第6話 トップランカー

「あ、見てみて! 初々しいカップルがいるよぉ♡ 迷宮ははじめてかなぁ? リカちーがいろいろ教えてあげちゃおっかなあ♡」



 くるくる茶髪のギャルがカメラマンを引き連れてこっちに近寄ってくる。


 たゆんたゆんと上下に激しく揺れる胸。


 の、ノーブラ……ですか?



「……っ」



 ウララが慌てた様子で俺の背後に逃げる。ぴったりと背中にしがみついて、ウララが耳元で言った。



「お……おっぱい当てちゃった……っ」


「要らんわそんな報告……」


「あのあの~♡ ちょっとカメラいいですかあ?」



 すでに向けてるだろ、リカちー。


 それにしてもかわいいな、この子。



「あれれ、彼女さんは隠れちゃったのかなぁ? かーいいね♡」


「………」


「んん? 彼女さん、どっかで見たことあるような……」



 人差し指をほおに当てて、何か思い出そうとしているリカちー。そんなあざとい姿も可愛かった。



「あ、リカ。この二人あれだよ。今バズってる近親相姦系兄妹ブラザーだ。視聴者が教えてくれた」


「ええぇぇ~~っ! 同業者さんだったのぉ!?」



 ちょっと待ってください。近親相姦系兄妹ブラザーって変なあだ名つけるのやめてもらっていいですか。


 まだキスしかしてねえよ!



「お、お、お兄ちゃん……わたしたち、全世界公認カップルだね……っ」


「親が今頃悲しんでるよ」



 特に親父が発狂してるだろうよ。


 もうスマホは捨てよう。メッセージの通知が恐ろしい。



「え~どうしよう! 迷宮探索やめて、きょうはこの兄妹に質問攻めしちゃう~?」


「ステータス公開とキスを視聴者が求めてる」


「だよねだよねえ~。へえー、視聴者さんが超レアスキル持ってるって言ってるぅ。リカちーにもみせて♡」


「視聴者が増えてきた。さすが、今トレンドの近親相姦系兄妹」



 トレンドとかやめてもらっていいですか。誰が許可したの?



「お、お兄ちゃん、どうしよう……」


「うむ……」



 初対面の人間にカメラを向けられるのは、かなり居心地が悪い。しかも相手はそれなりに人気のある配信者だ。視聴者数は俺らと比べて桁違いのはず。


 それはウララも同じようで、どうにかしてこの状況から抜け出す方法はないだろうかと周囲を模索してみる。


 そして気がつく。いつの間にか、俺たちを囲むようにしてギャラリーができていた。その全てがリカちーのファン層。おまえらこんなとこにまで来て暇かよ。



「じゃあさっそく質問いくよ~?」



 俺の隣に来て、どっから取り出したのかマイクを口元に向けてくるリカちー。めっちゃいい匂いがした。



「妹ちゃんに恋をした日っていつですかぁ♡」


「——お兄ちゃんッ」



 リカちーのあざとい顔が急に視界から消える。と、同時に俺はウララに押し倒されていて。



「おま、なにを——」



 こんな人前で、カメラの前でなにを——



「っ」



 いいかけて、瞬間。


 凄まじい暴威の波が、周囲にいる人間を吹き飛ばした。



「んなっ!?」


「っ」



 ウララに押し倒されていた俺は、地面を数メートルほど削る。その間、ウララが身を挺して俺の体を守っていた。


 だからこそ、俺はソレをはっきりと視ることができた。



退け、クソどもが」



 つい一秒前まで俺含め、人だかりができていたそのひらけた空間を、駆け抜けていく鬼神の姿を。



「俺の前に立ってるんじゃねえよ、クソが」


「———」



 濁流のごとく吹き荒れる殺気と気風を侍らせて、双剣の男が迷宮の奥へと消えていった。


 こちらに一寸たりとも目もくれず。


 あの野郎……!


 許せねえ!


 俺は舞い上がる砂埃のなか、立ち上がって迷宮の奥を睨みつける。



「お兄ちゃん、追いかけない方がいいよ」


「た……頼まれても行かねえよ」


「………」



 俺はそんな主人公然としたキャラではありません。

 イラッとはしたが、あんなガチヤンキーに突っ込む勇気は毛頭ない。



「ランキング9位、逢木鬼あきぎウユカだよ」


「知ってるのか、ウララ。てか、ランキングってなんや」


「ほんとお兄ちゃんってなんにも知らないのね」


「とか言って、ちゃんと教えてくれるウララちゃんかわいいわ」


「えへへ」



 ガチ照れすんな。


 しかし、そのランキングとやらを教えてもらう前に、まずはこの状況をどうにかする必要があった。



「あのクソ男、マジで信じらんない! このリカちー様をなんだと思ってるのよ! 

 ああくそムカつくなあ! クソッ!」


「落ち着いて、リカ。まだ意識ある人いるかもしれないし」


「落ち着いてるわよ! ていうか、リカちーのファンなら身を挺して守れってハナシ! ちょーつかえない! キモい! 死ねクソオタ!!」



 霧のように舞い上がった砂煙の向こう側で、うっすらと見えるリカちーが荒ぶっていた。こちらの存在にはまだ、気付いていない。


 なにか見てはいけないようなものを見てしまった俺とウララは、なるべく音を立てないように逃げ出した。



「……大丈夫、あの程度の攻撃で死ぬのはレベル1のお兄ちゃんぐらいだから」


「もうレベル5ですぅ!!」


「うっざ」


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