第8話 救助2/2

「いやあ、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ない」



 それから五分ほど経ち、おっちゃんは目を覚ました。


 気絶している探索士を一箇所に集め終わった俺とウララは、おっちゃんにペットボトルの水を渡す。



「怪我はないか、おっちゃん」


「ええ、お陰様で。本当にありがとうございましまた。……しかし、一体なにが起きたのでしょうか」


「あー……」



 なんて答えていいのやら。


 俺は、この場の誰よりも事情を知っているであろうウララに目を向ける。


 ウララは、俺と目が合うとにこっと笑った。


 笑って、唇が音を発さずに動く。



『す・き』



 いや……付き合いたてのカップルかよ。


 俺はおっちゃんに向き直る。



「まあ、災害みたいな男に吹っ飛ばされたんすよ」


「災害みたいな……男? ということは、魔物にやられたわけではないのですか?」


「まあ。魔物みたいな男といえばそうなんすけど……ランキング9位らしいですよ。詳しくは知らんすけど」



 俺の言葉に、おっちゃんは厳しく顔を歪めた。



「……どうして上位に名を連ねる方が、こんな危険なことを」


「さあ。俺、きょうはじめてここに来たんで」


「あ、そうなんですね。実は僕もここの迷宮に来たのは初めてなんですよ」


「……ここの?」



 俺はウララを見た。



「お兄ちゃんってほんと世間知らずだよね」



 ウララは呆れ気味に肩をすくめた。



「よくこの二年間、生きてこられたね! 誰かちょーぜつにかわいくて強い女の子が守ってくれてたに違いないよ! 責任取らなきゃね!」


「お二人は兄妹なのですか?」


「将来を誓い合った兄妹です」


「は……はあ……?」



 食い気味で話すウララにドン引きするおっちゃん。無理もない。俺だって怖い。



「ここのほかにも迷宮があるってことでいいのか、ウララ」


「そだよ。深江駅の他に市役所、ゴールデンマウントジム、深江商業高校とか。全部で五つの迷宮があるよ。深江駅ここは比較的に穏やかで初心者向けの迷宮なんだ」


「五つもあんのかよ。どこか踏破されたとことかないのか?」


「ないねー。どこも六〇階層ぐらいは開放されてるけど、七〇から急に難易度が変わっちゃうみたいで……」


「聞いたことがあります。たしか半年ほど前、ゴールデンマウントジムの七〇階層ボス戦で二十人の死者を出したとか」


「ここの迷宮でもだいぶやられたよ。結構最近にね」



 おっちゃんが青い顔をしながら言った。それにウララも頷く。



「テレビ否定派のお兄ちゃんは知らないだろうけど、全国ニュースにもなってたよ。配信してたからね。ランキング一位のきずなちゃんと四位の赤城さんがいなきゃ、全滅してたって」


「そこは二位と三位じゃないんだな」


「そこの二人は迷宮攻略に興味ないからね。お兄ちゃんも気をつけた方がいいよ、その二人には。絡まれたら、戻れないと思う。お兄ちゃんの性格的に」



 何やら不穏な言葉だった。


 ウララの表情はあくまで真剣。いったいどんな二人なのだろうか、二位と三位そいつらは。



「あれはかなりショッキングな映像でしたね……探索士を引退する人が続出したほどですよ」


「おっちゃんは大丈夫だったのか?」


「僕は一週間前に探索士業をはじめたクチなので。まあ恐怖心はありますが、低階層だとすぐ近くに人がいるので多少は薄れてます」



 一週間前に……。


 ボリボリと頭を掻くおっちゃんの身なりは、ボロボロのスーツ姿だった。


 肉体からだの線も細く、とてもじゃないが探索士をやるようななりではない。どちらかというと事務作業とか、座って仕事をしてきたような雰囲気だ。


 肉体労働を好む感じではないし、ましてやその年齢ではじめるってことは何か、並々ならぬ理由があるに違いなかった。


 俺の直感でしかないが。



「お兄ちゃん、みんな目覚ましてきたよ。たぶん他の階層も似たような感じだと思う」



 ウララがスマホを見ながら言った。


 俺もウララのスマホを覗き込む。さまざまな配信者が、ここより上の階層で配信を再開している様子が映った。


 どこの階層も似たような状況になっていて、一部は慣れたように探索士を介抱している。


 三十七階層では、嵐のように走り去っていくあの男をおもしろおかしく追いかけていた——が、今しがた配信が途切れた。最後、一瞬だけ映ったのはカメラに向かって放たれた赤い斬撃。



「死んだな」


「………」



 他にも、ランキング9位の悪口大会だったり、ランキング9位討伐と意気込んでいたり。ある種の炎上商法というか、逢木鬼あきぎをエンターテイメントとして消化しているようだった。



「それにしても、すごい嫌われようだな」


「そりゃあそうでしょ。マナーも悪い、タチも悪い。深江市最悪のプレイヤーだよ」



 ほかの探索士は知らないが、逢木鬼が一番マナーが悪そうなのは納得できた。



「あっ、逢木鬼ウユカも配信してるよ。観てみる?」


「え、あいつ配信すんの? あんな顔で?」


「うん。ただ黙って魔物を倒していくだけの凄惨で血まみれな動画だけど」


「……誰得だよ」


「コメント欄はいつも荒れてるけど、コアなファンがそれでもいるからね~。毎月一〇〇万は余裕で稼いでると思うよ」



 夢のある仕事だった。

 

 そんなでも稼げるのかよ、配信って。



「それで、どうするお兄ちゃん。上に進む? それとも帰る?」


「んー……帰るかな」


「おっけー」



 騒がしさを取り戻した二階層。


 再び迷宮探索をはじめた探索士を横目に、俺とウララは出口に向かって歩き始めた。



「二人とも、ありがとうございました! またお会いしましょう!」


「気をつけろよ、おっちゃん」


「じゃあね~」



 おっちゃんとも別れて、その日、初めての迷宮探索を終えた。



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