夜の迷子
三五月悠希
00:少女は王子の手を取る
満月が綺麗に見える日だった。
窓から差し込む月の光を不意に遮る影が一つ現れた。
一軒家の二階に位置するこの場所を遮る何かなんてそうあるものではない。だから予感はしていた。けれど信じられなかった。驚きの眼差しを窓へ向ける。
想像通りの人物が、塀からこちらを覗き込んでいた。
しー、と今から内緒話をするような仕草。表情がイタズラに微笑んでいるのは少女と過ごす中で見えてきた彼女の一面だった。
少女は駆け寄り慌ただしく窓を開ける。何故ここに、という疑問はぶつける前に彼女の人差し指が少女の口に当てられた。
「準備して。旅に出ようよ」
攫いに来た。
言葉にされずとも少女にはそう聞こえていた。
「どこに行くつもり?」
「決まってないよ。アテのない旅だから」
「準備って、何を持っていけばいいの?」
「なんでも。必要なものはこっちで揃えてるし、まぁできるだけ身軽な方が助かるかな」
「なら、簡単だね」
少女は椅子の背もたれへ雑に掛けられていた黒いパーカーをパジャマであるグレーのスウェットの上から重ねる。そのまま机に向かい、置いていたノートを一枚破るとペンを走らせた。それをわかりやすく机に広げ振り返る。
「行こう」と吹っ切れた表情で告げられた彼女は、ふはっ、と破顔する。
「コンビニにでも行くの?」
からかいの言葉を受け止め、少女は察しなよと肩を竦める。
「何にGPS付けられてるのかわかってないんだから仕方ないじゃん? 別に思い入れある物もないし」
「それもそっか」
側から聞けば恐怖を覚えてもおかしくない言葉だが、二人にとっては腹を抱えて笑いたくなるほど好都合であった。
部屋に軟禁されている少女の行動は唯一の出入り口の真上に取り付けられたカメラで把握されている。だが本棚の陰に隠れカメラの視野に窓が入っていないことは把握済みだった。故にこのやりとりが映っていないことも長らくの軟禁生活で知っていた。
部屋に閉じ込められた日から、脱出の計画は練っていた。しかし一人ではどうしたって不可能な計画だった。
誰かがいて、──彼女が現れて、初めて成立する計画。
たった二か月過ごしただけの、友達と言うにはおこがましく、知り合いと言うには互いのことを知りすぎた、そんな関係。
確証などなかった。
それでも少女は彼女のことを信じていた。
これはその証明だった。
少女が部屋にいないことがバレてしまうまでにどれだけの時間がかかるだろう。現時点では何もわからない。それでも、僅かな時間が稼げれば彼女が遠くへ連れ出してくれるという信頼は備わっていた。
「じゃあこれは私からの初プレゼント」
彼女は少女に新品の靴を差し出す。少女が足を入れれば自身の持ち物であったかのようにピッタリフィットする。
近場のアウトレットモールで買ったセール品も、王子サマが差し出せばまるで御伽話に出てくるガラスの靴のように輝きを増す。
少女は顔を上げる。待ちきれない様子の彼女に笑みをこぼし、窓枠に足をかける。
「行こう鷹宮」
笑顔で差し出された手を、強く握り返した。
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