深海の羽衣〖質ノ箱〗①


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 白い光が吸い込まれるように消え、目を開けた。目の前に玄関の戸があった。

 この光景も、何度目だろうか。


 今度の私は、アノラックを着てランドセルを背負っている。

 鼻先に落ちてきた冷たいものに驚き、ふと、空を仰いだ。そして、そのまま振り向き周りに目をやった。雪はちらちらと舞っているけれど、積もっていない。初雪ほど湿った雪ではないから、降っては消えて降っては消えてを何度か繰り返したころの雪だろう。じきに、降った雪は消えることなく積もってゆき、やがて、津軽の地を閉ざしてしまう。


 ついたため息が、灰色の空に昇っていくのを見届けて、玄関の戸を開けた。


「ただいま。」


 家の空気がいつもと違う。人の、いや、生き物の気配がない。まるで廃墟のようにひっそりとしている。


 後ろ手で戸を閉めながら、奥歯をかみしめ、神経をとがらせた。


 土間をすり足で歩いて台所に近づいた。とりあえず誰もいないのを確認し、廊下のような上がりかまちに腰かけた。


「──だれ?」


 誰かの視線を感じて心臓がドキンと跳ね上がった。顔を上げて玄関を見ると、そこに、セーラー服を着たおさげ髪の少女が立っていた。


 戸が開く音なんてしなかったじゃない。この子は、いったい、どこから入ってきたの?


 少女は私近づき、オレンジ色した一冊の本を手渡した。そしてその、しなやかな右手の人差し指を艶やかな桜色の唇に当てると、


「あなたは、わたし。わたしは、あなた。」


 と、ささやくと、スカートをひるがえして出ていった。あわてて追いかけたけれど、少女の姿はどこにもなかった。あたかも、雪の舞い上がる津軽の北風とともに消えてしまったかのように。


 あの少女は、幻だったのだろうか……。


 まるで知らない子なのに、どこかで会ったような気がする。そしてそのときも、あの謎めいた言葉を刻んだように思う。


 諦めて土間に戻ると、再び上がり框に腰をかけ、手渡された本を見た。


「あら? これ、娘の手帳だわ。」


 少女に気を取られて気づかなかったが、改めて見ると、私と色違いの娘の手帳だ。なぜ、あの少女がこれを持っていたのだろう。


 手帳には、特におかしいところは見当たらなかった。とりあえず、爆発したり怪我をしたりするような仕掛けは無いようだった。今度は、手帳を開いてページをっていると、墨で書かれた文字を見つけた。



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 あけの箱 かがやく密箱みつばこ 闇の箱

           いづれの箱にか 天の羽衣


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 なんだか黒い鍵を包んでいた和紙に書かれていた和歌とよく似ている。私は、ランドセルから筆箱を取り出し、オレンジの手帳に書かれていた和歌の隣のページに、先に見つけた和歌を書いた。


「朱の箱って、記憶の箱のことよね。闇の箱は……、和紙にも書かれていたから、あの黒い鍵で開ける箱かしら。きっと黒い箱なのね。闇の箱は私を助けてくれる箱なのよね。それだけじゃなくて、密箱……、も、あるみたいね。」


 和歌を眺めていると、家に人の気配が戻ってきた。


「おや、おかえり。」


 祖母の声が降ってきた。見上げると、晩ご飯の用意のために居間から出てきた祖母が、笑顔で私を見ている。私は筆箱とオレンジの手帳をランドセルに押しこみ、ただいま、と、うわずった声で言った。


「いいかい。……あまり、無理をするんじゃないよ。」


 この言葉は二回目だ。いったいどうしてそんなことを言うのだろう。祖母にたずねようと手を伸ばしたところで、世界がゆがんだ。

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