32.やはり問題

翌朝サロンに訪れると、アーサーの姿は無かった。

いつもなら私より早く来ているのに、その姿が見えないことに小さな不安を覚えた。


もしかして来ない気・・・?

昨日はっきりと気持ちを伝えたし、アーサーからも「別れない」と言質を取ったのに。若干インチキだが・・・。

それよりも何よりも、愛してるって言われたのに・・・。


私の不安そうな顔に気が付いたマイクが椅子を引きながら、


「奥様。ご安心を。旦那様は奥様のおかげですっかりお気を取り直したようでございます。ぐっすりお休みになられて、珍しく寝坊されただけですよ。先に召し上がっているようにとのことでございます」


優しく微笑んでくれた。


「そうなのね、良かった!」


私はホッと胸をなでおろし、朝食を食べ始めた。


暫くすると扉が開き、アーサーが入ってきた。


「おはようございます。アーサー様」


私はにっこりと笑って夫を迎えた。


「ああ、おはよう・・・、ローゼ」


少し気まずそうな恥ずかしそうな顔をして、首の後ろを掻いている。


「昨日は・・・、ありがとう・・・」


「いいえ! どういたしまして! お顔が見れて嬉しいですわ!」


「・・・っ!」


私の満面なスマイルにアーサーは息を呑むとプイっと顔を逸らした。

そして、はあ~と溜息を付きながら席に着く。


「怪我は・・・? もう大丈夫か?」


そう尋ねながらチラリと私を見たが、すぐにまた顔を逸らす。


「ええ、もちろん。只の棘ですわよ? ぜーんぜん平気ですわ!」


「昨日は心配をかけてすまなかった。よく眠れただろうか?」


「ふふ、はい。ぐっすりと」


「そうか・・・」


会話中、私の顔を見ようとしない。見たそうにしているのだけど・・・。見られないのが正解か。


「本当に貴女には情けないところばかり見られているな・・・」


「あら、情けないなんて。そんなことありません。仮にそうだとしても、私はどんなアーサー様も見たいですわ」


「・・・!」


「ふふ、これだけは覚えてらしてね。私はどんなアーサー様も大好きですわよ?」


「~~~!」


アーサーはガチャンとフォークを落とすと、耐えられないとばかりに口元を覆い、席から立ち上がった。


「ローゼっ! これ以上は・・・!」


あ、やり過ぎた? 大好きフェロモンが出過ぎちゃったかな?


「マイク、残りの朝食は書斎へ運んでくれ」


「かしこまりました」


「ロ、ローゼ、ま、また後で・・・」


「はい。また後で」


慌てて出て行くアーサーを私はにっこりと見送った。


「・・・罪作りですよ。奥様」


マイクがちょっと恨めし気な顔で私を見て、肩を竦めた。

はい。ごめんなさい。





その後、登城するアーサーを見送ろうとエントランスへ向かった。

いつもなら―――月が半月を切っている時は、ハグをして頬にアーサーから軽くキスを受けるけれど、月が満ちている今はそれができない。

しかも昨日の今日だ。さらにさらに、今朝ちょっとばかり焚き付けてしまったために、いつも以上に距離を取った方がいいと思い、階段の上から彼を見送った。


私を見上げて優しく手を振ってくれるアーサーを見て、寂しい気持ちに包まれる。

すぐにでも傍に駆け寄って、抱きしめてあげたいのに・・・。


「はあ~~~、ギューってしたい・・・」


彼の後ろ姿を見ながら、私は大きなため息を付いた。


「半月になるまでの辛抱ですわ、奥様」


「わあ! ビックリした! メアリー、いつからいたの?!」


いつの間にか傍にいたメアリーに慰められた。


「本当に相思相愛なのですね。それについては安心しました・・・。ですが、その分、触れ合えないのは辛いものですね」


メアリーはホーっと気の毒そうに溜息を付いた。


「そうなの・・・。ホント、そうなの・・・」


私も残念そうに頷いた。


「だから触れ合えるようになった時の喜びは大きいですね」


「うん、そうね・・・?」


「旦那様の・・・。以前の溺愛ぶりの意味が分かりました・・・」


「・・・」


「それを受け止める奥様も大変でございますね・・・」


「あはは・・・」


「・・・」


「・・・」


「やっぱり問題よね? この状況・・・・」


「問題以外何ものでもないでしょう。とは申しましても、呪いではどうしようもございません」


メアリーは肩を竦めてフルフルと頭を振った


「奥様がどんな旦那様でも受け止められるよう、体力を付けるしか・・・」


なに、さりげなく下ネタぶっこいてんの?


「料理長にスタミナの付く料理に変えてもらうように相談しましょう。それから適度な運動もして筋力をつけた方が・・・、どんなに激しい夜でも耐えられるように」


「いいから、そういうの」


眉間に皺を寄せて真剣な顔で言わないでくれる? まったく、こっちが恥ずかし過ぎる。


それにしても、やはりこれは問題だ。放っておいていい訳がない。

今回のように私がこの先ちょっとした傷を負うことは多々あるはずだ。その度にアーサーに血の欲を滾らせ、己の中の化け物と対峙させることになる。そして、改めて己を呪い、苦しむことになるのだ。


「何とかならないかな・・・」


私は踊り場からアーサーが出て行った扉を見つめながら呟いた。


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