第10話 まさかの買い物デートですか!?
夜になるのを待って、私たちは街へ向けて出発することにしました。
猟期は完全には終わっておらず、多少の不安は拭えませんが、この調子であれば、わずかな時間なら森を離れても大丈夫だろう……という、銀狼さんの判断です。
「コルネリア、準備はできたか?」
「はい。大丈夫です」
忘れ物がないかしっかりと確認したあと、本来の姿に戻った銀狼さんの背に乗り込みます。相変わらずのもふもふ感。最高ですね。
「銀狼さん、いくらなんでも、夜のうちに山を越えるのは危険では?」
その銀色の毛に埋もれながら、私は尋ねます。
「夜明け前には街に着きたいのだ。この姿を人に見られるわけにはいかん」
「そういうものなのですね。それでは、よろしくお願いします」
「任されたぞ。しっかり掴まっていろ」
そう言い終わるが早いか、銀狼さんは風を切って走り出しました。
その動きは恐ろしいまでに速く、まるで木々が銀狼さんのために道を開けているかのようでした。
そうこうしているうちに森を抜け、頭上に星空が広がります。
思わず見惚れていると、間髪入れずに彼は大跳躍。私には暗くて見えませんが、山を登り始めたようです。
「す、すごい跳躍力ですね」
「月が出ていれば、これくらい簡単なことだ」
彼はさも当然のように言って、道なき道をすいすいと登っていきます。
月の力でパワーアップするとは、さすがは狼さん……なんて考えながら、私はその体に必死にしがみついていたのでした。
◇
夜通し移動を続け、夜明け前には目的地の街へたどり着きました。
さすがに早すぎたのか門は開いておらず、人の姿に戻った銀狼さんと入口でしばし待つことになりました。
「ここが街というものか。コルネリアのいた村より、ずいぶんと大きいな」
「当然ですよ。あの村と比べてはいけません」
「あそこは魚を焼いているのか。向こうからは肉を焼く匂いがするな」
二人並んで大通りを歩いていると、銀狼さんは時折鼻をひくつかせ、道の両脇に並ぶ屋台を見ています。
どうやら銀狼さんは人間の文化に興味津々のようです。
「あの肉は分けてもらえないのだろうか。コルネリアもまだ食事をしていないだろう」
「それはそうですが、あれはお金を払わないと買えません。買い物をしながらその辺もお教えしますので、できるだけ覚えてくださいね」
「そうか……わかった」
そう説明すると、銀狼さんは名残惜しそうに屋台を一瞥し、視線を前に戻しました。
その後はお店に入り、目当ての食料を買い求めます。
銀狼さんに貨幣の仕組みを教えつつ、塩や小麦の他に、干し肉やスパイスといった、森ではなかなか手に入らない品も購入しておきました。
「どうも、ありがとうございましたー」
若い店員さんに見送られ、私たちは食料品店を後にします。
ちなみに荷物は全て銀狼さんが持ってくれています。しこたま買い込んでしまったので、かなりの量です。
「あの、大丈夫ですか?」
「何がだ?」
「その、荷物です。たくさん持たせてしまって、罪悪感がすごいのですが」
「気にするな。お前に持たせるわけにはいかんだろう」
思わず尋ねてみると、彼は顔色ひとつ変えずにそう言いました。
いくら銀狼さんが力持ちとはいえ、小麦袋を四つに塩袋が二つ、その他食料品の入った袋が一つと、合計七つもの袋を抱えて平然としているのは、さすがにどうなのでしょう。
周囲の人に変なふうに見られていないか、心配でした。
◇
それから私たちは荷物を手に宿屋へ向かいます。
といっても、泊まるのではありません。街に来た目的は果たしたのですが、行きと同じく夜にならないと森に帰れないとのことで、荷物の置き場と休憩場所を兼ねて、宿を取ることにしたのです。
「二人で素泊まりだね。この部屋はベッドが一つしかないが、いいのかい?」
「構いません。夜のうちに出発しますので、料金も先にお支払いします」
「あいよ。それじゃ、こっちの宿帳に記入しといてくれ」
手続きを進めていると、中年の男性亭主さんがそう言って銀狼さんへ宿帳を向けました。
「これは何だ?」
「宿に泊まる人間が書くものです。私が書いておきますね」
直後に私の顔を見てきた銀狼さんにそう言葉を返し、羽ペンを手に取ります。
予想はしていたことですが、彼は文字が読めないようです。
加えて、亭主さんには銀狼さんの声も聞こえていないようでした。
現在の彼は人間と同じ姿をしていますが、本来は狼なので、それも当然だと思います。
「ところで新婚さんかい? 二人で一つのベッドを使うとか、仲がいいねぇ」
「へっ?」
宿帳に筆を走らせていたところにそう言われ、私は危うく羽ペンを落としそうになりました。
続いて少し冷静になり、ようやく自分の置かれた状況に気がつきます。
「べ、別に単なる休憩ですから。その、他意はありません」
「他意とは何だ」
「銀狼さんは黙っていてください。ああもう、やっぱりベッドが二つある部屋をお願いします」
「あいにく団体の予約が入っていてねぇ。そこしか部屋が空いてないんだ」
妙に恥ずかしくなってそんな提案をするも、亭主さんは腕組みをしたまま、笑顔でそう言いました。
「やけに無口な旦那さんだけどさ、お似合いだぜ? ま、ごゆっくり」
結局部屋の変更は叶わず、私は亭主さんから押し付けられるように、部屋の鍵を受け取ったのでした。
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