38.痕跡

いきなり出鼻を挫かれたが、気を取り直して今度はウィリアムの研究室へ案内してもらった。


そこは屋根裏にあった。

もう誰にも使われていないのだろう。本やノート、試験管のような実験道具の類が、棚や机に綺麗に整理されて置かれているが、至る所に埃が溜まっていた。


「よかった・・・。ここは結構残ってるわね」


私は部屋を見渡してホッと安堵の溜息を付いた。


棚に近寄って置いてある本を一冊手に取ってみる。どうやら医学書のようだ。

他の本を見ても、人体や薬草に関するものが多く、呪いなど黒魔術に関わるものない。


机の引き出しも開けてみた。こちらも綺麗にファイリングされており、長い間触られた様子もない。ピタリと時が止まっているかのようだ。


「こっちは調べ甲斐がありそう。後でゆっくりと荒らして・・・じゃなくて、見てみるわ」


「ご自由に、若奥様。旦那様の許可は得ております」


エリオットは軽く頭を下げた。


「さてと」


私は机の引き出しを閉めて後ろに振り向いた。

机の背後には大きな窓があり、そこから日が燦々と降り注いでいる。

私はその窓から外を見た。


「次に行きたいところは・・・」


そう言いかけた時、窓辺の前にある作業台のある個所に目が留まった。


「ん・・・? 何? この黒ずみ。シミ?」


台の中央に手のひらサイズの黒いシミがあった。何かが焦げた痕だろうか?

触れそうになったが、埃が酷いので止めた。


「それは・・・。当時のご当主が呼び出した悪魔を殺めた時にできた痕跡だと聞いております」


うわぁ! マジか?! 


私は思わず手を引っ込めた。


「ほ、本当に・・・?」


恐る恐るエリオットを見る。


「本当かどうか・・・。私も真相は分かりませんが、そう言い伝えられております」


「そ、そう・・・」


私はもう一度その黒いシミを見た。


ああ・・・、本当に事実なんだ・・・。

本当に100年以上の昔、ここで一人の悪魔が殺されたんだ。


呪いの話を聞いるのに、現実にあんなにアーサーが苦しんでいるのを見ているのに、実際に襲われかけたというのに・・・。

さらに、居ても立ってもいられずに、こうしてわざわざレイモンド領地まで来たというのに。

どこかでまだ信じ切れていなかったのかもしれない。

改めて頬を叩かれたような衝撃を受けた。


汚れることなど構わず、私は黒いシミの上の埃を手で払った。淡い埃の膜が取り払われ、シミがしっかりと現れた。

私はそのシミの上にそっと手を置いた。


「無念だったろうね・・・。人の願いを叶えてあげた挙句に殺されて・・・」


殺されてしまった悪魔に思いを馳せる。


・・・。

でも・・・、悪魔のくせに人間に殺されるって・・・。

ってか、悪魔って人間より弱いの? いくら手のひらサイズと言えどさ。


「本当に死んでんの? その悪魔・・・」


「? どうされましたか? 若奥様」


エリオットの声を掛けられ、我に返った。


「あ、ううん。何でもないわ!」


私はフルフルと首を振ると、ポケットからハンカチを取出して手を拭いた。


「さあ、次は街に行きたいわ。例の薬師さんのところに行きたいの」


「かしこまりました」


とりあえず、ふっと沸いた懸念は置いておいて、私たちは研究室を後にした。





「昨日も通った時に思ったけれど、素敵な街ね~。ねえ、メアリー?」


「そうですね、活気もありますし」


薬師の店に向かう馬車に揺られながら、私は外の景色を夢中になって眺めていた。


「大旦那様のご尽力のおかげで、治安もよろしいですよ」


私たちの向かいに座っている老人が、にこにこと嬉しそうに話す。

この老人は庭師のラリーだ。エリオットに変わり、彼が薬師の店まで同行する役を引き受けてくれた。何故なら、いつも薬の買付は彼の仕事だからだ。


「帰りに少し街を散策しましょう! お義父様へお土産にお菓子でも買って帰りたいわ! ねえ、ラリー、いいお店ご存じ?」


「ははは、私はそういうのには疎い年寄りでして」


「そうなのね。じゃあ、一緒に美味しそうなお店を探しましょう! 楽しみね! あ、見て、あのお店なんか素敵じゃない? あ! あのブティック素敵! 絶対寄りたい! あ! ほら、あのお店も可愛い~~!」


車窓から魅力的な店がたくさん目に入る。自然と気分が上がり、あっちこっちと指を差しまくっていると、


「奥様。お出かけの趣旨を見失わないように」


隣からメアリーの呆れた声が聞こえた。

はい。すいません・・・。


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