ラブコメは嘘から。嘘は僕と彼女から。青春は道化とともに。

渡月鏡花

第0話

「ねえ、春斗は犯人が誰かわかった?」

「いや、まだだけど」

「誰かさんは全く力になってないですね」


 ふふ、と上品に口元を押さえて拝島舞は僕を挑発した。


 くっそ、こんなことでいちいち腹を立てるものか。それこそこの女の思う壺だ。


「へいへい、灰色の脳細胞の持ち主はここぞという時にしかその力を発揮しないんです。能ある鷹は爪を隠すって言うだろ?」


「隠す爪があれば良いですけどね」


 拝島舞はニコッと微笑んだ。まるでどこぞやのアイドルに匹敵する無敵の笑顔だ。


 窓の向こうではすでに夕焼け空から夜空へと変わりつつある。そのおかげで、オレンジ色の光が拝島舞に降り注ぐからより一層のこと笑顔を魅力的に演出している。


 だがしかし!

 僕レベルになるとこんな笑顔で絆されるわけがない。


 てか、この女、さっきから当たりが強すぎるんですけど。


 そんなにアタックされると、凹んだまま元の形状に戻らなくなる可能性を考慮して欲しいものだ。


「はあ……二人とも少しは真面目に考えてよね。まいまいも春斗のこと挑発しなくていいから」


「そ、そんなことしていないからっ!」


「はいはい、そう言うことにしておくからね。話が進まないし」


「優衣さん、絶対に信じていませんよねっ⁉︎」

 

 若干頬を赤く染めた拝島舞はどこか焦ったように夏目優衣のことをポコポコと数回叩いた。


 夏目優衣は駄々をこねる妹をあしらうかのように、拝島舞の色白い両手を受け止めた。その後で「よしよし」と漆黒の長い髪を撫でた。

 

 ……いや、僕の存在ガン無視かよ。


 てか拝島舞と夏目優衣は、たまに百合の花を咲かせるから困ったものだ。しかもそのような百合の空間を無自覚に充満させるから厄介だ。


 まあでも今回はよしとしようではないか。


 ここが放課後の誰もいない空き教室であったことが幸いだ。


 こんな光景を誰かにでも見られてみろ。


 きっと、明日には学校中に『深窓のご令嬢——拝島舞に熱愛発覚‼︎なんとお相手は、クラスメイトの同性だった』みたいな三流ゴシップ記事が流れることだろう。


 ふん……拝島舞よ、せいぜいこの空き教室で集合とした僕に感謝してくれ。


 それにしたっていつまで百合というか薔薇色の空間が続くというのか。


「こほん」

「……っ⁉︎」

 

 どこかうっとりとしていた拝島舞は我に返ったように居住まいを正した。


 夏目優衣は金色に近い茶髪の髪をかきあげて、ウィンクしてきた。まるで『まいまいのことは許してあげて』とでも言っているかのようだった。


「はあ……」

「な、なんですか、そのため息は!」

「いや別になんでもないです」


 その後、拝島舞は何か小言を言っていたが受け流すことにした。

 

 それにしても拝島舞と夏目優衣。

 この二人とここまで関わることになるとは数週間前の僕は想像もできていなかった。


 まさかストーカーの犯人探しを手伝うことになるなんて。


 その時、バタバタと開けっぱなしの窓から風がむき込んできた。

 頬に心地の良い風が当たる。


 そういえば、拝島舞と関わることになった時もこんな心地の良い風が吹いていた——。

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