書とノートを広げていた時、ドアがノックされた。
どうぞ、と答えると、ドアが開かれ、そこには見知った少女が居た。
野の花のように優しい雰囲気を纏う少女。
名前を
「春香、元気にしてる?」
初穂は笑顔でそう尋ねた。
「元気よ」
春香は答えた。
初穂は春香の隣に座り、彼女が勉強をしている様子を眺めた。
「春香は真面目ね」
そう言って、初穂は微笑んだ。
「手術は3日後だけど、そこからまた少し入院することになるんだから、今のうちにやっておかないと授業に遅れちゃうでしょ?」
春香の言葉に、初穂はうなずいた。
「その時は、私が先生になって教えてあげるわ。お代は、そうね。駅前のパフェでどうかな? あそこ、とっても美味しいらしいよ」
初穂の提案に、春香は笑った。
それから二人は他愛のない話をした。学校のこと、友達のこと、最近読んだ本についてなど、様々な話題が出た。
「早く退院したいな……」
不意に、春香が言った。
彼女の言葉を受け、初穂の表情が穏やかになる。
「クラスのみんな、春香が元気になって帰って来るのを待ってるわ」
初穂は言った。
「ほんと?」
春香は、冗談交じりに訊く。
すると、初穂は何かを決意したようにカバンから色紙を取り出した。
「疑り深いのね。はい、お土産。みんなの思いよ」
差し出された色紙を、春香は受け取り、眺めた。
色紙には、クラスメイトたちの寄せ書きがあった。その中には、親友である初穂の名前もある。
「春香、頑張ってね!」:美里
「手術後の笑顔、待ってるよ」:由香里
「元気になったら、またいっぱいおしゃべりしよう」:初穂
「頑張って!みんなが待ってるから、きっと大丈夫」:健太
「無理しないでね」:拓斗
「元気になったらまた遊ぼうね」:まどか
「手術が終わったら一緒に映画に行ってください」:佐藤
「文化祭の時の男子って誰? 詳しく聞かせてよね」:早苗
「春香が帰って来るのが待ち遠しいよ!」:美和
「元気になって、みんなに笑顔を届けてね」:ゆりか
「渡瀬さんの調理実習で作った料理を食べさせて下さい」:千田
「みんな祈っているから、絶対に乗り越えられるよ!」:拓斗
「今度、僕とデートして下さい」:林
「今度は、私がノートを写させてあげるね」:亜紀
「春香、無理しないでゆっくり休んでね」:典子
「元気になったらまたお祝いをしようね」:礼二
「いつも明るい渡瀬さんの笑顔が大好き、早く元気になって」:大輔
………………。
…………。
……。
春香は、それを目にすると涙が溢れた。
クラスメイトたちは、自分のことを案じてくれている。自分のことを応援してくれている。
こんなにも多くの人たちが自分のために祈り、待っていてくれるのだと思うと、胸が熱くなった。
春香は口元を手で押さえ、嗚咽を漏らしながら泣いた。
そんな彼女を見て、初穂も瞳を潤ませた。
「春香……」
初穂が春香の肩に手を当てると、春香は求めるように彼女に抱きついた。
そんな春香を、初穂は優しく受け止める。
「ありがとう……。私、頑張るからね……」
涙声でそう答える春香の頭を、初穂は撫でた。
みんなの思いに触れたことで、春香の心にあった不安や恐怖心が薄らいでいくのを感じた。
手術を乗り越えれば、自分はもっと強くなれるだろう。
強さは身体の力じゃないよ。心の中に強い意志を持っていて、それに従って行動できたときに初めて発揮されるものなんだ。
そう春香に教えてくれた少年がいた。
(私も、あなたみたいに強くなるね)
春香は心の中で誓った。
このクラスには、自分を信じてくれている仲間がいるのだから。
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