27.本当の夫婦

満ち足りた疲労のせいでいつの間にか微睡の中にいた。

徐々に覚醒していくなかで、すぐ傍に人の顔があることに気が付いた。彼から規則正しい寝息が聞こえる。

愛しい人の寝顔に自然と笑顔になり、その頬に触れようとしたが、私の体はその愛しい人にがっちりとホールドされている状態で身動きが取れない。腕の中でモソモソと動く私のせいで目が覚めてしまったのか、アーサーが目を開けた。


「目が覚めたのか・・・?」


私が小さく頷くと、アーサーは私をさらに引き寄せ、ギュッと抱きしめた。


「もう暗くなってしまいましたわね、そろそろお夕食の時間かも・・・。もう起きないと」


「・・・嫌だ・・・。まだこうしていたい・・・」


ダダっ子のように呟く彼に胸がキュンと鳴る。

私は強く抱きしめられた隙間から無理やり腕を伸ばして彼の頭をそっと撫でた。


「そうですわね。でも、一度は起きないと。皆を困らせてしまいますわ」


顔を上げ、アーサーを見るとちょっと渋った表情をしている。そんな彼ににっこりと微笑んでチュッと軽くなだめる様にキスをした。

途端にパッと目を見開くと、ふっと口元に弧を描いた。


「もう一度・・・」


彼は目を閉じて私に顔を寄せてくる。私は言う通りそっと唇を合わせた。


「もう一度」


「もう起きましょう。アーサー様」


「もう一度してくれたら起きる」


しかたないなぁ~。

彼の我儘な態度が可愛くってこっちの方がキュン死しそう。

嬉しさを押し殺し、もぉ~と困った表情を見せながらもう一度軽くキスをした。

途端に私を抱きしめる力が強くなったかと思うと、背中に回していたはずの手がいつの間にか私の後頭部へ回り、グッと押さえつけられて唇が離れない。


「ん・・・っ!」


抵抗も空しく完全に組み敷かれて、気が付くと深い口づけに溶かされていた。


結局、二人して起きた時には夜空に星が輝いていた。





いつもよりずっと遅くなってしまった夕食に、執事のマイクも使用人たちも嫌な顔一つ見せず、いつもの通り給仕してくれた。

・・・いや、それどころか、みんなどこか浮かれている気がする。マイクなど鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌だ。


この少し色めきだった生暖かい空気が恥ずかしくていたたまれない。だが、それほどまで私たちが「本当の夫婦」になったことが彼らに安堵と喜びを与えているようだ。

まあね・・・、なんせ仲が悪くて邸の空気悪くしてましたからね、私たち。


アーサーもこの生温い雰囲気に戸惑っているようだ。


チラリとアーサーを見る。

アーサーも気まずそうにチラッと私を見た。


二人して目が合うと、どちらからともなくフッと笑みがこぼれた。


夕食後は昼間に投げ出した仕事の後片付けを終えて、まだ仕事を続けているアーサーへお休みの挨拶をすると、自分の部屋に戻りすぐに寝支度に入った。

昼間の夫婦の営みは、初めての私にとって非常に大きな幸福感と恍惚感を与えてくれたが、同時にかなりの疲労感も伴った。


「・・・ってか、激しかったんですけど・・・。もっと優しくしてほしかった、処女だったのに・・・」


思わず独り言を呟きながらベッドに潜り込んだ。自分で呟いた言葉でさっきの睦事を赤裸々に思い出し、恥ずかしさでいっぱいになった。

誰に見られているわけでもないのに、思わず布団を頭から被り、隠れるように中で丸まって一人眠りに就いた。


ウトウトとしかけた時、コンコンと遠慮がちにドアを叩く音が聞こえた。

ボーっとしていたので、気のせいかと思い放っておくと、もう一度ノックの音がした。

もしや・・・。


「はい・・・」


ノソノソと起き上がりそっと扉を開けると、そこには想像通りアーサーが立っていた。


「・・・一緒に寝ても・・・?」


先ほどの数回の情事でも吸血したい欲求を抑えられたことに自信を持ったのだろう。

そう数回も・・・。初めてだったのに・・・。流石に今日はもう・・・。


「その・・・、もう何もしない・・・。ただ貴女を抱きしめたまま眠りたいんだ・・・」


モジモジと子犬のようにこちらを伺うアーサー。

その態度に私は完全にノックアウトされた。抗う術が見当たらない。


「どうぞ」


気が付いたら自らアーサーの手を取り、部屋の中に引き入れていた。


二人してベッドに横になると、早速アーサーは私を抱き寄せた。

そして優しく私の髪を撫でながら、


「本当に・・・、自分でも呆れてしまうほど貴女のことが好きなんだ・・・」


溜息交じりに呟くアーサーに、私の胸はジンワリと熱くなった。


「明日の朝、一人で目覚めたら今日のことはすべて夢だと思ってしまいそうで・・・。また貴女が離れてしまいそうで不安なんだ・・・」


ギュッと私を抱きしめる力が強くなった。


「大丈夫ですわ、アーサー様。私はどこにも行きません」


私は抱きしめられている彼の胸に猫のように頬を摺り寄せた。


「絶対に離れませんわ。こうしてずっと傍にいます。だから・・・」


私は顔を上げるとアーサーに見入った。


「アーサー様も、もう二度と離婚なんて言葉、おっしゃらないでね?」


アーサーの瞳が動揺したように揺れた。だがすぐに細められると、愛しそうに私を見た。


「ああ、二度と言わない」


「約束ですわよ?」


「ああ、約束する」


私はその回答に大満足したように、彼の唇に軽く触れるだけのキスをした。にっこりと微笑んで見せると、今度はアーサーから軽くチョンとキスをされた。

それが嬉しくて、ふふっと笑みがこぼれると、アーサーはまた触れるだけのキスを落とす。


啄むようなキスを繰り返しているうちに、それは少しずつ熱を帯び、いつの間にか口が開き、アーサーを受け入れていた。

それを合図とでも受け取ったかのように、ネグリジェの合わせから手が忍び込む。

彼の手から与えられる快楽から逃げるように必死に体をよじった。


「あ・・・ん・・・・、アーサー様・・・、もう何もしないって・・・、抱きしめて寝るだけって・・・」


アーサーの唇が喉を這い始め、自由になった口で懸命に抗議するが、すぐにまた塞がれた。


「すまない、ローゼ。そっちの約束は守れそうにない」


熱のこもった声で私の耳元に囁くアーサーに、私の理性はあっさり壊れた。


前世のお父さん、お母さん。

この調子だと、現世のお父様とお母様に孫を抱かせてあげる日もそう遠くないかもしれません。


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