マチカドの閃光

花園眠莉

マチカドの閃光

 ここはマチカド。

仄暗い空気の流れている場所。

そこには内に秘めた情熱を隠す人が5人。彼らはまだお互いを知らない。


 アランという男は舞台作家になりたかった。しかし、大人になると己の才能の無さに溜息を吐くだけになった。社会人でいなくてはならないとそのあたりの会社に入った。彼は夢追い人になりたかったが社会の視線に負けてしまった。だが、そのまま死ぬのは嫌でいつの間にかここに来ていた。


 ローレという女は歌手になりたかった。歌をこよなく愛し歌が中心の世界で生きていた。しかし、進路希望調査に書く勇気が無く断念した。夢追い人として生きていくには強さが足りなかった。結果一般的な正社員として時間を殺していった。けれど彼女は誰かに歌を届けたかった。その思いでこんなところに来た。


 リリという女はシンガーソングライターになりたかった。少女の頃からギターを鳴らして歌っていた。しかし思春期になり運悪くクラスメイトに見つかり馬鹿にされ、歌えなくなった。ただそれだけの出来事だったが彼女にとっては非常に重たかった。それから彼女は普通の大学生になった。ただ、どこかまだ歌いたかった思いがありいつの間にかここにたどり着いた。


 レンという男は役者になりたかった。小学校の学習発表会で主役を演じた時の感情の高ぶりを忘れられなくて役者を目指していた。しかし憧れだけで追うには限界があった。報われない夢を閉じ込めて教師になった。やりがいは無いことは無いが心は満たされないばかりだった。そして夢の欠片を捨てきれず何故かここに来た。


 ウルガという人はナレーターになりたかった。自分の声で相手に言葉を届けたいという単純な思いだけで目指していた。ちゃんと勉強もしてナレーターになったが何か違うと思い辞めた。それからピースが上手くハマらないまま普通の仕事に就いた。ピースがハマる場所を求めここに来た。


 ローレは古い屋外ステージの上に立っていた。ここには私を縛るものはないと思い大声で歌おうと思った。先程、運良くステージだったものを見つけ、ここで歌おうと決めた。息を思いっ切り吸って歌い始めた。歌っている曲は有名なミュージカルの曲だ。彼女が一番好きな作品の、一番好きなシーンで流れる曲を彼女は演じながら歌いあげた。するとパチパチと手の叩く音が聞こえた。それにつられローレは深々と礼をした。

「歌、好きなの?それともミュージカルが好きなの?」拍手を送った女性は芯のある、よく通った声でローレに聞いた。

「歌が好き。勿論、歌が関わるものなら何でも好き。」その言葉を聞いて女性は目を細めて喜んだような表情を浮かべた。

「私はリリ。貴女の歌声が心に刺さった。私の作った歌を歌って。」少し緊張した声だった。

「いいよ。そのギターで弾いてくれるの?」リリの持つギターを指さして楽しそうに言う。その言葉にリリは頷いた。

「どんな雰囲気の歌なの?歌ってほしいな。」ステージに座って聞く姿勢を取る。リリは客席だった錆びた鉄パイプの椅子に腰を掛けた。確かめるように軽くギターを鳴らす。心地の良い音がふわりと周りに響く。リリはまっすぐに歌った。ローレの前だと何故かちゃんと声にして歌えた。名残り惜しく最後の一音を弾き終えると今度はローレが拍手を送った。

「私、それ歌いたい。」目を輝かせながらローレは言い切った。リリは瞬きをした後心底嬉しそうに微笑んだ。

「嬉しい。」それから二人は昼も夜も関係なく歌に向き合い続けた。意見を出し合って、より良いものにしようと何度も何度も変えていった。


 そんな中、また近くで出会いがあった。アランはローレ達のいる屋外ステージから少し離れた所で筆を走らせていた。そのあたりで見つけた紙とペンを一人でひたすらに台本を書いていた。

「それ、何書いているんですか?」ふと上から声が聞こえた。アランが見上げると目が眩むほど明るい笑顔の男がいた。

「これは台本です。」きょとんとした後、アランは営業スマイルで対応した。お互い社会人として過ごした期間は両手で収まる程度だったが体の学習能力が高かった。

「初対面ですが、もしその台本が完成したら見せていただけないですか?」急だったがこれはアランにとって嬉しい提案だった。誰かに見てもらえるというだけで心が弾んで、モチベーションに繋がるのだ。

