ストラスクライド皇国へ
「ギュスターヴ殿下……どうか、お身体を大事になさってください……」
僕の手を握りしめ、聖女が瞳を潤ませて僕を見つめる。
おかげで先程から、アビゲイル皇女とルイからの視線が突き刺さっているんだけど。
「聖女様、僕なら大丈夫です。マリエットがついていてくれますし、何より、アビゲイル殿下がいらっしゃいますから」
ニコリ、と微笑んでやんわりと手を振りほどき、僕はそう告げた。
僕を利用するために
まあ、この海を渡れば、少なくとも当分の間は顔を合わせることもないんだ。いくらマリエットの監視があるとはいえ、僕がちゃんと指示どおりに動かなかったら、全てが水泡に帰してしまうのだから、なりふり構わないか。
とはいえ、昨夜は傑作だったな。
寝付けなくて中庭を散歩していたら、偶然にも聖女とルイが言い争うところを目撃したけど、詰め寄るルイへの言い訳と説得のために必死に取り
まあ、その後はお決まりのように、敵地だというのに庭で恥ずかしげもなくふしだらな行為をしていたのだから、不義の子である僕なんかよりもよっぽど節操がない。
「ギュスターヴ。王国の代表として、しっかりな」
「はあ……」
肩に手を置くルイに曖昧に返事し、興味なさそうに顔を背けた。
王宮にいた時とは明らかに態度が違う僕に、ルイは戸惑いと怒りをうまく隠すことができないでいる。僕の知ったことじゃないけど。
すると。
「ギュスターヴ殿下。そろそろ乗船いたしましょう」
「は、はい」
物言いたげな目で睨むアビゲイル皇女に声をかけられ、それこそルイもセシルも無視して彼女の手を取る。
こんな連中のせいで彼女に嫌われでもしたら、たまったものじゃないからね……って。
「…………………………」
……相変わらずクレアは、僕が気に入らないって感じで睨んでくるな。
アビゲイル皇女の侍女らしく、少しは婚約者である僕に配慮してほしいところだけど、アビゲイル皇女がクレアを大切に想っていることを知っているから、僕もこの視線に耐えるしかない。
そう考え、にこやかな笑顔を作っていると。
「クレア」
「……はい」
冷たく名前を呼ばれ、クレアは一歩引き下がる。
どうやらアビゲイル皇女も、彼女の視線に気づいたみたいだ。
「私の侍女が失礼なことをしてしまい、申し訳ありません」
「い、いえ。とんでもありません」
「……皇国では、このようなことがないように徹底いたします」
「あ、あはは……」
僕に配慮してくれての言葉ではあるけれど、それってアビゲイル皇女の命令で従うだけで、皇国の者達が僕を認めてくれるわけじゃない。
王国への復讐を考えれば、本当の意味での味方をできる限り増やすべきだろう。
「ハア……やるべきことが山積みだな」
「ギュスターヴ殿下……?」
「いえ、なんでもありません」
顔を
◇
僕達を乗せた皇国の船は、ストラスクライド皇国とヴァルロワ王国の間の最狭部の海峡であるレ=ガリア海峡を横断する。
この海峡は距離にして四十キロにも満たず、ノルマンドから向こう岸……つまり、皇国に到着するまでに三時間もかからない。
「さすがは皇国の誇る船ですね。揺れも少ない上に、船足も速い」
この船に乗るのは二度目だけど、この巨体でこれだけの速度を保てるのだから、造船技術は王国よりもはるかに上。
だからこそ皇国に制海権を奪われてしまい、ヴァルロワ領土への侵攻を許してしまったわけだが。
「ギュスターヴ殿下に気に入っていただけて光栄です。この船は、皇室のみが使用を許されている特別なもので、皇国の技術の粋を集めて作られました」
「そうなんですね……」
表情こそ変わらないものの、どこか得意げに見えるアビゲイル皇女。
そんな彼女が可愛らしく思え、ついクスリ、と笑った。
いずれにせよ、海兵の操船技術も見事だし、これなら確かに王国に負ける要素は皆無だ。
だからこそ、五度目の休戦協定を結ばなければならなかったことが、とても惜しい。
……まあ、こればかりはどうしようもないことは理解しているが。
「ですが……ギュスターヴ殿下が船の揺れにお強いようで、安心しました」
「あ、あはは、そうですね」
今回はそうならないように、適度な食事を心がけ、衣服を緩めるようにして常に船の進行方向を見ているからね。とはいえ、これがあと何時間も続いたら、間違いなく吐いてしまうだろうけど。
それから僕は、アビゲイル皇女と無言のまま少しずつ近づいてくる陸地を眺め、船はいよいろストラスクライド皇国の港に到着した。
「揺れますので、お気をつけて」
「……手を繋いでおりますので、もし足を踏み外したら一緒に海に落ちることになってしまいますね」
へえ……アビゲイル皇女も、そんな冗談を言うんだな。
昨日のことといい、彼女と
だからこそ、
今回は、絶対にそんなことはしないぞ。
そして、僕達は馬車に乗り込み、進むこと六時間。
――僕達は、皇都ロンディニアに到着した。
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