第30話 イラスト同好会、強化合宿!? 前編
「ほら、今日も行くよー」
「――ちゃん、まってよー」
視界がいつもより低いことに気づき、これが夢なのだとわかった。
どうやら子どもの頃の夢で、俺は近所に住んでいた女の子と一緒に遊んでいるらしい。
その子の顔も名前も思い出せないけど、長い髪がきれいで、絵がうまかったことは覚えている。
「――くん、へたくそ。基礎からやりなおしたほうがいいよ」
◇
……一生懸命描いた絵を、その子にボロクソに
「ずいぶん、懐かしい夢を見たような」
今になって思えば、あの子に絵が下手だと笑われたことが、俺が絵を習い始めるきっかけだった気もする。
結局、父親の仕事の都合ですぐに引っ越してしまい、その子との縁もそれっきり……だったと思う。
所詮は夢だし、現実に戻ってくると同時に、その内容はおぼろげになっていく。
俺は大きく伸びをしたあと、枕元のスマホを手にとり、時間を確認する。
……8時45分。
「……げ」
盛大に遅刻したと一瞬焦ったが、すぐに今日から夏休みだったことを思い出した。
だから目覚ましのアラームも切っているし、特に慌てる必要もない。
朝食と宿題を済ませたら、ゆっくり絵でも描こう……そう考えながらベッドから出たところで、インターホンが鳴らされた。
「……何か宅配便でも頼んでたっけ?」
今のところ実家に戻る予定もないし、母さんが援助物資という名の食料でも送ってくれたのかな。
首を傾げながらインターホンカメラを覗き込むも、そこには誰の姿もない。
まさか、イタズラ……? なんて思いながら、慎重に玄関を開ける。
「
するとそこに、朝から元気いっぱいの
なるほど。幽霊だから、カメラに映らなかった……ということらしい。
「おはようございます。朝からどうしたんですか?」
「ねえ、イラスト同好会の合宿をしよう!」
寝起き姿の俺を気にすることなく、部長は両手を広げながら言った。
「え、合宿!?」
「そう! せっかくの夏休みだし、この機会を逃す手はないよ! 強化合宿をやろう!」
朝日に負けないほどの眩しい笑顔を向けてきながら、彼女は続ける。
イラスト同好会、ゆるくまったりな部活じゃなかったっけ。夏休みの合宿なんて、まるで運動部だ。
「部長、本気なんですか?」
「本気だよ! 他の皆にも声かけて、明日から部室で! 毎日!」
「毎日!? いや、それはいくらなんでも……というか、それって普通に部活ですよね。合宿ってこう、もっと短期集中で……」
「じゃあ、せめて週二回! お願い!」
俺が戸惑っていると、部長が拝んできた。まさか、幽霊に拝まれるなんて思わなかった。
「だって寂しいんだもん! 夏休みの学校、誰もいないし!」
その時、部長の本音が出た。確かに授業はないし、彼女の言い分もわかるけど……。
「合宿やってくれなきゃ、夏休みの間、ずっと護くんの家に入り浸るぞ! 地縛霊になってやる!」
俺の脇を抜けて家の中に上がり込むと、定位置のクッションにどっかりと腰を下ろした。
「気持ちはわかりますが、幽霊つき物件とか大家さんの迷惑になるのでやめてください」
部長も人恋しいのはわかるけど、さすがに四六時中うちにいてください……なんて言えない。狭い部屋だし、俺にもプライベートというものがある。
「……わかりましたよ。あくまで、他の皆は自由参加ですからね」
「わーい! やったー!」
というわけで、部長に押し負ける形でイラスト同好会の合宿を行うことが決定した。
……まあ、合宿というのは名ばかりで、やることはいつもと同じなんだろうけど。
嬉しそうに俺の手を握る部長から視線をそらしつつ、俺はメッセージアプリで部員たちにメッセージを送ったのだった。
◇
その翌日。俺は制服を着込むと、朝とは思えない強い日差しの中を学校へと向かう。
バス停まで歩くだけで汗が噴き出るし、そこかしこの街路樹からは、蝉の大合唱が聞こえてくる。時折吹く風は熱気を帯び、乾いた土の匂いがした。
まさに夏、といった感じだ。
やっとのことで冷房の効いたバスに乗り込むも、一息つく間もなく目的地である学校に到着し、俺は再び炎天下に放り出される。
「護くん、おはよう!」
すると、校門前で部長が待っていてくれた。
ニコニコ顔で体を左右に揺らし、ご機嫌のようだった。
「今日も朝から暑いですね」
「そうなの?」
「すでに30度近いですよ。日中はもっと上がるそうです」
「そうなんだ……私、暑さ感じないからね」
「今日ばかりは部長がうらめしや……いや、羨ましいです」
後ろをついてくる部長とそんな会話をしながら校内へ歩みを進めると、ちょうど担任が職員室から出てくるところだった。
その背中に声をかけ、今から部活をやる旨を伝えると、快く鍵を貸してくれた。
それから部室へ移動し、部長と雑談をしつつイラストの練習をしていると、
「皆、来てくれたんだ」
「内川君のことだし、一人でもやってそうだったしねー」
「違いない。護は熱心だからな」
「差し入れのクッキーも持ってきたから、休憩時間に皆で食べましょ」
自由参加であることは伝えていたし、全員が揃うなんて思わなかった。
俺は集まってくれた皆に感謝しつつ、スケッチブックに向かったのだった。
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