東国集団幻覚

 この城は見た目通りの構造をしていない。その為真っすぐ目的地に向かって部屋に乗り込んでもボス部屋にたどり着く事は出来ない。その為にどこがどこに繋がっているのか、という繋がりを理解する必要がある。


 そして当然近づけば近づくほど警備は厳しくなってくる。とはいえ何百回、何千回もやっているチャレンジだ。見つからずに一番奥にまで行く事なんてそう難しい事ではない。最初の廊下を突破したら次の大部屋に入る。


 ここではぐるぐると無能ウォークをしている無能兵が2人いる。2人の視界の合間を通りながら背後からステルスキルで即死させる。


「ここではステルスキルが使用できます。相手が背中を向けている時に攻撃を行う事で問答無用で即死させられます。当然いきなり人が減ると同じエリア内にいる敵の警戒度が上がりますが、それを利用して釣りだして一緒に殺します」


 サクサクっと最初の広間の敵を2人殺して警戒網を突破。そこから次の廊下に入り、背中を向けている間に無能兵をステルスキルしてから窓に向かう。開いている窓枠を掴んで体を上へと向かって投げるようにスイングして上へ。屋根の上に乗る。


「1階屋根上に着地です。入る場所出る場所が滅茶苦茶なので東館から出てなぜか西館の屋根の上にいます。ここから空を警戒する鴉天狗に気を付けつつ次の窓を目指します」


 屋根の上を姫様の肩に乗って駆け抜ける。屋根の途切れる場所で迷う事無く飛び降り、乗り捨てジャンプで姫の肩から窓の中へと入る。これで中央図書室に到着する。迷路の様に本棚が設置されている図書室は本棚の上に乗れば容易く突破できるが、


「本棚に上ると一瞬でレッドアラートになるので罠です。ここは素直に本棚の合間を抜けてしまいましょう」


 ワープで戻って来た姫様に乗り直して本棚の合間を速度を落とす事無く移動する。角が見えて来たら弓で奥の方を射ると、角に隠れていた姿が出て来て奥の方を確認しようとするのでそのまま無視して曲がり先に進む。


 ここで殺すのはステルスキルで接近する必要があるので単純なロスになる。殺さずにスルーしよう。


 図書室の本棚を抜けると扉が幾つか見えるが、ここで向かうのはトイレの扉だ。何故かトイレの扉は優しさ優先なのか時空が捻じ曲がっていない。なのでトイレに乗り込み、トイレの窓から再び外へと出る。


「これで西館3階の屋根に上がって来れました。4階の屋根に上がって窓から中に入ります」


 姫様にジャンプさせて姫様の肩からジャンプして着地、窓の中に入ると姫様がワープでやってくるので肩に乗る。


「地下武器庫に到着です。ここは割と良い装備が置いてありますが、尊厳凌辱ウェポンが用意してあるので武器の類は必要としません。見てください、この頼もしい輝きを」


 移動しながら武器を見せると武器がキラーンと光る。


『シテ……コロ……シテ……』


「の、脳内に悲痛なメッセージが届くんだけど!?」


「幻聴ですね」


 武器庫にも当然見張りはいるのだが、装備を取得しない限りはほぼ無害だ。見つからない事だけを意識して武器庫の窓から入口の扉に移動し、中央5階の廊下に出る。そこから廊下を横切って食堂の扉に入れば、多数の食事中の妖怪たちの姿が見える。


「食べるのに忙しいのでちょっかいを出さなければ襲ってきません。視界範囲に気を付けつつ駆け抜けます」


 食堂の窓から再び外へ。東館5階の屋根に上がってくる。直ぐ下の空を鴉天狗が警備している為、飛行して乗り込もうとすると簡単に見つかってしまうだろう。その為、ここは正攻法以外では到着し辛い。


「ここまで来ると後少しです。見えづらい位置にありますが、ここに窓があります。この窓から中に入ります。中央7階にある玉藻の私室に入れます」


 窓から中に入ると玉藻が寝起きに使っている部屋に入れる。玉藻の日記、呪具、着替え、ベッドなど生活感のある部屋になっている。プレイヤーの中にはここに住むとか言い出してここから一歩も動かず満足して引退した奴もいる魔の領域だ。


「お疲れ様です、ここまで来れば迷路突破です。ここからは床抜けを使って真下にある謁見の間に落ちます」


 属性武器をばら撒いて高負荷領域を生み出し、ばら撒いた武器を重ねる。そうすると重ねた武器の辺りがシステム的にも物凄く重くなってくる。だがリソースとして一番重いのはプレイヤーの存在だ。なのでここで重なり合う属性武器の山にプレイヤーが乗ると、


「負荷に耐えきれず床の判定が消え始めます。ギリギリのところで耐えるので、一旦カメラモードを起動します。カメラモード起動中は全ての時間が停止しますが、エフェクトは続行されるのでエフェクト処理だけが累積し続けてCPUに凄い負荷処理を発生します」


 これを活用する事で下方向への床抜けが可能になる。という訳でカメラモードをたっぷり30秒ほど起動してから解除すると、全ての動きがスローになる。


「う―――お―――な―――ん―――だこ―――れ―――」


 ジョック君のツッコミまでスローになってしまう。可愛いね。


 負荷がかかりすぎる結果床の判定が消失し、そのまま下へと落下する。玉藻の部屋の真下にある謁見の間へと落下して着地すると、上座でクッションに寄りかかるように身を休める女の姿が見える。


