サンタはいない

青甘(あおあま)

第1話

 俺は扉の前に立っていた。辺りを見回し、ある一室へ足を踏み入れる。


 薄暗い病院の一室。少し埃っぽい部屋に似つかわしくない声が聞こえてくる

「はい、ナイスアシスト!さすが、コマムロさん」

 パソコンのカタカタという音が静かな空間に響く


「美鈴、お見舞いに来たよ」

「……」

 無反応だ

 こうなった彼女はてこでも動かない

 仕方ない。その試合?が終わるのを待つか







「あれ、ハルキじゃん。いるなら声かけてよ」

 声ならかけた

「返事がなかったんだよ」

「なら、触って気づかせればいいじゃない」

「触っ!?」

 何を言ってるんだ


「あら~、もしかしていやらしいこと考えてる?私は肩とかたたいて教えてくれればいいつもりで言ったんだけどな~~」

 ニヤニヤしながら言ってくる

「そんなに言うならもう来ないよ」

 まったく、少しは感謝もしてもらいたいものだ

「わー、ごめんって、お見舞いうれしいよ。ありがとね」

 満面の笑みで俺の方を見ている

「分かればいいんだよ」

「フフ、ええそうね」

 





「そういえば今日は何をしに来たの?」

 彼女に言われ当初の目的を思い出す

「もうすぐクリスマスだろ。だから少しでもクリスマスっぽくしようと思ってコレ持ってきたんだ」

 彼女にサンタのぬいぐるみを渡す

「…嬉しいわ、ありがとう」

 さっきのような元気がない

「ほんとか?」

「当たり前じゃない」

 嘘だ。

「何年幼なじみやってると思ってんだ。いいから本当のことを言えよ」

 僕の勢いに驚いたようにこちらを見るが、観念したように話し始める







「あはは、ばれちゃったか。・・・・・ハルキっていつまでサンタのこと信じてた?」

 彼女の目は真剣だった

「うーん、小学6年生までだったかな」

「結構長いわね」

「仕方ないだろ、親が毎回凝ってるからわかんなかったんだよ」


「いいご両親ね」

 その目は本当に僕のことが羨しいようだ

「私はね、一度も信じてなかったの」

「一度も?流石に小学1年とか幼稚園の時とかは信じてたんじゃないのか?」

「たしかに、もしかしたら幼稚園の時は信じてたかもね。でも本当に心の底からサンタのことを信じていなかったと思う」




「私はいつもクリスマスあたりになると両親に欲しいものはないか聞かれた。ハルキは欲しいものが全部きてた?」


 どうだったかな

「えーと、確かほしいものの中からいくつかがきてたよ」



「私はね、欲しかったもの全部。その時は驚いたもの。だって周りの人たちを見てみるとぬいぐるみが一個だったりおもちゃが数個だったりしてたもの。明らかに量が違ったわ。それも年月が経つにつれ増えていく。病院に行く回数も増えてその時の心の隙間を埋めるかのようにたくさんくれたわ。だから私はなんでも叶うと思って言ったの。だから頼んだの、『もう病院に行きたくない』ってね。そしたら困ったような顔をして、『病院に行くのは美鈴の中の悪いものをなくして大人になれるようにするためだよ』って。でも私は諦められなくてクリスマスにサンタにもう病院に行きたくないですって手紙を書いたの。でも叶わなかった。クリスマスなのに病院に連れて行かれたの。それでサンタなんていないんだってわかった」



