第3話

 バイト仲間の町田さんに聞くと、花中畠神社では確かにペットの供養や火葬を行っている、という話だった。彼女の友達の飼い猫が亡くなった時に、神社で世話になったのだそうだ。

「神社に、遺体を焼く釜なんかがあるの?」

「釜っていうか、炉ですね」と、ちょっと馬鹿にした顔つきで町田さんは言った。「一応あるらしいですよ。でも、友達の話だと、なんか少し違ったんですよね」

「違った?」

「彼女の猫、合同火葬で焼いてもらったらしいんですけど、個別の火葬の時とはなんかちょっとやり方が違ったらしいんです」

 個別の火葬? と鸚鵡返しに聞いた。町田さんは、ますますこちらを馬鹿にした様子になった。

「合同の場合は他のペットと一緒に焼かれるんですけど、個別だと、別々に焼いてもらえるんですよ」

「それ、どう違うの?」

「一緒じゃ嫌だという人もいるんじゃないですか。あと、お骨も混ざったりしないし」

 ああなるほど、と周太は納得した。

 その日、気をつけて見ていると、これから神社へ行くとおぼしい客の中に、重そうな荷物を担いでいる者が一人いた。ひょっとしたら、あの中身は…… と想像せずにはおれない。もし、この想像が当たっているなら、この前訪れた夫婦も同様だったのだろう。

 荷物を抱えた客は、あの夫婦と違い白装束を着ていなかったが、おそらく火葬に訪れるから白装束を着なければいけない、といった決まりはないのだろう。目の前の客は五十代と思われる男性で、キャンプ用の特大のリュックを担いでいた。リュックはぱんぱんに膨らんでいて、男は顔を真っ赤に染め、息を切らしていた。

 道は尋ねず、冷たい飲み物を買って、男は店を後にした。

 周太の視線に気づいたらしい町田さんがそばに来て、言った。「今の人、絶対そうですね」

 黙って頷くと、町田さんは話題を変えた。

「ところで、園部さんって大学生なんですか?」

「いや、ただのアルバイトだよ」

「それって、フリーターってことですか?」

 痛いところを突かれて、周太は心の中で苦笑いした。

 周太は所謂、就職浪人というやつだ。入社予定だった会社が、業績が悪化したとかで突然、内定を取り消してきた。卒業間近だったのであんまりだと思ったが、ごねる気も起きなくて諦めてしまった。業績が悪化した会社に入らなくてよかったじゃないか、と周りも慰めてくれた。その周囲の優しさに甘えるように、ずるずるとアルバイトの立場に落ち着いてしまった。

「まあ、そうだね」

「あ、そうなんですか」さほど興味はないらしく、町田さんはあっさりそう言った。「稲葉さんと友達だっていうから、てっきり同じ大学なのかと思ってました」

 稲葉さんとは確かに同じ大学だが、構内で会ったことはない。彼女とは、バイトと安国だけを通した関係だった。「友達、って感じじゃないよ。彼女のこと、そんなによく知らないんだ」

「じゃあ、寺崎さんとのことも?」

「うん、あんまり」

 そう答えると、がっかりしたのか、肩をすくめ、仕事に戻っていった。

 皆、稲葉さんについて口喧しく噂している。どうしていなくなってしまったのか、今どこにいるのか、寺崎はそれについて知っているのか。中でも、稲葉さんと寺崎がどの程度の仲なのか、が皆の関心の的のようだ。

 昼過ぎに、例のキャンプ用リュックを背負った客が再びコンビニを訪れた。

 周太はそれとなく、その男の姿を目で追った。ぱんぱんだったリュックがぺたんこになっている。真っ赤だった男の顔も今は通常の顔色だ。

 男は缶コーヒーと、レジ前の棚に陳列されたガムを手に取り、レジへやって来た。支払いを済ませた男がこちらに背を向けた時、周太は萎んだリュックの留め具に何かがぶら下がっていることに気づいた。何だろう、と目を凝らすと、それが茶色い毛の塊であることがわかった。

 ぬいぐるみだろうか。いや、違う。それは小さく、丸くて、片端が赤い紐で縛られ、金具と繋がれていた。お守り。たぶん、そうだ。

 それは、毛皮でできたお守り袋だった。



 帰宅して、母に神社のことを伝えると、母は、自分も神社に問い合わせてみたと言った。合同火葬という形式があることも、すでに知っていた。

「合同火葬はね、個別と比べてかなりお安いの」と、母は話す。「だから、それでいいかなと思って」

「もう申し込んだの?」

 少し吃驚して聞くと、母は、しょうがないじゃない、と言いたげな顔をした。

「だって、お父さんや周太じゃ、全然決められないでしょ。それに、定員があるから早く申し込まなきゃならなかったのよ」

「でも、お骨が混ざっちゃうんだよ」それに、なんだかちょっと変わったやり方らしい。そう付け加えようかとも思ったが、どう変わっているかまでは知らないのでやめておいた。

「そうだけど、一応、数匹ずつの区分みたいなのがあるらしくて、混ざるといっても数匹分が混ざるだけらしいの。まったく知らないよその犬のお骨を持って帰る、ってわけじゃないのよ」

 そう言って、母は顔をしかめて見せた。「冷たく聞こえるかもしれないけど、これでも色々考えたの。よく知らないペット葬儀社なんかに任せるより、近所の神社のほうが信用が置けるでしょ。それに、メルだって、一人ぼっちで焼かれるより他の犬と一緒のほうがいいかもしれない」

