第31話 イラスト同好会、強化合宿!? 後編


 ……その後、部長や朝倉あさくら先輩からアドバイスを受けながら絵の練習に励むも、その集中は小一時間ほどしか続かなかった。

 それは皆も同じようで、俺と同様にスケッチブックから顔を上げている。


「……この部屋、暑いよね?」


 次の瞬間、汐見しおみさんがこの場にいる全員の言葉を代弁するように呟いた。

 この学校は高台にあるので、太陽の光は他の建物に遮られることなく窓まで届く。加えて部室には冷房なんてないので、じわじわと室温が上がっていた。


「直射日光がきついからってカーテン閉めたら風が通らないし、窓を開ければ日差しがきつい! 何このジレンマ……!」


 俺の隣に座る汐見さんが、スケッチブックで自らを扇ぎながら憎々しげに窓の外を見る。


「お前、暑いんなら髪切りゃいいんじゃね?」


 そんな彼女の向かいに座る翔也しょうやが、胸元に風を送りながら苦笑していた。


「ダメだよ。巫女服着た時は髪が長いほうが映えるの」


 そう言いながら、汐見さんはその赤髪を触る。

 そういえば、彼女は神社の娘さんだった。すっかり忘れていた。


「こうも暑いと、汗で画用紙がどうにかなってしまいそうね。下書きの鉛筆もにじんでしまうし」


 対面に座る朝倉先輩が困った顔で言うも、彼女自身は汗をかいている様子はない。


「美術部は冷暖房完備なんでしたっけ」

「ええ。たぶん今頃も、冷房の効いた中で作業していると思うわ」

「うう、少しだけ羨ましい……これじゃ集中できない……」


 画材を片付けた汐見さんが、机の上に突っ伏しながらそう口にする。

 彼女の言う通り、この状況だと集中力がもたない。


「そうだった……せっかく皆に集まってもらったけど、この部屋、暑いのだった……」


 雨宮あまみや部長が申し訳なさそうに言い、両手で風を送ってくれるも、焼け石に水だった。


「暑くて耐えられねーな……よし、ここは一つ、休憩を兼ねてアレやるか」

「あれって?」

「夏といえばアレだ。怖い話だよ」

「え!? い、今から!?」


 ものすごい勢いで机から顔を上げた汐見さんは、明らかに嫌そうな顔をしていた。

 その時、ちょうど日が陰ったのか、部室が急に薄暗くなる。


「いい感じに雰囲気出てきたし、皆でやろーぜ。一人ずつ怖い話をして、一番怖かったやつが優勝だ」

「えー、朝倉先輩、怖い話なんて嫌ですよねー?」

「あら、私は怖い話好きよ。それに、こういう機会ってあまりないから、ぜひ参加したいわ」


 汐見さんとしては先輩を味方につけたかったようだけど、見事に翔也側につかれてしまっていた。


まもるはどうだよ? 怖い話、嫌いか?」

「まあ、嫌いじゃないけど……」

「なら、決まりだな」


 小さな子どものように目を輝かせる翔也を前に、俺はそう答えるしかなかった。

 俺と汐見さんの間に立つ部長も興味津々といった感じだし、これは止められそうにない。


「よし、それじゃ、まずは護からだな」

「え、俺?」

「そーだねー。まずは部長代理さんに涼しくしてもらいましょーか」

「内川君、期待しているわ」

「はたして、護くんからどんな怖い話を聞かせてもらえるのだろうか」


 部長を含めた皆が口々に言い、その視線が俺に集まる。

 こういうのって、トップバッターが一番割りを食う気がする……なんて思いながら、俺は語り始めた。


「……以上です」


 ……俺が話したのは、これまで在籍した学校に伝わっていた数々の七不思議だ。

 転校を繰り返し、膨大な数の七不思議を聞いてきた俺が、その中から選りすぐった怖い話……の、はずだったんだけど。


「……護くんごめん、どの話も、あまり怖くなかった」


 部長が遠慮がちにそう口にする。他の皆も同じようで、一様に微妙な顔をしていた。

 実は俺自身、話の途中から皆の反応が悪いとは思っていた。

 今になって思えば、七不思議はどれも小中学生が考えた怪談話だし、どうしても陳腐なものに聞こえてしまったのだろう。

 俺はどこかに身を隠したい気持ちになりながら、目線を下げたのだった。


「よーし、次はほのかの番だな」

「え、わたし……?」


 そんな微妙な空気を打ち消そうと、翔也が努めて明るく言う。


「これは真打ち登場かしら。ほのちゃんの家は神社だし、そういう話はたくさんありそう」

「ほのかっち、悪霊相手にお祓いとかしたことあるのかな」


 一歩間違えたら祓われる対象になりそうな人が、汐見さんの話を今か今かと待っていた。


「嫌だってば! わたしはしないから!」


 ところが、汐見さんは全力で拒否していた。心なしか、涙目になっているような気もする。

