第十二話

 その人は店長である嶋村さんに向かって、元気よくあいさつする。

「おはようございまーす!」

「おはよう、『ともみ』ちゃん」

 嶋村さんが気さくに右手を上げた。その様子から、この人が男の子メイドの一人だとわかる。丸くて大きな目、中分けにしたショートの茶髪と、引き締まった細身の体にイエローのパーカーとカーキ色のショートパンツといったラフなスタイルから、いかにもな男の娘というよりはショタ……つまり子供っぽい印象を受けた。

 ショタだって、女装をすれば、男の娘……だよな。

『ともみ』と呼ばれた人は 一緒にいた僕を一瞥すると、足取りも軽くスタッフルームへと入っていく。再び嶋村さんが僕へと向き直る。

「あの子はベテランよ。お客様からも人気が高くて、ファンもいっぱいいるんだから」

 さっき言ってた、ムードメーカーなタイプの男の娘が、あの人なのか。いかにも陽気そうで、明るく接客しそうなイメージだ。もう一人は『女以上に女らしい』タイプらしいけど、どんな感じだろう。

 扉が再度開き、人が入ってくるのが見える。

「おはようございます、店長さん」

 とても澄んだ声で、丁寧に頭を下げてきた人を見て、僕は軽く息を呑む。

 前髪を切りそろえたストレートなロングヘア、長袖のニットにブルーのロングスカートをはいた、スレンダーな体格、しかも目鼻立ちは日本人形みたいに整っていた。

 その人は僕の視線に気づくと、軽く微笑んでお辞儀してきた。そんな仕草も洗練されている。

「おはよう、『エマ』ちゃん。後でミーティングするから、先に着替えてて」

「はい、わかりました」

 嶋村さんからの指示を受けて、『エマ』さんもスタッフルームに向かう。

「すごい美人でしょう。それに、とても礼儀正しいのよ」

 確かにその二つが相まって、バストがないことだけを除けば、マジで『女以上に女らしい』美人だ。

 二人の男の娘達が出勤してきたということは、開店時間が近いのだろう。今日は引き上げようと思っていたら、嶋村さんが先回りして引き止めてくる。

「この後、開店してからの様子を見学していかない? 百聞は一見に如かずって言うでしょう」

「仕事の邪魔をするわけにはいかないですし」

「遠慮しないで。店の雰囲気とか、メイドさん達の働きぶりを見てほしいわ」

「そう言われましても、まだ何も決めてないので」

「いずれこの店で働くんだから、前もって学習しておくといいわよ」

「だから僕は、返事してないのに……」

 どうあってもスカウトしたい嶋村さんと押し問答しているうちに、メイド服に着替えた男の娘がスタッフルームから出てくる。

「ともみ、入りまーす!」

「……え!?」

 目が釘付けになった。『ともみ』さんが、さっき入店してきた時の姿から、完全にしてきたからだ。

 鮮やかなピンク色の、ツンツンヘアーのウィッグを被り、目には紫色のカラーコンタクトが入っている。赤いリボンをしめた白の半袖ブラウスにピンクなミニスカのメイド服を重ね、カチューシャとミニエプロンはフリル付きの白一色だ。最初見た時のショタっていうか子供っぽいイメージは消え失せて、正にアニメやゲームの男の娘みたいな、可愛らしい雰囲気を身にまとっている。

 メイドというよりウェイトレスといった雰囲気の『ともみ』さんは、何故か僕に向かって得意げな微笑みを浮かべていた。いわゆるドヤ顔ってやつだ。こっちが驚いたのがわかって、してやったりといった感じらしい。

「『エマ』、入ります」

 続いて現れた『エマ』さんは、優雅に両手でスカートの裾をつまむと、店内に向けて深く一礼した。

 長い黒髪を青リボンで結わえたポニーテール、青のリボンが胸元にあしらわれた膝丈裾のメイド服、肩のフリルが大きなホワイトエプロン、足元は白いタイツで、頭には『ともみ』さんと同じく白のカチューシャを付けている。

 整った顔に、礼儀正しく姿勢も良くて、メイド服も上品に着こなしている。男の娘でも、美人なら何を着ても美人なんだ……僕は率直に思った。

 二人の男の娘メイドの胸元には、それぞれ名札があった。『ともみ』さんは平仮名でそのまま書いてあるけど、『エマ』さんはカタカナのルビの下に、漢字で『絵舞』と記してある。

「今から皆でミーティングして、開店準備するから、あなたは事務室で控えててね」

 またしても嶋村さんから強引に、スタッフルームの奥にあった部屋へと押し込まれてしまった。四畳半の室内には事務用のデスクと、書類棚やコピー機が置かれてあり、店長一人が仕事するためだけの部屋のようだ。窓からは夕方の西日が差し込んでくる。

 何もすることがないので、ただ窓の外を眺めることしかできなかった。繁華街のビル群が、すでに茜色へと染まっている。下の方を見ると、道路を歩いている人達に日が当たらなくなり、顔や服装がわかりにくくなっていた。以前に古文で習った、黄昏たそがれという単語は『だれかれ』……それが誰なのかわからないという言葉から来ている、というのを思い出す。

 わからないといえば、この男の娘メイド喫茶に来る客って、どんな人達なんだろう? 正体が男だとわかっているのに、それでも来店するのだから、よっぽどのマニアなのかもしれない。それとも相手が男だから、あえて来るとでも言うのか。それってまさかホ……そう思いかけた時、ドアがノックされて、にこやかに嶋村さんが入ってくる。

 ここまで来たらもうこっちのもの、という意図が表情から見て取れる。まるで肉食動物に追い詰められた草食動物にでもなったような気分だ。

「今から開店よ。行きましょ!」

 公園で出会って以来、嶋村さんの強引さには閉口させられてるけど、もしかして男の娘メイド達も、こんなやり口でスカウトされたんだろうか? だとしたら、どこが『ホワイト企業』だよ……心底から首を傾げざるを得ない。

 こっちの内心など気づかぬ風の嶋村さんに案内されて、僕は再び店内に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る