第四節 王子様のデビュー

第十四話

 月曜日の朝、登校すればまたしても下足箱の中に手紙が入れられてあった。今回は一通だけだが、派手な色使いと装飾が施されて、一目で女子からのラブレターだとわかる。

 例によって、社交的女子が隣でニタリとしている。

「今日は超カワイイラブレターだね、

「王子はやめろよ。僕は日本人だ」

 あれこれ言われるのがイヤで、即カバンの外ポケットに手紙を入れると、存在を忘れることにした。今日はそんなことに構ってはいられない。もっと重要なことがあるからだ。


 放課後、僕は男の娘メイド喫茶『フェアリーパラダイス』へと向かう。

 先日は嶋村さんに無理やり連れ込まれたからわからなかったけど、店のある雑居ビルは繁華街とビジネス街の境目にあり、僕みたいな高校生が普段は通るような場所に面していなかった。元より話すつもりはないけど、これならクラスメイトにも見つかることはないだろう。

 今日は、メイドとして正式採用された僕に対して、嶋村さんからこれからの予定などの説明されるのが目的だ。それと、すでに履歴書は出してあるが、今回は未成年である僕が働くために、親の同意書というものを提出しなくてはならない。

 僕がしてメイド喫茶で働く事になったと報告した時は、流石に両親も『そこまでしなくてはならないのか』と心配した。でも、朝おんに対する世間の誤解や風評で他の職場では採用されなかったことと、この店の雰囲気の良さや同僚の人達が信頼できそうだと説明したら、腑に落ちないながらも同意書を書いてくれた。

 エレベーターの中で、バッグに入れてあった書類を取り出して、もう一度確かめた。そのまま手に持つと、店へと入る。

「お早ようございます」

 出勤時には、そうあいさつしろと言われていた。店内には嶋村さんと、メイド服に着替えた絵舞さんが床掃除をしている。二人はモップを片付けると、四人がけの席を用意して、そこに僕も合わせて三人が座った。

 最初に僕が同意書を提出すると、嶋村さんが書面を確認する。

「これでよし。ご両親も認めてくださって、ホントありがたいわ」

 嶋村さんは満足げだ。隣の絵舞さんが、抱えていたスケッチブックをテーブルに置く。そこへ厨房からコックが、コーヒーを三つ持ってくる。

「『上堂かみどう』さん、彼がこれから働くことになった、徳田柚希君よ」

「徳田です。よろしくお願いします」

 店長から紹介されて、立ち上がりあいさつした僕よりも、コックの上堂さんは背が大きかった。

「こちらこそ、よろしく」

 分厚い眼鏡に太い顎をした上堂さんは、ぼそっと応えると厨房へ戻っていった。体つきはデカいのに、その後姿には、どこか疲れているような雰囲気を感じてしまう。

「上堂さんの作る料理は絶品よ。お客様にも評判良くて、それ目当てに来店してくださる方もいるんだから」

 店長の嶋村さんが自慢するだけあって、この前飲んだコーヒーも、賄の玉子サンドだって、とても美味しかった。でも、あの疲れたような背中が少し気になる。料理の腕と、本人の雰囲気とは別のものなんだろうか。

「これからはあなたには、この店で働くための研修を受けてもらうんだけど、その前にあなたの、男の娘メイドとしてのキャラを決めておきたいのよ」

 嶋村さんが切り出して、絵舞さんを交えて話し合うことになった。

 僕と出会う前から『ボーイッシュなタイプの男の娘』という、ある意味矛盾したイメージを求めていたと、嶋村さんは言っていた。でもボーイッシュと言っても様々なタイプがある。その中から僕の外見に近くて、しかも客にもすぐわかるようなキャラ付けをしたいと言うのが、今回のテーマだ。

「とりあえず、イメージカラーとしては黒ね。ともみちゃんがピンクで絵舞ちゃんが青だから、色でも差別化できるわ」

「……こんな感じでしょうか」

 絵舞さんがスケッチブックにペンを走らせた後、僕にも見せてくれる。アニメやマンガ風ではないが、黒っぽいメイド服の絵が描かれていた。ラフだけど、本物のイラストも上手いことがわかる。

