第21話
時刻は十九時三十分。
僕と舞は大手チェーン店――ロロール珈琲の店内で向き合っていた。
僕は水とアイスコーヒーを頼んだ。舞は初めて入ったのか、戸惑いながらもアイティーを頼んでいた。
そして、現在、僕たちは奥のテーブル席で向かい合った。
喉が渇いていたから、あっという間に水を飲み干した。
改めて舞の姿を見ると、不謹慎にもロングの黒い髪と白いワンピースが似合っていると思ってしまった。
すると、舞がうつむいていた顔を上げた。充血した目とは裏腹に青白い顔だった。
ひどく病弱でもろい存在。そう思えた。
舞は小さくささやいた。
「ありがとう」
「気にするな」と答えると舞はまた「ありがとう」と言う。「わかったから」と答えると舞はもう一度「ありがとう」と繰り返した。そして、「ありが――」と舞はさらに同じ言葉を言おうとしたのがわかったから、その言葉を遮った。
「それはわかったから、詳しく話を聞かせてくれ」
「……春斗君に今まで助けられた分のお礼を返そうと思って……私にはこれしかできないから」
舞はひどく悲し気にそしてどこか自嘲気味に言った。
「……そこまで、お礼を貰う程のことをしてないだろ?気にするな」と誤魔化した。
「ねえ、どうして笑っていられるの?」と舞は真剣に僕を見た。
「悪い。不謹慎だった」
「違うわよ!そうじゃないわよ‼あなたがどうしていつも笑っているのかと聞いているの‼」と舞は怒ったような悲鳴にも似た声を上げた。
ガヤガヤとしていた店内が一瞬静まる。店内の客が一斉にこちらを窺う。僕は「すみません」と言って頭を下げてから、舞へと向き直る。「ごめんなさい」と舞はうつむいた。
「急にどうした?気分が悪いなら、病院に行くか?」
「……ごめんなさい。本当にごめんなさい。私のせいで……」
「いや、気にするな。誰だって、知らない人に追われたら――」と僕が言葉を口に出した時、舞は顔を上げて言葉を遮った。舞の瞳には涙が溢れていた。
「そうじゃない!」
「……」
「私のせいで……あなたの……人生を壊してしまって……それを……謝りたくて……」
「言っている意味がさっぱりなのだけど」
「私なの!あの日、あの時、春斗が助けてくれた!」
「……いつのことだよ。覚えていないけど?」と僕は眉間にしわを寄せた。
「一年半前の三月十五日、暴漢に襲われそうになった女の子。それが私なの」
「それがどうかしたのか?」と僕はあっけにとられた。
「……なにも思わないの?」と舞は呆然とした表情で言った。
なるほどね。
あの事を謝っていたのか。
それでも今さらだな。僕にとっては過去の話で文字通り過ぎ去った変えられない出来事なのだから。
元通りサッカーができるわけではないけど、日常生活ができるほどに完治したわけだから、何も問題ない。
「いまさら過ぎるだろう。それに……気が付いていないとでも思っていたのか?高校に入学してから何か月経ったと思う。もう二か月だ。気が付くだろう」
「……どうして何も言わなかったの」と舞はつぶやいた。
「別に言うほどのことじゃないだろ」
「私は――あなたの人生を壊した張本人なのよ」
責められて当然だわ、と舞は苦しそうに顔をゆがめて言った。
僕は苦しそうな舞の顔を見たくないと思った。わざとおどけたように声を明るくして問いかける。
「何のことだ?」
「サッカーを辞めたことに決まっているでしょ⁉」と舞は声を荒げた。
「別に舞のせいじゃないから気にするな」
「でも、怪我をしてせいで、プロチームとの契約が――」
「ちがう、ちがう。怪我をしたのは確かにそうだけど、サッカーは元々辞めるつもりだった。それにプロじゃなくて、『プロの下部組織のユースチーム』だから」
「それでも、あなたの人生を狂わせたのは――」
「だから違う」と僕は押し付けるように舞の言葉を遮った。
「……」
舞の自責の念に駆られる姿を見たくなかった。苦しむ顔を見たくなかった。
そして、なによりも感謝したいのは、僕の方なのだから。
それに――――謝らなければならないのは僕の方なのだから。
僕は、舞の泣き腫らした顔を見て想いを伝える。
「ちゃんと説明したい。けれど、少し長くなるかもしれない。それでも聞くか?」
「……うん」と舞は小さく頷いた。
僕は自分の頭を整理しながら、言葉を選びながら、慎重に舞に伝わるように話す。
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