35.最強

「アーサー様、ご理解下さいませ。ね?」


我ながらあざといと思いつつ、両手を前に組み、懇願するように可愛らしく首を傾げた。


「・・・っ!」


そんな私をチラッと見たアーサーは顔を真っ赤にして、片手で顔を覆った。


「しかしっ・・・!」


くっ・・・、しぶといな! いつのならこれくらいで陥落しているのに。


「少しの間行ってくるだけですわ。すぐに帰ってきます。ね?」


私はコテっと反対方向に首を傾げた。


「行ってしまったら私が暫く帰って来ないことを懸念しているのでしょう? 解決するまで何だかかんだ言って帰って来ないかもって不安なのね?」


「・・・っ!」


図星のようだ。ピクッと肩が震えてプイっとそっぽを向いてしまった。


「安心してくださいな。今回は様子を見に行くだけです。何かヒントがないか探るだけ。私だって簡単に解決しないと分かっているって言ったでしょう? 長丁場になるのは覚悟の上ですが、領地に行ったきりでいるつもりはありません」


アーサーは覆った手の隙間からチラッと私を見た。


「元凶を取り除く為とは言え、その間アーサー様とずっと離れ離れになってしまっては意味がないでしょう? そんなの、本末転倒ですもの」


私はにっこりと微笑んで見せた。

それを見てアーサーは大きな溜息を付くと同時に肩を落として俯いた。


「貴女に・・・、そんな負担を掛けたくないのに・・・。もし、何かあったら・・・」


「負担なんて! 何をおっしゃっているの? 大好きな人の為に奮闘することは負担でもなんでもありませんわよ?」


「!」


彼の肩が再びピクッ揺れる。

よし! もう一押し!


「それどころか闘志が湧き上がってきますの! 今の私、アーサー様の為なら何でもできる気がいたしますわ!」


「分かったっ! 分かったから、ローゼ! それ以上は・・・!」


今度は両手でしっかりと顔を覆ってしまった。

よし! 落ちた!


小さくガッツポーズをする私の横にマイクがやってくると、


「・・・奥様は我が家の最強でございますね・・・」


ちょっと呆れ気味に、それでも微笑みながら椅子を引いて再び私を座らせた。





必ずすぐに帰ってくること。

短い間でも毎日手紙を書くこと。

絶対に危険な真似はしないこと。


これを固く約束することを条件に、アーサーは私にレイモンド侯爵領地へ行くことを許してくれた。


昨日と同様に階段の踊り場から登城する夫を見送る。

私はにこやかに手を振るが、彼は心配そうに私を見上げ、いつまでも出発しようとしない。


トムに促されてやっと踵を返したが、また私に振り返る。

私もそこまで心配させてしまっている罪悪感から胸が締め付けられ、切なくなってきた。

それでもこれ以上は不安にはさせられない。私はさらに笑顔を作ると、アーサーに向かってチュッと投げキッスを贈った。


アーサーは途端に顔を真っ赤にさせると、慌てたように前に向き直り、スタスタと玄関から出て行ってしまった。


投げキッス。やってみるとこれはかなり恥ずかしい・・・。

手すりに額を付けるように一人悶えていると、


「奥様も出発の準備が整いました」


いつの間にかメアリーが横に立っていた。

済ました顔をしているが若干引いている気がする・・・。見てたのね・・・。


「ラブラブでよろしゅうございますね。私も嬉しゅうございます」


「・・・いいから、そういうの・・・」


無表情で言われるともっと恥ずかしいから・・・。

ああ、慣れないことをするもんじゃないわね。


「さあ、私たちも出発しましょう! 宜しくお願いね、メアリー」


私は気を取り直して、身支度を整えに自室に向かった。


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