第2話 銀かもめ通り
気持ちよく晴れ渡った空の下を、シャニィとザゥは並んで歩いている。彼はただ目的地にシャニィを連れていくばかりでなく、この町のことを色々と話して聞かせてくれていた。
「この通りは、
彼はそこでいったん足を止めると、通りの先を指し示して続ける。
「ここを抜けていくと
彼はそう言って南側の辺りを指差した。
「食料とか生活用品なら、この大通りから二、三本入ったところくらいまでで大抵のものは揃いますね。もし海産物が欲しければ、海神広場の脇にある魚市場が新鮮で安くてお勧めですよ。ただし良いものは早い者勝ちなので、狙うものがあるなら早起きは必須ですけどね」
「とても詳しいのね。ザゥはこの町の生まれなの?」
その危なげのない案内に地元の人間なのかと思ったが、彼は微笑むと首を振る。
「いえ、僕は生まれも育ちもこの町ではないんです。普段はロガクラウトに住んでいて……でもここへは小さな頃からよく来ていたものですから」
ロガクラウトというのは、ガララタンから北東に進んだところにある規模のそこそこ大きな町だ。鉄鋼業が盛んで栄えていると聞いたことがあった。
「ブラド商会のある通りは、ここから三本目の通りです」
言いながらザゥは通りを右に折れ、シャニィはその後に続いてしばらく道を進んだ。そうしてたどり着いた銀かもめ通りは、大通りと比べると道幅こそかなり狭かったが、それでも行き交う人々で賑わっている。敷物をひいただけの露店やワゴン販売などの、簡易な構えの商売も多く行われているようだ。
通りに入って少し行ったところにあるアクセサリー屋では、シャニィにも見覚えのある———青のグラデーションに不均等な金色の縞模様が入った———石の
「気に入っていただけたなら、
店主が愛想よく言った。
「なにせルチェラ石は約束を語り、互いを呼び合うためのもの。愛しい者を、呼ぶ石ですからね」
「いいわねぇ、呼び合うだなんてロマンチック。本物なら、なおのこと言うことないけど……まぁ目が飛び出るほどのお値段でしょうから、私らなんかには夢のまた夢ね」
指輪を陽光に
「亡国の生き残りと恋仲にでもなれば、あたしたちでも本物を手にできる可能性はゼロじゃないかもよ。誰か心当たりある?ミュリエ」
「あるわけないでしょ。サナリオンじゃなくて、ダメオンくらいよ。あたしが今のところ縁があるのは」
友人に茶化された彼女は夢が
「……ってことは、ランオンはまだ煮え切らないのね?」
「彼がルチェラを贈ってくれていたなら、あたしが今ここで引っかかってるわけないでしょ。あのヘタレオンがようやく煮え切る頃には、きっと来世だわよ」
鼻息も荒くそう吐き捨てた女性の横を通り過ぎた後、ザゥが小声で教えてくれる。
「ああいう店で〝呼び石〟として出回っているほとんどのものは、似たような模様のあるカンパー石を着色した加工品なんです。もちろん、本物のルチェラ石じゃないというのは売り手も買い手もみんな承知していますよ。庶民ルチェラなんて呼ばれてますね。さっきの方も言ってましたけど、本物は非常に希少でそう簡単に手が出るような値段ではないので……今はもうなくなってしまった国の、王様とお妃様の伝承が発端の習わしなんですけど、せめてその心意気だけでも真似て……というのが海暮らしの者たちの気概で、この辺りでは結婚を申し込む時の定番の石なんです。婚約の印みたいな感じですね」
———私のペンダントも旦那様がそんな風に思いながら買い求めて、叔父様に渡してくださったのかしら……
どこか微笑ましい心持ちになったシャニィの目に、ブラドという文字とフクロウの形を模した吊るし看板が映った。
「ああ、あそこかしら?」
「ええ。フクロウ印のブラド商会です」
商会の建物にたどり着いたところで、ザゥは少しばかり迷っているような表情を浮かべてから言葉を付け足した。
「その、ここに来たばかりのシャニィを、あまり怖がらせたくはないのですが……実はこのところ、近海で不審な船が目撃されたり、商船が襲われたりしたそうなんです。この町にはオルトリスの海軍が常駐している以上、怪しい
「ええ、充分に気をつけるわ。案内をどうもありがとうね、ザゥ」
シャニィは去っていくザゥをしばらく見送ってから、ブラド商会の中へと足を踏み入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます