第11話 テーブルマナーは大事です!


 部屋に荷物を置いたあと、食事のために大通りへ向かいます。


 お昼を食べるには少し早い時間ですが、朝食を抜いているので何か食べずにはいられませんでした。


 なにより、亭主さんからあんな話をされた後です。二人っきりで部屋にいるなんて耐えられません。


「えらく賑やかだが、なんの騒ぎだ?」


 食事ができるお店を探していると、隣を歩いていた銀狼さんが足を止めました。何やら軽快な音楽も聞こえてきます。


 音のするほうを見ると、どうやら大道芸人が来ているようです。大勢の見物人を前に曲芸を披露していて、時折歓声が巻き起こっています。


「コルネリア、彼らはなぜ手を繋いでいるのだ」


 その大道芸をなんとなく見ていると、銀狼さんがそう聞いてきました。


 彼の視線を追うと、それは大道芸人たちではなく、見物人たちに向けられていました。


「彼らは家族だからですね。その隣にいるのは恋人たちでしょうか。皆、手を繋ぐことで安心でき、つながりを感じていたいのだと思います」


「そうか。なら、我らも手を繋いでみるか」


「はい!?」


 突拍子もない発言に思わず大きな声が出てしまいました。周囲の賑やかな音楽によってかき消されたのが、せめてもの救いでした。


「コルネリアが嫌だと言うなら、しないが?」


「わ、わかりました。い、いいですよ」


 明らかに動揺しながら、私は差し出された手を取ります。


 人前で彼と手を繋ぐのは初めてで、手が震えているのが自分でもわかりました。


「だ、大道芸もいいですが、今は食事です。お店を探しましょう」


 その直後、猛烈に恥ずかしくなった私は、銀狼さんの手を引いてその場を離れたのでした。


  ◇


 しばらく早足で歩いていると、飲食店が並ぶ一角にやってきました。


「コルネリア、どの店に入るのだ?」


「銀狼さん、お肉が食べたいと言っていましたよね。でしたらあのお店にしましょう」


 いくつものお店が並ぶ中から、私は肉料理のお店を選び、その扉に手をかけました。


「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」


 店内に足を踏み入れると、すぐに店員さんがやってきてくれます。


 私は少し悩んでから、窓際の一番奥の席を選びました。


「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」


 お水とメニューをテーブルに置くと、店員さんは静かに離れていきました。


 開店した直後のようで、店内には私たち以外にお客さんはいません。


「この店はどのような料理があるのだ?」


 対面に座る銀狼さんはメニューを片手に首をかしげています。やはり読めないようです。


「私が読みますね。えーっと、子羊のラムシャンクブレゼ……?」


 ……私が見たところで、どんな料理なのかよくわかりませんでした。


 ひょっとして、とても高級なお店に入ってしまったのかもしれないと思いつつ、メニューに目を通していきます。どれも聞き覚えのない料理名ばかりでした。


「ご注文はお決まりでしょうか」


 困惑しながらメニューとにらめっこしていると、絶妙なタイミングで店員さんが現れます。


「え、あの、えーっと……」


 私は妙に緊張しながら、今一度メニューに視線を走らせます。


 ……そして見つけました。『シェフのおまかせランチ』の文字を。


「この、シェフのおまかせランチを二つください」


「かしこまりました。お飲み物はいかがなさいますか」


「の、飲み物は結構です」


「ご注文承りました。少々お待ちください」


 注文を受けた店員さんは一礼し、優雅に去っていきました。


 他にお客さんがいないので気づかなかったですが、やはり格式の高いお店なのでしょうか。


 私は所詮村娘ですし、場違いでなければいいのですが……。


「お待たせいたしました。シェフのおまかせランチになります」


 それからしばらくして、料理が運ばれてきました。


 メインの大皿には大きな肉の塊が盛られ、それにパンが入ったバスケットとスープ、そしてサラダがついています。


「メインディッシュは羊のもも肉のオーブン焼きでございます。それでは、ごゆっくり」


 店員さんは簡単に料理の説明をすると、先ほどと寸分違わぬ動きで去っていきました。


「おいしそうですね。それでは、いただきましょう」