  悲しそうに彼女は言う

 美鈴は達観している。だからご両親の言葉や周りとの違いから自分の状態がわかったんだろう


「そうか・・・」

 なんで声をかけたらいいんだろう


「もう、そんな暗そうな顔しないで。せっかくお見舞いに泣きてくれたんだし、学校の様子聞かせて?」

 彼女は気を遣って僕に話題を振る





 それからあっという間に時間は過ぎ俺は家へと帰る


 美鈴はクリスマスに良い思い出なんてないんだろうな・・









 クリスマス当日


 この日も以前と同じように薄暗い廊下に立っている。少し呼吸を整えてから扉を一気に開ける


「メリークリスマス。サンタがプレゼントを届けにきたぞ」

「・・・・なんでそんな格好してんの、ハルキ」


 はて?ハルキとは誰のことだろう。

 今美鈴の前に立っているのは赤い服に白い髭のサンタクロースなのだから


「何をいってあるのじゃ。わしはサンタクロースじゃよ」

 彼女の目が死んでいく

 そんな目で見るなよ

「へー、サンタクロースなんだ。なら写真を撮ってハルキのご両親に教えてあげなきゃ」

「や、やめろ!」

 僕は咄嗟に彼女に近づいて携帯を奪おうとする

 彼女はひらりとかわし俺の髭を取る



「それで?何かようなの?サンタクロースさん??」

 もうこれは続ける必要はないな





「もうバレてしまったからもうハルキでいいよ」


「それで、何しにきたの?」 

 その目はもう何もかもお見通しかのような目だった



 はあ、正直に言うか

「せっかくのクリスマスという楽しい行事なのに、美鈴には楽しい思い出がないみたいだから、少しでも楽しんでもらいたくて」

「へー、それで何してくれるの?もしかしてよくあるお涙ちょうだいみたいなクラスメイトからの励ましの色紙とか??」

 どこか投げやりに聞いてくる

 確かに美鈴はクラスでも人気だったからな、頼んだら喜んで書いてくれただろう

 だが、

「いや、そんなものじゃない」

「そうなの?てっきりそういうもんだと思ってた」

 意外そうだ

「…無理だったんだよ」

「何が?」

「クラスの人に声をかけることが‼︎」

「・・・」

 彼女は何も答えない




「アッハッハ」

 突然彼女が笑い出す

「確かにぼっちのハルキには無理だね!」

「ぼっち言うな!」

「ふふふ」


 可笑しそうに笑う

 本当は俺もそういうものをやりたかったさ!






「はー、面白かった」

 ひとしきり笑い終えた美鈴が呼吸を整える

「そんなに笑うことないだろ・・・」

「ごめんなさい。だってあまりに面白かったんだもの」

「もういいよ。はい、これがクリスマスプレゼント」

 彼女に一枚の紙を渡す


 彼女は不思議そうにその紙を見るとすぐに驚いてこちらを向く

「ど、どうやってこのカードを手に入れたの?!」

 慌てて俺に聞く

「そんなに慌てるなよ」

「慌てるわよ!だってこのカードはゲームの有名な大会の観戦チケットなのよ!一体どうしたのよ」


「美鈴ってゲーム好きだろ。だから喜ぶかなって」

「それは嬉しいけど・・・やっぱりあなたも同じなのね」




 何が同じなのかは言わなくてもわかる

「あのさ、なんで美鈴のご両親はたくさん欲しいものをくれたんだと思う?」

「だからそれは大人にならない私を不憫に思って買ったんでしょ」

「いいや、違うよ。きっと美鈴にたくさん長生きしてほしいからだと思うよ」

「どういうこと?」

「色んなものを買ってもらって思ったことはない?こんなにたくさん楽しいもので溢れてたら無駄にできる時間なんてないって思って欲しかったんだと思う。小学生の時の美鈴は本当に大人みたいだった。周りが遊んでるのに1人どこか壁を作ってるような、、、だから少しでも年相応らしく笑って欲しかったんだと思う」


 彼女は俺の話を静かにきく

「ハルキもそうなの?」

「俺?俺は小学生の頃は周りの人とは違うなって思って面白そうだったから関わっただけだ」


「・・・そう」

「でも関わっていくにつれ俺も美鈴の両親と同じまでとはいかないけどもっと自分を大切にしてほしいとは思うようになった」


「っ!」

 美鈴は虚をつかれたような反応をする

 いつのまにか俺の中では美鈴なしなんて考えられなくなっていた





「だから今度のゲーム大会もそのカードで一緒に行こうな。たくさん楽しもう」

「うん‼︎」

 笑ってもらえてよかった



「あ、そういえば」

「?」

「サンタはいなくても俺がいるから別に悲しくないだろ」



「・・・・」

 無言だ


 目も笑ってない

 少しキモかったか?

「ハルキ、キモい」

「ぐっ」


 く、言うべきじゃなかった

 めちゃくちゃ恥ずかしい


「そんなんだから友達できないんだよ。もう少し自分の立場考えたら」

 すごく辛辣に言う


「お、俺が悪かったからそれ以上は言わないでくれ」

「まったくよ、来年のクリスマスにはもっとマシな言葉を期待するわ」

 彼女は俺にそう言う





 よかった

「ああ、これから毎年プレゼントも用意して行くよ」

「ふふ、期待しないで待っているわ」


 外は雪が降っている。すでに空も薄暗い。周囲に人もおらず静かだ。

 まるで俺たちしかいないような世界で俺たちは笑い合う




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