「何それ」と周太は言ったが、内心では、そういう考え方もあるか、と呟いていた。メルは人も犬も大好きな犬だったから、仲間と葬られたほうが寂しくないかもしれない。

「で、いつ持ってくの?」

「それが、合同火葬は月曜と木曜なんだけど、月曜の分はもう締め切られちゃったそうなのよ。だから、木曜のに申し込んだの」

「え、そんなに先?」今日が土曜だから、木曜まではかなり日数がある。

「わたしも吃驚したんだけど、このくらいはよくあることだって神社のほうでは言うの。それに、今の時期なら遺体もそんなに傷まないはずだ、って。それでも、一応冷やしておいたほうがいいらしいけど」

 十一月の気温ならどうにか持つ、ということだろうか。母はすでに、メルの亡骸がある部屋の冷房を効かせていた。保冷剤もあったほうがいいかも、と言うので、周太は自転車を飛ばしてホームセンターに向かった。

 翌日の日曜は、本来は休みだったが、店長から稲葉さんの代わりに出てくれと言われ、出勤することにした。安国との約束は夜だから、別に差し障りはない。店に行くと、表のガラス・ドアに前日にはなかったバイト募集のポスターが貼られていた。

 バックヤードでは、朝晩のパートのおばさんとバイトの女の子が顔を寄せ合って話し込んでいた。どうせ、また稲葉さんの噂話だろう、と周太は肩をすくめてその脇を通り過ぎた。

 この日も、参拝客らしき客が何人か、店に立ち寄った。いずれも白装束か、登山のような格好をしているので、すぐにそれとわかる。重そうな荷物を抱えた客も、一人いた。今日は合同火葬のある日じゃないから、個別なんだろうな、と周太は考えた。これまでにも、気がつかなかっただけで、ちらほらああいう客がいたに違いない。

 午後にも、神社からの帰りと思われる客が何人か来店した。うち二人は、例の毛皮でできたお守りをバッグにぶら下げていた。詮索はよくない、とわかっていたが、周太はつい、レジに来たその一人に尋ねていた。

「あの、それって、神社で買ったお守りですか?」

 相手は白装束に身を包んだ中年女性で、驚いた顔でこちらを見た。

 一瞬、迷惑だったかな、と思ったが、客はすぐに表情を和らげた。「そうよ。去年、あそこでうちの子をお骨にしてもらったの」

 そう言いながら、ショルダーバッグのベルトに結んだ、ふさふさした黒い毛のお守りに手を触れる。

「お骨にしてもらうと、貰えるんですか」

「ええ。希望すればね」

 メルの薄茶色の毛皮でできたお守り袋を、周太は想像した。

「すみません、引き止めて。ありがとうございます」

 いいえ、と微笑んで、客は店を後にした。

 仕事を終えると、約束通り安国と落ち合って夕飯を食べた。二人ともあまり酒を飲むほうではないので、行く店は居酒屋以外と決まっている。その日は学生時代からよく通っていたお好み焼き屋に向かった。

 安国は、新入社員らしい真新しいスーツ姿だった。日曜なのにどうしたんだ、と聞くと、「休日出勤だよ」と苦笑いを浮かべた。

 少し疲れの滲むその顔が、妙に眩しく見えて、周太は目を逸らした。そういえば、自分も休日出勤なんだよな、と胸の内で呟く。だが、なぜかそれを口に出す気にはなれなかった。

 テーブルについてからも、安国の顔つきは冴えなかった。疲れのせいか、あるいは稲葉さんのことが気になっているのか。やがて、思い切った様子で彼は口を開いた。

「遥花のことだけど。あれから進展、ないよな」

 うん、と周太は答えた。「ないらしい」

「そうか」と、安国は視線を落とした。

「まだ好きなの?」周太は尋ねた。

「いや、別に」安国は笑ったが、ちっとも可笑しそうではなかった。

「稲葉さん、彼氏ができたんだよ。知ってる?」

 下手くそな若手の俳優のように、安国は頷いた。「あ、ああ」

「そっか」

 二人とも黙り込んだが、少しして安国がぎこちなく話題を変えた。「そういえばさ、メルの調子、どう? 具合悪いんだよな」

 亡くなった、と話すと、安国は驚いた顔をした。

「病気だったんだっけ」

「うん。骨肉腫」

 そうか、と安国が呟く。

 花中畠神社で火葬するんだと告げると、自分の知人もそこで世話になった、と安国は言った。「その人も、飼い犬を火葬にしてもらったらしい。なんとなく、神社のほうがご加護がありそうだし、と思って決めたそうだ」

「ご加護?」

「そう。結構、信心深い人でさ。ちゃんと白装束を着て行ったんだって」

 へえ、と周太は声をあげた。「そういや、あの白装束って、何の意味があるの?」

「俺もよくは知らない。けど、その時聞いた話では、合同火葬は一種の儀式なんだって。儀式というか、祭儀? まあ、お祭りみたいなものらしいけど。ほら、あの神社、夏祭りの類いはやってないだろ? それは、普段やってる合同火葬が、お祭りの代わりだからだそうだ」

 何だそれ、と思わず呟いたが、周太はその話に引き込まれ始めていた。

「白装束は、信心の表れのほかに、祭儀に参加する証しでもあるらしい」

「そんな話、初めて聞いたな」

「そうか? あの辺りじゃ、ごく当たり前のことらしいぜ。別に秘密でも何でもない。お前も行くんなら、白装束を着たらどうだ? ご加護を受けられるかもしれないぜ」

 そう言って、安国はややかすれた笑い声をあげた。

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