39.薬

目的の薬局の前で馬車が停まった。

ラリーが先に降りて、薬局の店主にアポイントを取りに行くと、数分も待たずに、店から慌てたように店主が飛び出して来た。


「ようこそお越しくださいました! レイモンド侯爵夫人!」


馬車から降りた私に、店主らしい中年男が深々と頭を下げる。


「私がこの薬局の店主、ジーク・ジャックマンと申します。さあ、どうぞ中へ」


促されるまま私たちはジャックマンの店に入った。

店内に入ると、もう一人若い男がいた。その男は私たちに軽く頭を下げた。


「これは息子のセシルと申します。レイモンド侯爵夫人だ。もっと頭を下げんか」


ジークは息子の頭をむんずと掴み、グイっと下に下げた。いでで・・・っと呟く声が聞こえる。いいって、やり過ぎだから、お父さん!


「そんな畏まらないでくださいな。こちらこそ、お忙しいところ急にお邪魔して申し訳ございません。ジャックマンさん」


私は微笑んでみせた。


「とんでもございません! 若奥様!」


ジークは息子の頭から手を放すと、私に向かってブンブンと両手を振った。解放された息子は首の後ろを摩りながら父親を睨んでいる。


「実は直接お伺いしたいことがありますの。早速よろしいでしょうか?」


「はい。もちろんでございます。では奥の部屋へどうぞ」


「ありがとう」


ラリーとメアリーは店内に待たせ、わたしはジークと二人、奥の部屋へ向かった。





とても小さい部屋だが、来訪者用なのだろう。とても小奇麗な応接間だ。

私はジークと向かい合って座ると、


「改めて、突然の訪問の無礼をお詫びしますわ。ジャックマンさん。そして、我がレイモンド家のために長年尽くしてくださり、心から感謝申し上げます」


頭を下げて詫びと礼を伝えた。


「そ、そんな! 若奥様! 滅相もございません!」


ジークは叫ぶように否定する。


「私どもの方こそ、ご領主様のためにお役に立てることだけでも至極光栄なことでございます。それなのに、過剰な報酬を頂いておりまして、感謝の言葉もございません。しがない薬屋がこのような目抜き通りに店舗を出せているのも、ご領主様の援助があるからこそ。末代までレイモンド侯爵家に尽くさせて頂きます」


ほぉ、道理で。一等地っぽいものね、この通り。

流石侯爵家。根回しがよく出来てること。お互いウィンウィンってね。


「ありがとう。そのようにおっしゃって頂いて嬉しいですわ」


私はにっこりと笑うと、出されたお茶を口にして一息つく。

そしてゆっくりとカップをソーサーに戻すと、緊張気味に私の言葉を待っているジークを見つめた。


「では早速本題に入ってよろしいかしら?」


「はいっ!」


ジークの肩がビクッと揺れた。


「貴方にお聞きしたいのは、例の薬の件ですわ。どのような物で出来ているのか? どのような調合なのか?」


「それは・・・」


「『呪い』に効くってどういうことでしょうか?」


ジークは言い難そうに目を逸らした。


「ご領主様には薬の効能について説明はしております・・・」


「ええ、そうでしょうね。むやみやたらに服用しているわけではありません。効くからこそ服用しているし、成分も承知の上で飲んでいるのでしょう」


「・・・ご領主様からは何と?」


「旦那様は私を心配してか、あまり多くは語りません。大旦那様にはまだ聞いておりませんわ。でも大旦那様なら尋ねれば教えてくれるでしょう。でも、素人よりも専門家からお聞きしたいのです」


「そうですか・・・」


ジークは小さく溜息を付くと俯いてしまった。


「申し訳ございません。若奥様。いくら若奥様からのお願いとは言え、私から勝手にお話しするわけには・・・」


「『呪い』に効くって、魔術か何か使えるのですか? 貴方、本当は魔術師か呪術師か何か?」


「はあ?」


ジークは驚いたように顔を上げた。


「だって呪いよ? 呪い。それに対抗するって普通じゃないでしょう? もしかしてあなた魔法使い? 魔法ってあるの? 存在するの? まずそこから疑問だけど。ってか、あなた人間?」


「いやいやいや! 私はただの薬師ですよ! 人間です、人間!」


「そう? 本当にぃ?」


私は目を細めて彼を見つめた。


「本当ですよ! そもそも私たちにとっては『呪い』自体疑わしい! 本当にそんなものが存在するなんて信じがたいですよ! でも、私はご領主様を信じているんです! あの方を信じているんです! あの方が『呪い』と言うのであればそうなのでしょう。ですから、我々はその『呪い』を一つの『病』として見るしかない!」


「なるほど。病か・・・。異常に喉が渇く病気、血液を欲する病気と・・・?」


「そうです」


「でも、実際に水分は不足していないし、血液を飲まなくたって体に不調を起こさないわけで・・・」


「はい・・・」


「つまり、神経系の薬? 精神安定剤みたいな?」


「・・・」


黙ってしまったジークを見て、肯定と判断すると同時に不安にもなる。


「もしかして、とても強いの?」


「はい・・・。非常に強い薬です。正直なところ本当ならご領主様にはもう服用を止めていただきたい・・・」


ジークは再び目を伏せた。


「強い薬は長期間飲み続ければ毒にもなるのです・・・」

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