新たな火種

「それでは、よろしくお願いします」

「…………………………」


 にこやかな笑顔で深々とお辞儀をする青年……ハンスに、僕は思わず表情を無くしてしまう。

 これが先程までのただの交渉としてだけならよかったけど、僕としては彼を皇宮なんかに連れて行きたくない。


 何故かって? 絶対に、アビゲイル皇女の機嫌を損ねるからだ。


 だが、ハンスを連れて行かないことには情報ギルドの協力を得ることができない。

 僕達がブリジット達と戦うためには、どうしても彼等の協力が不可欠なのだから、『そんな些細なことで』と、ひょっとしたらサイラス将軍やクレアには笑われてしまうかもだけど。


 ……まあ、みんなは知らないからね。


「ギュスターヴ殿下、行こう」

「あ、ああ……」


 グレンに促され、僕は渋々ハンスを連れて皇宮へと戻った。


 すると。


「ギュスターヴ殿下、お帰りなさいませ」


 お辞儀をして出迎えてくれたアビゲイル皇女に、僕は何とも言えない表情になってしまう。

 いや、もちろん彼女に出迎えてもらってすごく嬉しいよ? だけど、できれば事情などをちゃんと説明して、納得してもらってからのほうがよかったんだけど……。


「ところで……そちらの殿方は?」

「は、はい! 情報ギルドのメンバーで、ハンス殿です!」

「ハンスと申します。アビゲイル殿下、どうぞお見知りおきを」


 ハンスはひざまずいてアビゲイル皇女の小さな手を取り、口づけを落とそうとして。


「……申し訳ありませんが、私の手に口づけができるのはギュスターヴ殿下のみ。どうかご理解くださいますよう」

「そうでしたか……これは失礼いたしました」


 深々と頭を下げ、ハンスは謝罪する。

 チラリ、と僕を見やり、意味深な笑みを浮かべて。


「ですが、今のお話ですと情報ギルドは、私達にお力を貸していただけるということでよろしいでしょうか……?」

「はい。ただし、アビゲイル殿下が女王となられたあかつきには、モナ王国を再興いただくことが条件ですが」

「もちろんです」


 ふう……どうやら、情報ギルドが仲間になったということのほうが印象も大きかったので、問題なく話が進みそうだ。

 お願いだからこのまま、何事もなく話がまとまって……。


「それで、今後はこの私ハンスは、皆様と情報ギルドとの連絡調整役として、また秘書として、ギュスターヴ殿下のおそばに仕える形でお願いしたいのですが」

「っ!?」


 いやいや、どういうことだよ!?

 ハンスが来たのは、あくまでも同盟に当たっての詳細を詰めるためであって、そのまま皇宮に居座るなんて聞いていないぞ!?


「……そうでしたか。でしたら、改めてハンス様の身分とお部屋を誤用しなければなりませんね。クレア、お願いできるかしら」

「かしこまりました」


 そばに控えていたクレアが一礼し、この場を後にする。

 取り急ぎ、ハンスの部屋の準備に向かったのだろう。


「では、早速お話を進めることにいたしましょう。どうぞこちらへ」


 アビゲイル皇女の案内によりハンスを連れて応接室へと向かう。


 その途中。


「……あとでどういうことか、じっくり聞かせてくださいね?」

「っ!?」


 仄暗ほのくらい笑みを浮かべるアビゲイル皇女の底冷えするような声に、僕は戦慄した。


 ◇


「……さあ、教えていただけますでしょうか」

「はい……」


 深夜になり、いつものようにアビゲイル皇女の部屋を訪れた僕は、彼女の前で神妙な面持ちで平伏している。


「どうしてあの御方……彼女・・が、ギュスターヴ殿下のおそばにいることになるのですか?」

「さ、さあ、僕にも何とも……」

「本当ですか? 私に隠し事をしているのではありませんか?」


 とまあ、ずっと激詰めされているわけだけど、やましいことなんて何一つしていないのに、どうして僕はこんなにも居たたまれないのだろうか。


 ただ、アビゲイル皇女の言葉などからもう気づいていると思うけど、ハンスの正体は女性・・だ。

 しかもただの女性ではなく、情報ギルドの長であり、滅亡したモナ王国の王位継承権を持つたった一人・・・・・の女性……サンドラ=ノイ=モナ。


 つまり、情報ギルドでの僕達との一連のやり取りは、全てサンドラが行っていたということになる。


 そもそも、僕は一度目の人生・・・・・・でマリエットに紹介されて彼女に会ったことがある。

 もちろん、ハンスの姿に変装している時も。


 だからこそ僕も、店に入った時からハンスの正体がサンドラであることを見抜いた上で、いきなり本題から入って交渉をしたのだ。


「も、もちろんギュスターヴ殿下のことは信じておりますが、そ、その……いずれにしましても、せめて私と結婚してしばらくは、他の女性は……」

「ま、待ってください! 本当にそんなつもりはありませんから!」


 言葉とは裏腹に信用していないアビゲイル皇女に、僕は必死に弁明する。

 ああー……やっぱり、こういうことになったか……。


「と、とにかく、彼女は自分の正体が僕達に気づかれていないと思っているはずですので、僕もこのまま彼女をとして接します! 決してあなたを不安にさせるようなことは、絶対にしませんから!」

「…………………………」


 結局、明け方近くまで身の潔白を説明するも、アビゲイル皇女は最後まで納得することはなかった。

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