冴えない彼女の育てかた after story

神崎あやめ

結局優柔不断はよくないってことなんです

 まだ少し冬の寒さが残る今日は四月の上旬、一人先に進んでしまった(進めなかった俺は自業自得って意見は今は置いといて)俺の彼女の大学の入学式も無事に終わり、学校にも慣れてきた結果登校するのに楽だからという本音なのか建前なのか絶妙にわからない理由で今日もうちにいる恵と、今俺達は2人で今年の冬コミ用のゲームシナリオのプロットを考えていた。


「倫也くん、方向性は決まった?あの時13巻エピローグを参照、私が話しかけてたのに無視してずっと考えてた坂道三部作?のプロット一緒に考えたけど、結局今まで方向性が確定してないよね?」


「その節は大変申し訳ございませんでしたぁ!!?以後気をつけますぅぅ」


 とまぁ、あの時の俺の対応はかなり恵のお怒りを買ってしまったようで、しかもアイデアが溢れ出してる今が勝負、なんて言っておきながらむしろ溢れすぎてまとまらないっていう贅沢な本末転倒をしてるおかげで、うちのヤンデ……可愛いメインヒロイン様はプロットミーティングのたびに必ずそこを突いてくる。


「別にわたし怒ってないからというかヤンデレじゃないから」


「ひぃぃっ!心読んでくるなよぉっ!」


「倫也くんの心の声って顔に出てるよ?」


「え、まじ?」


 そんな当たり前だけど自分ではわかり得ない原因に少し俺は頭を抱えつつ、逸れてしまった話題を本筋に戻す。


「さぁ、改めてだ恵。次作の方向性どうしよう」


「1週間経ってそこすらまとまらない優柔不断なシナリオライターってなんだかなぁっていうのはさておき、それ方向性を決めるのは倫也くんの仕事だよ?」


「うぐっ…最近棘が強くないですか恵さん?」


「そんなことないよ〜?」


 と、フラットに受け流す恵をそれでも少し楽しげな表情をしている姿に可愛いな、なんて思いつつも、確かに方向性が決まらないのは死活問題なので真剣に考える。


「ちなみに、だけど倫也くんの中で多少は固まってないの?どんなふうにしたいのか」


「いや、固まってはいるっていうかさ?固まってるパターンが3つあるんだよ。だからそのうちのどれにするのかっていうところでさ?」


「3つはあるんだぁ?」


「そうなんだよ!簡潔にまとめると、1作目と同じような伝奇系、2作目と同じような萌え系、3つ目は萌えキュンではない、ピュアで爽やかなギャルゲーっぽくない青春系だ」


「なるほど〜?」


「ただ、3つ全てに問題点があるんだよ」


「そうなの?」


 なんだかんだ話をすると聞き手に徹してくれる恵のフラットな優しさを感じつつ、俺は今考えている3ルート全ての問題点について語り始める。


「まず1ルート目、伝奇系の問題点は前作のシナリオライターが霞詩子だったってことだ。これは自覚してるからいいんだけど、今の俺のシナリオは霞詩子の描くシナリオの足元にも及ばない。そんな俺がまだ成長もできていない今の段階でそのフィールドに足を踏み入れても失敗する未来が見えるんだ」


「ふむふむ」


「次に2ルート目の萌え系の問題点は、これは俺自身の問題になってしまうかもしれないんだけど、『冴えない彼女の育てかた』を作り上げた時点で、今の俺にあれを超える萌えを提供できる気がしないことと、ネタの擦り感が出てしまうこと」


「なるほど〜?」


「そして最後、3ルート目にして新しい青春系に関しては、俺にそんな青春!みたいな経験がないから上手く作れる気がしないっていう単純な問題なんだよなぁ」


「……っ」


「……?恵?」


 今まで聞き役になってくれていた恵の反応が最後だけおかしかったことに、別に鈍感難聴系主人公ではない一般オタクの俺は普通に気づいたので、思わず確認をしてしまったけど、3ルート目の問題点に挙げたものは、恵の地雷を踏んでしまったみたいだった……



「倫也くん」


「は、はぃ!」


「倫也くんは、いつもズレてるしなんだかなぁって思ってきたけど、今回はなんだかなぁもなんだかなぁだよ」


「なんだかなぁのバーゲンセールやぁ!」


「今そういうのいらないから」


「すみません……」


「倫也くんは今さ、青春した経験が無いって言ったよね」


「う、うん」


「じゃあさ、こうして私とか他のみんなを巻き込んでだけど、一緒にゲームを作り上げてきたこの2年間は、青春じゃなかったっていうのかなぁ?」


「……ぅぁ」


「争うこともあったし、分裂したり、仲違いしたりすることもあったけど、その度に仲直りもするし、乗り越えるし、競い合うし高めあってきたよね?この日々が青春って言わないなら何が青春なのかなぁぁ!」