 美しい準和風着物を僅かに着崩すように来ているのは九本の尾を生やして狐の耳を生やす女にはどことない気怠さと妖しい色香を感じさせられる。


「金髪! 巨乳! Fox! 中華風和装! 男の子が大好きな要素をこれでもかと詰め込んだビジュアルが大人気の玉藻Changです! やっと逢えたね!」


「……?」


 玉藻は天井を見て、此方を見て、天井を見て頭にはてなを浮かべてから侵入者が目の前にいるって事に気づく。その間にHP調整のために腹に矢を突き刺す。食いしばり習得の影響で雑に大ダメージで自傷できるのが凄い楽だ。


「玉藻の前は御覧の通り皆大好きなビジュアルをしている他、悲惨な過去を持った敵という人気しかない要素を持ったキャラクターです。過去数百年間人間を信じ続けて裏切られ続けた女、それが玉藻の前というキャラクターです。現代では悪女ですが、その生き様は東国を正しい形へと戻そうとする為の奉仕活動に近いと考察されています」


「え、なになになになに。妾の目の前で唐突に切腹してる人がいるんですけど!? え、侵入者!? なんで!? 何でこの侵入者急に切腹してるの!?」


「はい、強制蘇生されてからのHP調整完了です。玉藻の前の事をもっと知りたいのであれば東国各地の虚無僧と古い僧の記憶の残滓を巡るイベントを行えるので、それを通して玉藻Changと僧の旅路を眺めるのがGoodです。その中には玉藻RPがあり、昔の玉藻になって彼女の記憶を追体験するというイベントも存在します」


 ここでフリーズと困惑から復帰した玉藻、迷わず喋る事よりも手を動かす事にする。そのモーションから何をするのかを理解し、即座にジョック君を掴む。


「えっ」


「こやつ―――」


 玉藻の手から呪が放たれ、ジョック君に吸い込まれる。一瞬で瞳から光を失ったジョック君の心臓に矢を突き刺して殺す。


「玉藻が何故あらゆるボスを抜いて最強候補に上がるかは、この《掌握》スキルが理由にあります」


「やはりこやつ」


「拙者のターンッ!」


 ササっと西脇殿がカバーリングして《掌握》を代わりに受けた。その瞬間心臓に矢を突き刺して殺す。ぱぁん、とミンチになって西脇だった肉がジョック君だった肉と仲良く床の上に転がる。


「《掌握》は状態を貫通、つまり回避や防御、無敵を無視して対象に影響を与えるステート攻撃です。ただし放射という形状を取っている為、肉盾を使う事で代わりに受けさせて防ぐ事は可能です。受けてしまうと完全にコントロールが相手に渡るので、裏切られる前に殺して始末します」


「リザレクション」


「そしてこうやって蘇生する事でリサイクルします」


「……」


 西脇、ジョック君復活。蘇生されたジョック君、腕を組みながら俯いている。


「いや、でも時枝の奴攻略のために2回死んでるし、クリアの為に1回自分を犠牲にして突破してるんだからここで怒るのはちょっと違くないか……?」


「吉田氏、普通に良い奴で御座るよな」


 ねー。普通に友達でいて欲しいタイプの奴だよね、ジョック君。他人を気遣えるのは割と得難い才能だと思う。まあ、それはそれとして今のやり取りで完全にアンブッシュ状態だった玉藻Changが警戒態勢に入っている。


「主ら……一体どこから来た」


「天井を抜けてきました」


「目的はなんだ」


「RTAです」


「……まともに答える気はないか」


 まともに答えてるよ……? と主張してもこうなってしまっては玉藻も信じないだろう。まあ、和解する気は一切ないのでそれはそれで問題ない。


「それでは玉藻戦解説です。肝となる《掌握》はHPストッパー到達する度に対象が増えます。その為、初期段階の玉藻を一気に倒すのが攻略する上での一番楽なポイントになります。《掌握》は基本成功率100%、サブイベントを達成する度に抵抗力を身に着ける特殊なギミックです」


 その為、RTAにおいて玉藻戦は常に成功率100%の掌握スキルと向き合う事になる。状態異常でもバフでもデバフともカウントされない固有の状態として管理されている為、あらゆる抵抗手段やマウントが通じない。


 その為、玉藻戦では肉壁をぶつけて殺すのが対抗策として一番有用だ。


「玉藻戦が始まるのでムービーが入ります!」


 各地の侍やレジスタンスたちが武器を手に立ち上がる。頭に鉢巻を巻いた侍が刀を掲げながら別の城を指差す。


『うっ、知らない記憶が流れ込んできてなぜか知らない男のおかげで今が攻め時だって事が……!』


 また別の所では忍者たちが集まっていた。


『何だ、何なのだこの記憶は!』


『身に覚えのない記憶ばかり浮かびあがってくる!』


『長! 長よ! どうすれば良いのだこれは!? 何なのだこれは!?』


『いや……知らん……何この記憶……怖……』


 各地で東国を救わんとする者達が立ち上がる。誰もが武器を手に今こそ東国の自由をつかみ取る為に立ち上がる。今、この瞬間、東国は長き歴史の中で初めて統一されていた。俺は流れてくるムービーに思わず涙を隠せなかった。


「なんて感動的なムービーなんでしょうか……涙が止まりません」


「10割知らない奴ばかりだったぞ!? ムービー流れて良いの!? アレで!?」


「何こいつら……」


 戦慄の表情で此方を見てくる玉藻Changを前にサムズアップを向ける。


 それでは玉藻戦、始めまーす。

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