経歴ロンダリングはじめての発令

ちびまるフォイ

ロンダリングのガチ勢

「誰も……見てないよな?」


周りをキョロキョロ見渡してから男は雑居ビルへと入っていった。

薄暗いオフィスには、中央に机が一個だけ置かれている。


「あの、ここって経歴ロンダリングの会社……って見ましたけど」


「ええ合っていますよ」


「ああよかった! お願いです! 俺の経歴を消してください!!」


「わかりました。ただ、目的と内容により料金が変わります。

 どういった経歴を消したいのか教えてもらえますか?」


「実は……俺は3年ほどニートをやっていたんです。

 その経歴を消してもらいたいんです」


「それはまたどうして?」


「どうしてって……そんなの当然でしょう!?

 ニートの経歴があれば社会的な評価はガタ落ち。

 いまやってる就職活動だってニートがあるだけで落ちるんです!」


「ははあ、なるほど。それならば料金はこちらで」


「こんなもんなんですね!」


「ニートの経歴程度であれば、社会的痕跡を消すのもたやすいんです」


「ありがとうございます! よろしくお願いします!!」


「かしこまりました。……はい、これでニートの経歴を消しましたよ」


「ああ、これで俺は真人間だ! ありがとうございます!」


男は深々とおじぎをしてビルを出ていった。


「就職活動、うまくいくといいな」


男が去ってから経歴ロンダリングの社長は祈るようにつぶやいた。




数日後、またあの男が戻ってきた。


「あ、あの!! 経歴を消してほしいんです!!」


「あれ? 以前、ニートの経歴を消したはずでは? 不十分でしたか?」


「いいえ完璧です! ニート歴が消えたんで晴れて就職もでき、初めての恋人もできました!」


「それはなによりです」


「でもまだあるんです!!」

「え、まだ?」



「俺の犯罪歴を消してください!!」



「それは……。内容により難易度が変わります。詳細を教えてもらえますか?」


「実は、俺は昔アイドルの追っかけをやっていまして。

 そのうち辛抱たまらなくなって、盗聴器をしかけたんです」


「はあそれはまた大胆な」


「で、その盗聴がバレて逮捕されてしまったんです。

 その経歴をどうにか消してほしいんです」


「わかりました。しかし、余計なお世話かもしれませんが

 あなたは恋愛も仕事もうまくいっているように見えます。

 わざわざ消さなくてもよいのでは?」


「ちがうんです! この経歴があることで

 "いつかばれるんじゃないか"と気が気がじゃないんです!

 そこから早く解放されたいんです!!」


「なるほど……。しかし、公的な書類も残っているので時間とお金はかかりますよ?」


「かまいません!! この終わらない苦しみから解放されるならいくらでも!!」


そうして、男のたっての要望もあり経歴ロンダリングが行われた。


『もしもし? お久しぶりです。経歴ロンダリング社です。

 ご希望の経歴が抹消されましたよ』


「ありがとうございます! ありがとうございます! これで自由の身だーー!」


経歴がさっぱり消えたことを伝えると、男はいたく喜んでいた。

その男が数日後にまたやってくることも知らずに。



「……こ、こんにちは」


「またあなたですか?」


経歴ロンダリングを依頼する人はせいぜい1回が基本。

何度も何度も依頼してくるケースは少なかった。


「今度はなにを消してほしいんです?」


「あ、あの……ここで消したことをなかったことにって、できませんか?」


「は?」


「その、つまり、消した経歴をもとに戻すって……できます?」


「はあああ!?」


一度取り乱した社長だったがすぐに冷静さを取り戻す。


「……一応聞きますが、それはなぜ?」


「実は……はじめての結婚をすることになったんです」


「おめでとうございます」


「でも、これからふたりで生活を始めていくときに妻が言ったんです」


「はあ」


「"夫婦で隠しごとはしないように"って」


「うちで一度消した経歴はただの一般人が深掘りしてバレるようなものではないですよ?」


「だからこそです! 俺は一生妻に隠し事をし続けなくちゃいけないと思うと、怖くて申し訳なくて!!」


「めんどくさい人だ……」


「俺はもう隠し事なんかしたくないんです!

 過去の自分の失敗も受け止めたうえで、二人で人生を歩んでいきたいんです!!」


「それで抹消した経歴をもとに戻してほしいと?」

「です!!」



「……あのですね、我々は経歴の完璧な抹消を仕事としています」


「はい」


「それを戻すとなると、それはもう消す以上の労力がいるわけです」


「はあ」


「それだけの金額はいりますし、一度戻した経歴を"やっぱり消して"は通じません。

 そして、経歴を戻すのはこれきり1回だけになりますよ」


「はい、お願いします! 俺はありのままで生きていくと決めました!!」



「そこまで決心が固いのなら……わかりました。戻しましょう」


「ありがとうございます!」


経歴ロンダリングの社長は支社の社員にも声をかけ、

社員総出で男のロンダリングした経歴をもとに戻す作業を行った。


それはもう苛烈なもので、昼夜問わず作業は深夜まで及ぶ大工事となった。


試合後のボクサーよりもボロボロになった社長は、

枯れた声で男に伝えた。


「……終わりました。すべての経歴は元に戻りましたよ」


「うおおおお!!! ありがとうございます! ありがとうございます!!

 これでも嘘をつき続ける人生から解放されました!!」


男の顔は変わっていた。


これまでの嘘を抱えていたときの表情から、

経歴を戻したことで覚悟が決まったような凛々しい表情になっていた。


この世界はブランド思考の完璧主義。

すねに傷があるというだけで臭いもの扱いされる潔癖な世界ではある。


それでも自分の過去を背負って前に進むことを決めた人は、

きっとこれからの困難も迷いなく超えていくだろうと社長は思った。


そうして、それを手伝えたことを誇りに思った。









数日後、男がまたまたやってきた。


「あのぅ……離婚歴って消せますか……?」



社長は初めて「出禁」というものを発令した。

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