 さすがに強制はできないので、この場は朝倉先輩に順番を譲ることになった。


「そうねぇ……あまり怖い話じゃないわよ? これは、私が中学校の頃に同じクラスの友達から聞いた話なのだけど……」


 朝倉先輩は頬に手を当てながら、いつもと同じ口調で話し始めた。

 その内容は、とある夏の夕方に教室へ忘れ物を取りにいくと、窓の外から無数の鎧武者が教室の中を覗き込んでいた……というものだ。


「しかも、私たちの教室は二階なの。ベランダもないから人は立てないし、あれは一体何だったのかしらね」


 朝倉先輩はそう話を締めくくるも、俺たちは背中が寒くなった。


「鎧武者……ダメだ。怖い! 舞台が学校だけに、想像力が働いてしまう!」


 その直後、雨宮部長がそう叫びながら俺にくっついてくる。


『部長、暑いし恥ずかしいのでくっつかないでもらえません?』


 まさかの行動に、俺は手元のスケッチブックに文字を書いて部長と会話を試みる。


「だって怖いし。今夜、護くんの家に泊めて! 学校、怖すぎていられない!」

『ダメですって』


 そう書き示すも、部長は俺の背中にくっついて震えていた。幽霊が幽霊話を怖がるとは思わなかった。


「さて、次は俺だな」


 そんな部長の様子を気にかけていると、続いて翔也が鞄から一枚の写真を取り出す。

 彼いわく、これは心霊写真なのだそうだ。


「俺の話はこの写真にまつわるものだ。まあ、聞いてくれ」


 続いて翔也が語ったのは、その写真に写っている二人の女子高校生の話だった。

 親友である二人は、この写真を撮って数日後に別々の場所で事故に遭い、どちらも足に大怪我を負ってしまったらしい。


「その原因が、この写真にあるというの?」


 話を聞いたあと、朝倉先輩が写真を手に取る。

 おそるおそる覗き込んでみると、女生徒二人の足に重なるように、赤いモヤのようなものがかかっていた。見方によっては、女性の顔に見えなくもない。


「こ、こーいうのは人の顔に見えるもんなの! 幽霊なんていないよ!」


 その矢先、汐見さんが顔を覆いながら叫んでいた。


「おいおい、神社の娘がそれ言うのかよ……」


 翔也が戸惑いの表情を見せる一方、部長はどこか悲しげな顔をしていた。

 汐見さんに『幽霊なんていない』と言われたのがショックだったのかもしれない。


「よーし、ほのかっちに幽霊の存在を知らしめてあげよう。覚悟せい」


 かと思えば、悪戯っぽい笑みを浮かべながら汐見さんへ近づいていく。現状、俺に部長を止める手立てはない。


「お清めの塩、用意しとけばよかった……翔也、その写真、絶対うちの神社には持ってこな……ひゃあ!?」


 そして部長の手が汐見さんの首筋に触れた瞬間、彼女は声にならない声を上げ、小さく飛び上がった。


「な、なんかぞくっとした。今の何?」


 汐見さんは目を白黒させながら周囲を見渡し……俺と目が合った。


「ちょっと内川君、変なイタズラしないでよ!」

「いや、俺じゃないけど……」


 そうは言ったものの、彼女の隣には俺しかいない。となれば、疑われるのも必然だった。


「そこはイタズラしたって言って! 寄ってきてるなんて考えたくない!」


 自らの体を抱きながら、汐見さんは涙声で訴えてくる。


「じ、実は俺がやったんだ。驚かせてごめん」


 そんな彼女に気圧されるようにそう口にしたものの、やっぱり汐見さんは神社の娘なのだと思った。ごくたまにだけど、部長の存在を感知している気がする。


「おーい、お前たち、頑張ってるかぁ」


 その時、部室の扉が開いて、俺たちの担任が顔を覗かせた。


「あれ、先生、どうしたんですか?」

「いや、この部屋、めちゃくちゃ暑いんじゃないかと思ってなぁ。ほれ、先生からのお中元」


 予想外の来客に驚いていると、彼は俺たちの前に小さな機械を置く。


「扇風機!」


 その正体がわかった瞬間、その場にいた全員の声が重なった。


「そこまで喜んでくれると、ここまで運んできた甲斐があるってもんだなぁ。帰る時はきちんと電源を切って帰るんだぞぉ」


 そんな俺たちの反応を見た先生は嬉しそうに言って、軽く手を振りながら去っていった。


「いやー、ありがたや、ありがたや」


 まさかの扇風機の登場によって、暑さは物理的に解消され、怪談話もそこで終了となった。


「やっぱり、頼るべきは文明の利器だよねー」


 さっそく扇風機の前に陣取った汐見さんが赤い髪を風に揺らすのを、俺と部長は微笑ましく見ていたのだった。

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