「ロングスカートもいいけど、ミニの方が活発に見えるかも」

「背は高いのですから、どんな服装でも着こなせそうとは思います」

 二人があれこれ言い合っている。僕だって何か言わなくてはならないのかも知れないけど、自分に対するイメージが全く思い浮かばなくて、口を挟むことができない。

 ああだこうだとアイディアを出しつつも、全然まとまらないでいた時、ドアが開いてともみさんが元気に入ってきた。

「おはようございまーす」

 僕達もそれぞれあいさつを返す。ともみさんはそばまで来てから、手に持っていた手紙を見せる。

「エレベーターの中に落ちてたんだけど、これってキミ宛かな?」

「……あ?」

 確かに見覚えのある手紙だ。今朝、僕の下足箱に入っていた、女子からのものである。バッグの外ポケットに入れておいたはずだが、同意書を確かめようとした時に落としてしまったらしい。

「中は見てないけど、宛名と差出人を確認したら、そうじゃないかと思って」

「すみません。ありがとうございます」

 受け取ってバッグに入れ直す。派手なデザインの封筒だったので、何の手紙なのかは嶋村さんと絵舞さんにもすぐわかったらしい。

「ラブレターかしら。青春してるじゃない」

「今どきの高校生でも、そういうやり取りをするものなのですね」

「いえ、これは勝手に……その、向こうから送りつけられてるだけで……」

 店の人達にも知られたことで、決まりが悪かった。当然ながら、ともみさんも面白がっている。

「TSしたのに、女から人気あるんだね。マンガとかだと、男から好かれる羽目になるけど」

「男だった時は、女子から全然無視されてたのに……朝おんしたら、送りつけられるようになって」

 それを聞いたともみさんが、なにかピンときた表情をする。

「キミ、学校でって呼ばれてない?」

 図星を突かれて、息が詰まる。他の奴らは知らないが、少なくとも社交的女子がそう呼んでいるのは事実だ。

 突如、嶋村さんがパンと手を合わせて、席から立ち上がる。

「それよ! 今日からあなたは『王子様』になるのよ!!」

「ええーっ! そんな!?」

「これほどあなたにぴったりで、しかもわかりやすいキャラは他にないわ!」

 嶋村さんの即決に応じて、早速絵舞さんはスケッチブックにイメージイラストを描いていく。

「できました。これでいかがでしょう?」

「そうね。王子というよりは執事だけど、これはこれでいいかも」

 絵舞さんが見せてくれたイラストは、黒いネクタイに黒のベスト、同色のショートパンツというかキュロットスカート、ニーソックスまで黒だった。メイドやウェイトレスというよりウェイターという感じがあって、スカート姿のメイド服よりはマシだと思えなくもない。

 きっかけを作ったともみさんも、満足そうに絵を眺めている。

「初めて会った時から、そんなイメージあったけど、マジでそうだったとはね」

「王子って、僕はそんな柄じゃないし、実際貧乏なんですけど」

「現実のキミはそうであっても、ボク達はお客様に喜んでいただくことが大事なんだよ。これからは覚悟決めて、王子様になりきらないと」

 ともみさんから先輩メイドとして、ありがたくアドバイスをいただいたが、やはり僕には無理があるんじゃないのか。その間にも嶋村さんと絵舞さんが、僕のイメージについて設定を煮詰めていく。

「王子様だから、どこかの王国出身という事で行きましょう」

「そこから、男の娘メイドとして働くことになった経緯も必要ですね」

「流浪の王子様か……貴種流離譚きしゅりゅうりたんみたいでいいわね」

「最後は王子の身分を明かして、悪人退治でしょうか?」

「印籠出す? それとも桜吹雪? やっぱり『余の顔、見忘れたか!』かしら」

「それでは時代劇になってしまいますわ」

 僕そっちのけで、二人は完全に盛り上がっていた。こうなると、今さら拒否しても絶対に聞き入れられないだろう。

 こうして僕は不本意であったものの、この店では『王子様』というキャラが決定したのだった。

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