「うむ。調理された肉というのは初めてだな」


 大きなお肉を切り分けようと、私がナイフとフォークを手にする一方、銀狼さんは自分の皿にあるお肉の塊にナイフを突き立てます。


「しっかり火は通っているのにやわらかい。なかなかに美味ではないか」


 私が呆気にとられていると、彼はそのまま肉塊を口に運び、食いちぎりました。


「コルネリア、どうかしたのか」


「いやその、狼さんだけに食べ方も野性的……ではなくて、その、お肉は一口サイズに切り分けたほうが良いですよ」


 私は思わず席を立ち、彼にそう耳打ちをします。


 続いて周囲を見渡しますが、誰にも見られていない様子。お客さんのいない時間帯で本当に助かりました。


「切り分ける……とは? どうやるのだ」


「フォークでお肉を押さえながら、こうして、こうです」


 席に戻った私は、銀狼さんにお手本を見せるようにゆっくりとお肉を切り分けてみせます。


「フォークで押さえて……こうか?」


「あああ、あまり力を入れ過ぎたら食器が壊れますよ。優しくお願いします」


「……人の食事とは、疲れるものだ」


 私がさんざん口を挟んだせいか、彼は最後にはうんざりした顔でそう言ったのでした。


  ◇


 食事を終えたあとは、二人で大通りを歩きます。


 例によって銀狼さんが手を繋ごうとしてきたので、恥ずかしさをひた隠しにしながらそれに応じます。


 やっぱり、これって他人から見るとデートしているように見えるのでしょうか。


「コルネリア、あの店は何だ」


 そんなことを考えていると、銀狼さんがある建物を指差します。


「あそこは本を売っているお店です。覗いてみますか?」


「お前が買いたい本があるのなら」


「そうですね……あると言えばありますが」


 少し考えて、薬草学の本が欲しかったことを思い出しました。


 人にとって薬となる植物には、動物にも応用が利くものが多いのです。森で生活している以上、薬草は身近な存在ですし、知識として覚えておいても損はなさそうです。


「それならば、足を運んでみよう」


 そう言ってくれた彼と一緒に、私は本屋さんの扉をくぐったのでした。


「薬草学の本ねぇ。古いのしかないけど、これでもいいかね?」


「はい。それで構いません」


 店内で分厚い眼鏡をかけた高齢の店主さんに声をかけると、目当ての本はすぐに見つかりました。


「長いこと売れなかった本だし、まけてあげるよ。お嬢さん、学者さん?」


「いえ、こう見えて獣医をしています」


「はー、なるほどねぇ。若いのに、すごいねぇ」


 店主さんは納得顔をしながら、本を紙袋に入れてくれました。


 支払いを済ませてそれを受け取ると、店内で待っていた銀狼さんの元へ向かいます。


「お待たせしました……って、銀狼さん、何見ているんですか?」


「ああ、お前と似た恰好の絵が載っていたのでな」


 そう言う銀狼さんの手には、新婚生活に関するノウハウをまとめた本がありました。


 文字が読めない彼は、その絵に惹かれたようです。


 確かに私、銀狼さんと初めて出会った時は花嫁の恰好をしていましたが。よりによってなんて本を……。


「それは新婚生活について書かれた本さ。彼氏さん、興味あるのかい?」


「新婚生活……そうだな。あるといえばある」


 その時、店主さんがどこからともなくやってきてそう説明してくれました。


「コルネリア、我はこの本が欲しい」


「ちょ、ちょっと待ってください。本を買ったとしても、銀狼さんは文字が読めないでしょう?」


「ならば、この本を読めるようになりたい。お前のために、我は学びたいのだ」


 小声でそう伝えるも、彼は私に真剣な眼差しを向けたまま、そう言います。


「それなりの時間、お前とひとつ屋根の下で過ごしてきたが、我は人の幸せというものをいまだ理解できていない。お前が心底幸せそうな顔をするのは、元の姿の我を愛でている時だけだ」


 彼は続けて言い、あからさまに肩を落としました。


 銀狼さんのもふもふに勝るものはないので、それは仕方がない気もしますが……彼が人間の、しいては愛情表現について、もっと学びたいという意欲は伝わってきました。


「わかりました。その本を買いましょう。あと、もう一冊」


 彼の熱意に負けた私は、その本と一緒に子ども向けの読み書きの本を買い、本屋を後にしたのでした。


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