第4話 お手伝いさんは妖艶
「本題に戻るけど、住み込みの家事代行に応募してもらったってことでよいかな?」
「はい、履歴書もお持ちしました。よろしければ、このまま面接もしていただければ幸いです」
「拝見しよう」
飾り気のない履歴書には、繊細な文字で整然と経歴が書き込まれており、取り立てて怪しいところも不自然なところもない。立ち居振る舞い、言動、書字を見れば大方の器量と品性は垣間見れるし、少々癖があるかもしれないが、人間性も劣悪ではない。履歴書の内容を精査するまでもなく、僕の心は既に決まりかけていた。
……しかし、採用面接と謳う以上、質疑応答もなしで即採用では
「では早速、面接を始めようか。差し支えなければ生い立ちから聞いてもいいかな?」
「生い立ち、ですか?」
古戸森さんは微かに柳眉を顰めた。
「好奇心ではなく、面接の際は必ず聞いていることなんだ。人間誰しも人生という物語の中で生きている以上、真に望んでこの店を選んだというのなら、古戸森さんの半生から自ずと必然性を見出すことができるものだからね。貴方という人格を多面的に知ることも出来るし、上っ面の志望動機を聞くよりもよほど有意義だ」
「なるほど……お噂に違わない型破りな方ですね」
艶々とした唇が三日月のように形を変える。その妖艶さは、凪いだ水面にさざ波を起こすかのような静かなざわめきを覚えさせた。
「褒められてると思っていいのかな?」
「勿論です。かつて有力豪族として中央政権からも怖れられるほど権勢を振った東国
ということは、二十四歳か。色っぽさの所為でもう少し大人びて見える。
「九州に移り住んだのは両親の離婚が
「ご苦労なさったんだね。お母様は九州に残っておられる?」
「はい。数年前からパートナーとともに暮らしております。新しい生活を邪魔したくないという思いも、多少、家を出る決断に影響していたと思います」
彼女の語る半生に不自然さは感じられない……が、敢えて指摘するとすれば――
「あの……いろいろとタイミングが良すぎる気もしますけど」
そう、ラムネが言うとおり、話が出来過ぎている感はあるのだ。精緻であるが故に作為的。矛盾も破綻もない物語には人間性を感じられないのが僕達人間の面倒くさいところである。
「時機と良縁に恵まれまして、ありがたいことです」
嘘を証明する証拠がある訳でもなし、そう言われてしまえばラムネもそれ以上の追及はできない。
「兄さん、少し席を外してもいいですか?」
僕の返答も待たずに、神妙な面持ちでラムネはそそくさと店の外に出て行く。密偵を差し向ける気だ。古戸森さんは気分を害した様子ではなかったが、剥き出しの敵愾心にはやれやれ、である。
ただ、気持ちは分からないでもない。古戸森さんの妖艶な
「不躾な妹で申し訳ないね。貴方のように聡明で、個人的に雇われる実力と信用を兼ね揃えた方は貴重だ。人柄も経歴も申し分ないので、柊家は貴方を雇用させていただきたい」
古戸森さんは再び深々と頭を垂れた。
「ありがとうございます。お力になれるよう尽力いたします」
「期待している。必要な手続きは後でラムネから連絡させるけど……」
「ちょっ! もうOK出しちゃったんですか!?」
いつの間にか戻ってきていたラムネが声を張り上げる。さすが、お伴が忍者だけあって抜き足差し足が常態化しているようだ。
「こら、大声出すからみんなが驚いているじゃないか」
「ご、ごめんなさい……でもでも! 兄さんったら決断が早すぎます」
「生き馬の目を抜くこのご時世、秒進分歩で世情は移ろい変わっているんだ。兵は神速を尊ぶと昔の人は言ったが、ハイパー優柔不断なお前には、ついでにこの言葉も贈ろう……『速さは文化だ』!」
「ま、待ってください。兄さんの名言、記録しますから!」
「あ、ラムネさん、今のはスク○イドっていうアニメに出てくる登場人物の台詞です」
「なんだ……じゃあメモするのやめます」
「クーガーの兄貴に失礼な奴」
「私、兄貴より兄さんに一筋なので」
「決め顔で周りがドン引きするようなこと言われてもなぁ」
「え!? 嘘、引きます!? 九波さんまでちょっと距離を取ろうとしないでください!」
僕達の掛け合いを眺めていた古戸森さんはふふ、と艶っぽく笑った。
「柊家の皆さんはとても仲がよろしいんですね」
「まぁ同じ釜の飯を食らう仲だから。我が家は大家族なので少し騒がしいと思うけど、古戸森さんも柊家の食卓に一日でも早く慣れてくれると嬉しい。ちなみに毎週火曜日は日常で使える目から鱗の仕事術を披露し合う『柊家の食卓』を絶賛放送中だ」
「不肖九波は前回、『誰からも責められない遅刻した時の言い訳』を披露しました」
「嗚呼、馬鹿馬鹿しくて何の役にも立たんから聞き流したやつね」
「コツコツ書き溜めた門外不出の知的財産なのに!」
「賑やかな食卓ですね。楽しみです」
「じゃ、採用面接は終わりにするけど、何か事前に聞いておきたいことはあるかな?」
少し考える素振りを見せて、古戸森さんはおずおずと切り出す。
「では……厚かましいことと存じておりますが、一つ、お願いをさせていただいてもよろしいでしょうか?」
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