突然の悪い知らせと対抗策

「アビゲイル殿下! ギュスターヴ殿下! ヴァ……ヴァルロワ王国が、皇都襲撃への謝罪及び賠償と称して、使節団を派遣したそうです!」

「「っ!?」」


 僕達の不安が、真っ青な表情で部屋に飛び込んできたクレアによって、もたらされた。


「そ、それはどういうことですか!? 皇都襲撃が失敗し、先の遠征でいいように皇国の侵攻を受けた王国が、どうして……」

「わ、分かりません……ですが、兄様からたった今もらった情報ですので、間違いありません……」

「くそ……っ」


 この悪い知らせに、僕は思わず唇を噛む。

 王国が使節団を派遣したとなれば、皇国の正当性を主張する上でも、無碍むげに扱うことはできない。


「それで、当然その使節団は拒否するつもりなんですよね?」

「そ、それが……」


 アビゲイル皇女の問いかけに、クレアは目を伏せた。


「クレア」

「……エドワード陛下は、王国使節団の謁見の申し出を許可なさいました」

「っ!? まさか! それを陛下自身が判断したというのか!」

「わ、分かりません!」


 思わず詰め寄る僕に、クレアは必死に首を左右に振る。

 いけない……少し落ち着こう。


「すまない、クレア……」

「い、いえ……それで、どうなさいますか……?」


 そうだ。本当にエドワード王が判断したかどうかは疑わしいが、決定が下されてしまった以上、何としてでも王国に悟られないようにしないと。

 おそらく王国も、ブリジットからの密告を受け、事実確認のために来るのだろうから。


「とにかく、まずは王国の使節団がいつ到着するかだが……」

「王国使節団は三日前に王都を出立しておりますので、到着は早くても二週間後になるかと」

「ハンス!」


 続いて部屋へとやって来たハンスが、抑揚のない声で告げた。


「それは、情報ギルドが入手したということで間違いないかな?」

「はい。先程、王国にいる諜報員からふみが届きました」

「そうか……」


 さて……ありがたいことに、使節団の到着までに二週間程度の猶予がある。

 なら、その間に対策を……って。


「アビゲイル殿下?」

「ギュスターヴ殿下、ここは私にお任せいただけませんでしょうか」


 僕の袖を引くアビゲイル皇女が、その真紅の瞳で僕を見つめ、訴える。

 ……僕なんかよりも何倍も聡明な彼女だ。きっと、良い策があるのだろう。


「分かりました。ですが、せめて僕には何をお考えなのか、教えてはくださいませんか?」

「もちろんです。これは、あなた様のお力なしには不可能ですから」


 ということで、僕達はアビゲイル皇女の策について説明してもらった。


「……上手くいきますでしょうか」

「分かりません。ですが、これが成功すれば、様々な懸案が解決します」


 確かに彼女の言うとおりではある。

 たとえパトリシアやブリジットが策をろうしていたとしても、それら全てを無効にできるほどに。


「なら……僕達・・の責任は重大ですね」

「はい。全ては、ギュスターヴ殿下をはじめ、皆様がです」


 そうだ。この危機的状況で、僕は彼女以上の策なんて思いつかない。

 もう……これ・・に賭けるだけだ。


「どうかよろしくお願いします。そして……絶対にご無事で」

「はい……お互いに・・・・


 僕とアビゲイル皇女は手を取り合い、頷く。

 必ず、この約束・・を果たすことを誓って。


 ◇


「うむ……承知しましたぞ!」

「分かった」


 サイラス将軍とグレンに集まってもらい、アビゲイル皇女の策を説明すると、二人は二つ返事で承諾してくれた。

 これなら、問題なく事が運ぶだろう。


「それで、グレン卿にはアビゲイル殿下の護衛についていてほしい。向こうがどのような手を使ってくるか分からない以上、皇国最強の一角は最低限いないと厳しい」

「構わないが、それならギュスターヴ殿下がそばにいたほうがよいのでは?」

「うん……本当は、そうしたいんだけど、ね……」


 残念ながら、この策は僕が彼女のそばにいては成立しない。


「ハッハ! ギュスターヴ殿下が自分の想いを押し殺してまで、グレンに託したのだ! 責任重大だな!」

「……ああ」


 グレンは漆黒の槍を握りしめ、力強く頷いた。


「それでギュスターヴ殿下、決行はいつに……」

「今夜です」

「「っ!?」」


 まさか、こんな急に動くとは思ってもみなかったのだろう。二人は、思わず息を呑んだ。

 だけど、逆にこのタイミングだからこそ、効果がある。


 これなら、向こう・・・の陣営はすぐに動くこともできず、ただ指をくわえているだけ。

 精々、側近を動かすことしかできないだろう。


「機先を制して向こうに身動きができないうちに全てを決着させて、王国使節団にのぞみましょう。そして……アビゲイル殿下の勝利・・を」

「うむ!」

「ああ」


 僕達は互いに頷くと、それぞれの場所へと向かう……って。


「え、ええとー……」

「何でしょうか」


 どういうわけか、クレアがついて来るんだけど。


「い、いや、アビゲイル殿下のところに行かなくていいのか?」

「殿下には兄様がいらっしゃいますし、ハンス殿もいます。一方で、ギュスターヴ殿下はお一人。なら、最低一人は補佐をする者がいるべきかと。このことは、アビゲイル殿下にもご了承いただいております」


 いや、クレアの言うことはもっともではあるんだけど、だとしてもアビゲイル殿下から離れることがなかった彼女が、一体どういう風の吹き回しだ?

 それに、こう言っては何だが、クレアは僕のことをアビゲイル皇女の婚約者として認めていない。なら、なおさら僕と一緒に行動することを避けるはずなんだけど……。


「……ギュスターヴ殿下は、私がご一緒するのはお嫌ですか?」

「そ、そういうわけじゃないけど……」


 なんというか、その……調子狂うなあ……。

 クレアがいいって言うなら、これ以上は何も言わないけど……。


 僕は首を捻りつつ、クレアを連れて目的の場所へと向かう。


 そして。


「ギュスターヴ殿下、ようこそお越しくださいました」


 うやうやしく一礼するマリエットに迎えられ、部屋の中に入った。

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