シャドラーゼの魔女

京野 薫

忌むべき化け物

 花はなんでこんなに美しいんだろう。

 ある時は深く、ある時は淡い色合い。

 均等で完璧なバランスを持つその形。

 いくら見ていても飽きないので、筆も進む。


 パパとママに頼まれたお使いの途中なので気がとがめるけど、数少ない楽しみの時間なんだから少しくらいいいかな。と自分に言い訳をしてしまう。

 それに、このお花畑はこの国―シャドラーゼの鉱山の人たちも毛嫌いしていてめったに来ないので、一人の時間を心置きなく楽しめる。


 暖かい日の光に、心地よく首や顔を撫でるそよ風。

 草木のこすれる音以外は何も無い静謐な空間。


 その中で、本を読むのも大好きだったが、拾った本も何度も読んで中身を全部覚えてしまった。最近は新しい本も手に入れられない。

 その代わりその空気に魅入られたように私は花の絵を描き続けた。


 もうすぐ13歳のお誕生日。

 その時はぜひ紙一杯にこのお花畑を書きたい。

 その時。

 背後でガサッと音がしたので、驚いて振り返る。

 すると、そこには野ウサギが一匹顔を出していた。

 なんだ……

 ホッとした私は額に浮かぶ汗をそっと拭うと立ち上がった。


 そろそろ行かなきゃ。

 パパもママもお仕事を頑張ってくれてるんだ。

 私も買い出しくらいちゃんとやらなきゃ。

 だが、足が根が生えてしまったように動かない。

 心臓の音がうるさいくらいに響き、足が軽く震える。


 我慢我慢。

 大丈夫……今日は大丈夫。

 深く息を吐くと、重い足を頑張って動かした。

 それからしばらく歩くと目当ての市場がある坑道の入り口が見えてきた。

 私は周囲をそっと見合わすとフードをかぶり、目以外全て隠れるようにした。

 手が見られないように手袋も着ける。

 これでよし。

 前はやんちゃな男の子に外されたけど、今度は気をつけよう。


 足がすくみそうになり中々足が前に行かないけど、深く息を吸ってゆっくり吐き出すとちょっと落ち着いてきた。

 パパやママはどうしても辛かったら無理に行かなくてもいいと言ってくれたけど、私も役に立ちたい。

 ましてトロル……だっけか?大きな鬼みたいな化け物に襲われたとき、命からがら逃げたものの代わりに足を怪我してしまい、それからはずっと歩くのも大変そうな二人。

 こんな街まで歩かせたくない。


 大丈夫、リエル。

 あなたは強い子。

 私は意を決して歩き出した。


「あの……この森トカゲの肉をください」


 店主のおじさんはあからさまに嫌そうな表情を見せながら私の出した銅貨を受け取ると、大きな肉片を投げてよこした。

 私は慌てて背負い袋に入れるとぺこりと頭を下げた。

 そして、足早に歩き去る。


 さて、帰ろう。ホッとしながら歩いていると、ふと目の入ったお店にパパとママの好きな干し芋が並んでいるのが見えた。


 あ……


 私は懐からいざというときのために取っておいた金貨の入った革袋を取り出した。

 二年前、書いていた絵を見た旅の人が私の絵を信じられないことに気に入ってくれて、絵をもらっていく代わりに金貨を3枚くれたのだ。

 私はドキドキしながら横を向いて他のお客さんと話しているお店のおじさんに声をかけた。


「あの……すいません」


 お店のおじさんは笑顔で振り返ったが、私を見ると冷ややかな表情に変わった。

 私は胸の奥がズキリと痛む。

 いつまでも慣れないな……早く平気になりたいのに。


「なんだ、化け物」


 そう言うとおじさんはまたさっきまで話していたお客さんとの会話に戻った。


 もう帰ろうかと思ったが、どうしてもパパとママに干し芋を買っていってあげたかったので、諦めきれずにじっと立っていた。

 何やってるんだろ、私。


「おい、化け物、お前の方じっと見てる。もしかしてお前に惚れた?」

「はぁ!? 勘弁。こいつ、醜い。化け物だ!」


 その大声に近くの子供たちも寄ってきた。

 しまった、せっかく目立たないようにしてきたのに。

 後悔したけどもう遅い。


「あ! 化け物!」

「化け物、やっつける!」


 その声と共に、木の実が私の頭に当たった。

 それは柔らかい物だったが、とても臭かった。

 生臭いような、すえた汗の様な。

 そんな形容しがたい深いな匂いが鼻をつく。


「化け物! くらえ」


 子供たちはさっきの臭い実を次々と投げてくる。


「これが欲しいか! くれてやる。もう来るな、化け物!」


 そう言っておじさんが投げつけてきた干し芋を私は必死に取ると、振り返って走り出した。


 後ろではまだ「化け物、来るな」「どうだ、やっつけたぞ」と子供たちの勝ち誇った声と、大人の人たちの笑い声が聞こえる。


 その声を聞きながら、目の前が涙でにじんでくるのが分かった。


 どうして……

 どうして、私だけ。

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