瓶の中の手紙と航海

ろくろわ

手紙と相席の男

「それじゃあ、まるで瓶の中の手紙みたいじゃないか」

 と見知らぬ男に言われて、私は確かにそうだと思った。いや、実際にはもう数刻席を共にし名前もお互いに告げ、私の旅の途中に受けたの話もしたぐらいなのだから、見知らぬ男でもないのだが。

 年は私より若い三十そこらで、背丈は百六十程の少し小柄なその男。

 名前を早坂はやさか わたせと言った。


「それで、貴方は一体その手紙をどうしようとしていたんですか?」

「実はそれを私も困っていたんだよ。駅の待合にいた私に見知らぬ女性が『この手紙を北の地に届けて欲しい』と渡してきてね。詳細は分からず、ただ分かる事は、ずっと南の地から小さな女の子が父に宛てた手紙だと言う事とその手紙を幾人もの人が北へ運んでいると言う事だけだ」

「そうですか。それで貴方は何処まで行かれるのですか?」

「私?私は仕事で汽車を使っているだけだから、この先で降りなければならない。でも折角ここまで流れ着いた手紙なんだ。せめて北の地に行けるように私も駅で誰かに頼んでみようと思っている」


 私は彼にそう告げ、幾人の手を渡ってきたであろう少し汚れクシャッとなった手紙を手に取り見つめた。


「それにしても誰に届けるかも分からず、北の何処なのかも分からない彷徨う手紙。それはまるで瓶の中に入れた手紙を目的の人に届けるのと同じくらい難しい事を貴方は引き受けたんですね」

「届けようと言うか、私は途中で降りなければならないから繋げようとしているってとこかな?」

「ねぇ貴方は何故この手紙が郵便で配達されず、人から人に託すような方法を取っていると思いますか?」

「さぁな。小さな女の子がお父さんの住所を知らないとかかな?」

「それなら母親、もしくは身近な大人が書いてくれたんじゃないでしょうか」

「それじゃあ、郵便に出すお金がなかったからとか?」

「それもやっぱりおかしな話です。前の話じゃないですが、やっぱり身近な大人が出してくれるのではないでしょうか」

「それじゃあ何故、列車を乗り継ぎ、人から人に渡っているのだろうか?」

「ねっ?気になってきたでしょ」


 そう言うと彼は私が持っていた手紙を手に取り、光に当て透かしてみたり何か書いていないかと手紙を見つめていた。結局、手紙には平仮名で書かれた宛名の【おとうさん】と差出人と思われる【しらの かな】の文字しか見当たらなかったようで、手紙を私に返してきた。


「それではこの後は僕がこの手紙を北の地まで運んであげましょうか?」

「えっ、そうしてくれると嬉しいのだが早坂さんも次で降りる予定だったのではなかったのかい?」

「はい。確かに僕も次で降りる予定でしたが特に目的がある訳じゃないんです。僕は汽車で各地を周りその地の仕事を少し貰いまた次の所を目指す。そんな生活なので次の目的地を北に変えるだけです」

「そうなのか、それは助かる。たまたま席が隣になっただけだが、こうして縁が出来た早坂さんが届けてくれるのであれば安心だ」


 私は「ではこの手紙を渡しておくね」と一度鞄に片付けかけた手紙を取り出し早坂に手渡した。


「確かに受け取りました。それでは僕がこの手紙を北の地まで届けます。それに暫く北の地も周ってみますので届け先も探してみます」

「どうなるか分からないけど見つかるといいな」

「そうですね。あっそうだ!僕も経過の手紙を書きますよ。この手紙がどうなるのか」

「それは楽しみだ。私もきっとこの手紙がどうなるのか気になるだろうから」


 それから私は自分の住所を早坂に告げ、少し話をした所で降車する駅に着きそこで彼とは別れた。彼は北の地に。私は暫く仕事をした後再び故郷へと帰った。


 彼から最初の手紙が来たのはそれから直ぐの事であった。


【無事に北の地に着きました。やはり宛名のお父さんを探すのは難しそうです】

【今は白野しらのって名字に覚えがある人を探してます】

【この地には出稼ぎに来ている人も多く、南から来た人を探してみます】


 彼からの手紙には捜索の事以外も良く書かれていた。北の地が寒い事や食べ物が美味しい事、仕事を見つけた事や風邪をひいた事。

 私も彼に返事を書きたかったのだが、彼からの手紙には住所が載っておらず消印も徐々に北上していっている事しか分からなかった。そうしていつしか随分と長い間手紙を貰っていた。


 そんな手紙はある日を境に届かなくなった。


【手紙の事が分かりました。これは僕の憶測になりますが。この手紙のお父さんは既にいない人だと思われます。この子の周りの人、おそらく母親が『お父さんは遠くに行った』とでも言ったのでしょう。それがこの子にとっての遠い所。自分の住んでいる所から一番遠い場所が北の地だったのでしょう。手紙にはただ一言『はやくげんきになってあいたい』とだけ書いてありました】

 彼はずっと手紙を持っていてくれていたのであろう。古くなった便箋の封が開いてしまい手紙が見えてしまったと書いてあった。そしてその中身から予想した事を手紙に書いたとあった。

 手紙には更に私への感謝も綴られていた。汽車で話せた事、手紙を託してくれた事。北の地で手紙を書きながら目的を持って生きる事が出来た事。一つ一つに感謝が綴られていた。

 私こそ彼からの手紙を楽しみに過ごしてきた。その想いを伝えたいのに彼からの手紙はそれが最後となり、送り先も分からないままであった。

 だから私は彼に手紙を書き最寄の駅に向かった。


「あの、すみません。この手紙を早坂 渡と言う男に渡して欲しい。年は三十そこらで、背丈は百六十程の少し小柄な男だ。彼は汽車で全国を旅している。きっといつかこの手紙も届くはずだ」


 そして私は見知らぬ婦人に手紙を託した。

 あの日、私達が受け取った手紙は望まれた結果では無かったかもしれないが確かに届き着く事が出来た。

 私は今、瓶の中に入れた早坂への手紙を陸の海に流した。きっと沢山の航海をしながら手紙は早坂に届き、きっと返事をくれるだろう。

 私はそれが来るのを毎日郵便受けで楽しみに待つのだ。




 了

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瓶の中の手紙と航海 ろくろわ @sakiyomiroku

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