36.レイモンド侯爵領

二日がかりで私たちはレイモンド侯爵領地にやってきた。

侯爵家に到着したのは夕方だった。玄関には使用人全員が並び、私たちを迎え入れてくれた。


「遠いところをよく来てくれた、ローゼ嬢」


義父が優しく迎えてくれる。


「お久しぶりでございます。お義父様。この度は急な訪問、誠に申し訳ございません。私の我儘をお許し下さり、ありがとうございます」


私は深々と頭を下げた。


「ははは。嫁ぎ先の領地に遠慮はいらない。いつ来ても何の問題も無いではないか。いずれは貴女方夫婦のものとなる地なのだから」


「お心遣いありがとうございます」


「疲れただろう? さあ、中へ」


義父は優しく笑うと、紳士らしく私に腕を差し出してくれた。私はその腕のそっと手を添えて邸の中に入っていった。





用意された部屋に荷物を置き、着替えてから義父が待つティーサロンへ向かった。


「改めまして、この度は私の我儘を受け入れて下さりありがとうございます。お義父様」


私は義父に向かって再び深々と頭を下げた。


「いいや。我儘などとはとんでもない話だ。さあ、座りなさい」


義父は私にテーブルに着くように促すと、自分も向かいに座った。

すぐにメイドにより温かいお茶が用意される。

給仕されている間、私たち二人は無言で向かい合っていた。


使用人たちが部屋から出て行き、義父と二人きりになった途端、私は早速口火を切った。


「お義父様。こちらでは秘密を知っている使用人はどれほどおりますの?」


「はは、早速か。それも直球で聞いてくるのだな、貴女は」


義父は肩を竦めて軽く笑ったが、すぐに真顔になると、


「三人だよ。執事のエリオット―――知っての通りマイクの息子だ。その妻でメイド長のケイト。そして庭師のラリーという老人。この三人だ」


そう言って三本指を立てた。


「その他に外に懇意にしている薬師がいる。彼が我が家の為に薬を調合している。有難いことに我が家の恥部に同情し、三代に渡って薬を提供してくれているのだ」


「恥部なんて・・・、そんなこと・・・」


私は思わず呟き、目じりを下げた。


「いいや。恥だ。恥以外何ものでもない。人の欲から生まれた呪いなど・・・」


義父は悲しそうに笑い、頭を振った。しかし、急に真剣な顔になったかと思うと、じっと私を見据えた。


「貴女にこのような重大なことを伏せていたことを、本当に申し訳なく思っている。さらに秘密を知った上で、我が家から逃げずに、アーサーと共に歩んでくれることを選んでくれて・・・。本当に感謝しかない・・・」


そう言って立ち上がったと思ったら、私に深く頭を下げた。

私は面食らってしまい、慌てて立ち上がった。


「お止めください! お義父様!」


思わず声が裏返る。


「私の方こそ、アーサー様に見初められて、本当に果報者でございますのよ?! だって、私はずーっとあの方に恋焦がれていたのですから! 共に歩くのは当然でございます!」


私は胸の前でギュッと拳を握った。


「あと他に呪いが一つ・・・いや、二つ三つあろうとも、私はきっとレイモンド家に嫁に来ておりますわ!!」


つい声を張り上げてしまった。

そんな私を義父は目をまん丸にして見ている。

やばい! 引いてる! 淑女らしくなかったわ! 早々に粗相した? 嫁失格?


「・・・」


「・・・」


沈黙にタラリと嫌な汗が流れる。


「ははは! これはこれは! ずいぶんと頼もしい嫁が来てくれたもんだな!」


爽やかな笑いとパンパンと手を叩く音に、今度は私が目を丸めた。


「いやはや! マイクから報告は受けているが、本当に逞しいお嬢さんだ! ははは! こんなにも前向きで明るい人とは! アーサーが敵わないのも無理はない!」


え? え? 褒められてる? 逞しいって言われちゃってるけど大丈夫なやつ? 呆れてない?


義父は目じりの涙を拭きながら椅子に座った。

え? 泣くほど可笑しかった? 


「アーサーは幸せ者だな・・・。良かった・・・。本当に良かった・・・」


もう一度目じりを拭く義父。笑い過ぎの涙以外も混じっているようだ。

私もそっと椅子に腰を降ろすと、義父の涙が渇くのをゆっくりと待った。


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