第4話 記憶

「ねぇ! 見て見て! ガオーっ!」


 ……全く集中できん!!!


 俺は今、ケイトとショッピングに来ている。

 目の前でライオンのぬいぐるみを操り、俺に攻撃してくる彼女の服装はもはや裸も同然だった。


 どこ見ればいいんだよ!! もう見ちゃうよ!! いろいろと!!


「バッド君はなにか買わないの?」


 両手に大きな袋を2つ持つケイトが首を傾げ聞いてきた。


 俺は大きな袋を1つ奪いながら会話を続けた。


「俺は特に……欲しいものは無いしな……あ、1つ店寄ってもいいかな」


 アンサーをしてから数秒沈黙が続く。

 あれ? 聞いてない?


 俺はケイトが見つめる先を見ると、奪った大きな袋を見つめていた。


「ケイト?」


「あっ! ごめんごめん。いいよ! どこに行きたいの?」


 焦ったように返事をしたケイトは少しオドオドしていた。


「ちょっとお母さんとお父さんに買っていきたいものがあってさ。てか、どうしたの? なんかあった?」


「え、あ、違うの。バッド君って意外と気遣いできるんだなーって」


「そりゃ出来るよ。なんて言ったって男の子ですから」


「……なにそれ。ははは!!!」


 俺はケイトの笑いにつられて笑ってしまった。

 その笑みは俺の知ってるケイトと何ら変わらない。


「まぁいいわ。行きましょ!」


 こうして俺とケイトはある店へと向かった。


 ──────


「何買ってきたの? お母さん達に何かって言ってたけど……」


 俺は買ってきたものが入っている袋からそれを取りだした。


「高級折り紙と……あとはこれだ。魔力本。お母さんの趣味が折り紙でお父さんの趣味は読書だからせっかくだしと思ってさ」


「高級折り紙はサイズが思い通りになるって聞いたことあるけど……魔力本ってなに?」


「魔力本は約100冊の方が読めるんだ。この1冊でね。本棚に沢山飾るってのが趣味な人もいるけどうちそんなに広くないからさ。コンパクト重視って訳だよ」


「うふふ。なんかバッド君って結構喋るんだね」


「さっきっからなんだよそれ! バカにしてんのか?」


「違うってば。少なからずバカにはしてないよ」


「少なからずってなんだよ!」


 小馬鹿にするように話しかけてくる彼女に嫌な気分にはならなかった。

 むしろ心地よかった。


 でも、彼女といるとふと蘇る。あの時の記憶が。

 最悪な記憶が……


 ──────


 これは俺が22歳の時だ。


 今日もアイツに押し付けられた残業をこなしていた。

 珍しく今日は早く終わったからケイトに何か買って行ってあげよう。


 そう思って俺は小さな町に出向き、彼女の好きな動物の置物と甘いお菓子を買っていった。


 日が落ちてきた頃。俺は家のドアを開けた。

 いつもより静かな家だった。


「ただいま……ってあれ?」


 見覚えのない、いや、見覚えはある靴が1つ玄関にあった。


 俺はそれが誰の靴か少し考えて思い出した。アイツのか。何をしてるんだ。少しはクエスト探し手伝ってくれてんのかな。


 そんな淡い期待もつかの間。俺はリビングへと行く。


「誰もいない……」


 恐る恐るケイトの部屋のドアを開けた。

 するとびっくり。全裸の男女がベットにいるではないか。


 こんな静かに性行為するもんかね。


 俺はこの時の感情を覚えていない。怒りなのか悲しみなのか。はたまたま自分への哀れみなのか。


 その後の記憶は鮮明に覚えている。

 何もせず、何も言わず俺は出ていってホテルへと向かった。


 部屋を出る時、ケイトは何か喋っていた気がするが全く何言ってるかさっぱりだった。


 っていうか聞く気にもならなかった。聞こえていても理解しようとしなかった。


 ホテルで自慰行為して寝た。いちばん気持ちよくない日だった。


 それから……


「どうしたの!! バッド君!!」


「あ、あぁごめんごめん。ちょっと考え事してて」


 だめだ。どうしても蘇る。

 彼女は本当に素直でいい子なのだろうか。


 もし、仮にもう一度付き合い結婚したとしても、裏切らない保証はあるのだろうか。


 この2日間で惚れたり疑ったり。もう、うんざりだ。


 どうせ結局俺は付き合ったって、結婚したって。最終的には誰かに負けてさよならバイバイだ。


「今日、連れ回しちゃってごめんね。疲れちゃったよね」


「あ、いや、本当に、謝らないで。疲れてなんかないしすっごい楽しかったよ」


 俺は今ちゃんと笑えてるだろうか。心が読まれてないだろうか。


「……なら良かった。私また明後日暇なの。今返事しなくていいからさ。また良かったら今日とまた同じ場所と同じ時間に」


「え、あ」


「じゃぁね! 私もすっっっごく楽しかったよ!」


 そう言って、彼女は俺の手から大きな袋を奪い返し、手を振りながら反対方向へと走っていった。


 ──────


 その日の夜。

「あーー! もう! 何してんだ俺!」


 迷っていた。

 明後日俺が行かなければ恐らく、彼女との関わりも切れる。

 少なくとも、考えうるバッドエンドが1つ無くなるということだ。


 多分、俺はこのまま行けば彼女のことを本気でまた好きになってしまう。

 本能がそう言ってる。


 でも、もうひとつ。本能が訴えかけてくることがある。


 それは、ケイトは悪くない、という事だ。


 でも、振り返ってみれば恐らくケイトにも非がある。


 俺に黙って浮気して、アイツとみだらな行為をして、そんでもって俺を捨てて離婚……


 ……あれ? てか……俺って……どうやって離婚したんだっけ……?


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