 その、フラットとは程遠い恵の言葉に俺はわからされたというか、思い出さされた。

 そうだ、俺たちが歩んできたこの2年間を青春と言わずして何が青春だ。


「ありがとう恵!俺、大事なことを忘れてたみたいだ!!というわけで、坂道三部作の最終章は、いちゃらぶを展開させつつも青春を駆け抜ける物語にしようと思うよ!!」


 って、俺が高らかに恵に宣言したのに、恵の反応はいつもとそう変わらないフラット気味なものだった……。え?またルート間違えたの俺?


「……だって〜。じゃあみんな、これからのスケジュールとか決めていこうか〜」


「ん?みんな……?」


 とてもとても身に覚えがある恵の言葉13巻240〜241ページをご参照くださいに嫌な予感がしたんだけど、こういう時だけよく当たる俺の予感は的中して、騒がしい声が3つ……あれ?5つ聞こえてきた。


「いやぁ、このまま倫也君が方向性を定められなかったら今年1年のスケジュールに関わってくるから焦ってたよ?まぁ、こういうところはさすが正妻サブディレクターといったところかな?」


「青春系!ってギャルゲーだと意外と多くないジャンルですけど、むしろあんまりこういうものに触れない層も取り込めそうですし!倫也先輩っ!」


「いやぁ、青春ってワクワクするじゃん!なんかあたしもうインスピレーションじゃんじゃん湧いてくるよ?早くシナリオ作りなよ、トモ!」


「倫理君にしてはいい選択肢だったんじゃないかしら?まぁ、萌え系に走らない倫理君のシナリオは不安もあるけれど、いろいろな作品に触れている倫理君だからこそ作れる青春もあるんじゃないかしら、ねぇ、澤村さん」


「何よ、霞ヶ丘詩羽!……って言いたいところだけど、まぁ私情を抜きにして客観的に考えるなら倫也の示した方向は……まぁ悪くはないんじゃない?」


 わかりにくい読者様方のために上から説明すると、何やってるのかわからない系プロデューサー波島伊織、現blessing software原画担当にして急成長を続けるうちの天才イラストレーター波島出海、同じくblessing softwareの音楽担当にして自由人すぎる天才音楽クリエイター氷堂美智留、そして、元blessing softwareのシナリオライターにして、書けば毎冊100万部を超えていく神小説家霞詩子/霞ヶ丘詩羽、最後に同じく元blessing softwareの原画・イラストレーターにして、今では新進気鋭の超人気イラストレーターとして世間の注目を浴びる神絵師柏木エリ/澤村・スペンサー・英梨々の5人だった。


「……って、英梨々!?詩羽先輩も!!?どういうことだよ恵!!!?」


「ん〜?話すと長くなることもあるようなないような〜?」


「その辺りは私達の方から話させてもらうわ、加藤さん」


「助かります〜」


「とても簡潔に話をまとめてしまうと、倫理君?貴方が優柔不断不倫理君になって定まっていなかったから痺れを切らした加藤さんに、声をかけられたというわけよ」


「そのクズにしか聞こえない言い換え優柔不断不倫理君はつっこまないですけどそんなに俺定まってなかった!?」


「そうだね〜。正直なんだかなぁって感じだったよ?」


「そ、そんなに……?」


「まあ、細かいことはともかく、こうして方向性も決まったわけだし定例ミーティング始めるよ?」


 恵のその一声がかかると、そのままスカイプ通話で始めると思っていた俺の思いとは裏腹に、スカイプの通話は英梨々達も含めて切れた。と思うと、なぜか階段を上がる足音が3つ聞こえてくる……


「倫也君、なんだかんだとは言ったものの、4月の段階でプロットに取り掛かれるこの状況は悪くはないと思うよ」


「えへへ、今回のシナリオも楽しみにしてますよ!倫也先輩っ!!」


「そうだぞ、トモ!ワクワクドキドキさせるようなの待ってるから!」


 え、なんで俺の家にいたの?という疑問は今言うと水を差しそうなので後で恵に聞くとして、色々と追い付いてはいないけれどこうして新年度初めてのミーティングが始まる。

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