「はい、是非!」話しかけてきた男は手を口に添え破顔した。

「嬉しいです。自己紹介が遅れましたね、僕はレンです。よろしくお願いします。」

「俺はアランです。こちらこそよろしくお願いします。」挨拶を交わした後はひたすらに書き始めた。暫く経つとアランはふと手を止めた。

「アランさんは舞台作家を目指しているんですか?」レンは疑問を言葉にした。アランは顔を上げレンに向かって笑った。

「はい。舞台や映画が好きで台本専門の作家になりたかったんです。」アランは酷く眩しそうに目を細める。彼には夢を追うだけだった過去の自分が目の前に見える気がしていた。

「そうなんですね。僕は映画だと〈蝶が壊れるから〉が好きです。」そう言うレンをアランは表情を明るくさせ、頷いた。

「内容は暗いとか重いとか言われているけど繊細に移り変わる表情に心奪われて舞台作家になりたかったんです。」レンも頷きながら話に花を開かせる。

「作家さんからの目線と違いますが、主人公サラを演じた子役の演技が素晴らしいんですよね。あとその母親を演じた女優さんも自然過ぎて本当に悲しくなるんですよ。」一度話し始めるとレンの舞台愛は止まらない。

「確かその次の出演が〈踊る、進まず、民の怒声〉での役が話題になって凄かったですよね。」

「そうなんですよ。時代物にも対応して夢見がちなヒロインを演じたので振れ幅が凄いと言われていました。」それからアランは台本の続きを書き始め、レンは隣で小さく鼻歌を歌っていた。二人はいかにも楽しそうな雰囲気だった。


 その二組の近くでそれを見ていた人がいた。羨ましい、自分もそうなりたい。そんな思いと、この二組が出会えたら素敵なものになるのでは無いかという勝手な期待が混在していた。そして実行した。


 先に話しかけに行ったのはローレ達の所だった。

「すみません。今、大丈夫ですか?」ここに来てしまえば警戒心など邪魔なものだ。

「あ、はい!どうしました?」明るく対応をしてくれた。

「この近くで台本を書いている人達がいて、楽しそうだなと思って話しかけたいんですが、どう話しかければ良いか聞きたくて…。」半分本当で半分嘘だ。ウルガはそこまでの人見知りでは無い。

「そうなんですね!ねえ、リリ行ってみない?」ローレの行動力はリリを驚かせるものだった。

「ローレが言うなら。」そう言ってリリも立った。


 「うわ、待ってレン何役までいける?」

「何役でもとか大口叩いてみて良い?」二人は既に砕けた言葉で話していた。

「お兄さん達、今時間あったりします?」リリが正面に座って二人に聞く。

「はい、どうされました?」アランは相変わらずの営業スマイルで対応した。

「台本書かれているんですよね?」直球に聞くリリにアランは戸惑いを隠せなかった。しかし嫌な気はしていない。

「え、ああ、はい。」

「それって舞台用だったりしませんか?」

「します。」

「背景の音が欲しいとか思ってません?」

「思ってます。」

「演者の人数足りてます?」

「足りてないです。」

「じゃあ、私達三人を仲間に入れてくれません?」

「「えっ!良いんですか!?」」アランとレンの声が綺麗に重なった。

「私はリリ、よろしくお願いします。強引な真似してすみません。」少し強引だったことは自覚しているようだった。

「そのぐらい強引な方が良いんじゃないですか。」レンは営業スマイルより幾分か柔らかな笑顔を滲ませた。


 それからは早かった。リリの曲を聞いてイメージを擦り合わせて何度も書き換えた。台本も皆で見て修正をして作り上げた。その時間は皆にとって限りなく幸せなものだった。彼らにとって創作仲間とぶつかり合える機会は貴重なものだ。それを大切にするようにより深いものにしようと自分の意見を真っ直ぐ相手に伝えた。小道具も何も無いけれど彼らには関係なかった。


 この舞台をマチカドに贈る、一人の少女視点の長編舞台。


「空に捧ぐ、星を奏でる」

原作 アラン


音楽 リリ

主題歌「雨」 作詞・作曲リリ 歌唱ローレ


出演

 語り アラン

 マーニ・ブラウン  ローレ

 リリィー・ブラウン リリ

 ジャック・ブラウン アラン

 ギル・スミス    レン

 花屋        ウルガ

 ジョーンズの奥さん レン


スタッフ

 アラン

 リリ

 レン

 ローレ

 ウルガ


 皆それぞれの役を演じ切って舞台は幕を下ろした。生き生きとした表情をそれぞれが浮かばせて喜んだ。しかしこの舞台を見た人は誰もいなかった。しかし彼らには客席が観客で埋まっているのが見えていた。そして鳴り止まない歓声が響いていた。それを聞きながら五人は深い眠りについた。


 ここは待ち角。


誰かを、何かを、死を待つ所。


夢も、心も、チャンスも全て捨てた人しかいない。


彼らは歓声を待っていた。


彼らは仲間を待っていた。


彼らは夢を待っていた。

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