自作自演召喚撃退

 船は動き出し大海を行く。10分が経過すると自動的に海の上へとロケーションは変更される。これは目的地に到着するまでの中間エリアであり、サブイベント等を消化する為のエリアでもある。船内では幾つかアクティビティがあり、それで遊ぶためのエリアでもある。


 とはいえ、俺がやる事は決まっている。自由に動けるようになった瞬間に客室を飛び出し甲板に上がる。そのまま滑り込む様に甲板の端に移動し、そこから釣竿を取り出し海面に糸を垂らす。


「中継エリアに到着したので釣りを開始します」


 30秒待機……釣り糸が反応しない。釣竿を引いてもう1回海面に投げ込む。


「ここで釣りをする理由はとても簡単で、目的はここでリヴァイアサンを釣り上げる事です。リヴァイアサンは海で1度エンカウントしない限り海底遺構に出現しません。なのでここで1回エンカウントし、リヴァイアサン撃退戦を開始する必要があります」


 30秒、反応無し。釣りリセット。


「海釣りはスキル無しで行った場合テーブルが成功2割、失敗8割、そして大失敗1割の構成となっています。ここでの目標はファンブルを引く事で強制エンカウントを誘発する事です。釣りにおけるファンブルはそのエリアに生息するモンスターで自身よりもレベルが5まで高いモンスターを出現させる事です」


 これは釣りレベリングというまた別のグリッチだ。余り効率は良くないが、レベルが上のエネミーを呼び出す事が出来る為に経験値がそこそこ美味しく手に入るというグリッチだ。まあ、普通にプレイする分にもRTAする分にも使わないだろう。


「このファンブルで敵を召喚するというグリッチは特定環境で使うと狙って敵だけを呼び出す事の出来る小技に進化します。例えば現在のエリアではレベル60を超えるモンスターは存在しませんが、海全域に出現するモンスターは1体だけ出現します」


「それがリヴァイアサン、って事か」


 ジョック君の合いの手にサムズアップ。クリティカルを引いて大成功。魚をそのまま海にリリース。


「リヴァイアサンは海全域に出没する裏ボスで、レベルが99あります。ファンブルの仕様上レベル60よりも上のモンスターで出現できるのはリヴァイアサンだけの為、釣りでファンブルを引くと強制的に出現させる事が出来ます」


 釣り糸を垂らす―――早速反応があり、一瞬で釣竿がべきっとへし折れてその全てが海に飲み込まれた。それと共に船の周囲が一気に黒く染まる。海中に潜む巨大な影が出現している事を示す。釣竿が死亡した瞬間にロイヤル騎乗し、そのままマストのてっぺんにまで走って跳んで移動する。


 海が荒れ始める。海流が荒れ狂い波が船体に叩きつけられる。巨大な姿が海を割って出現する。その姿は全容が見えない程に大きく、遠くまで続いている。


「出ました、リヴァイアサンです。海担当の裏ボスで、レベルは当然の99。大海モードと深海モードで性質が大きく変化する技を使用する事でプレイヤーを苦しめてくる裏ボスです。まだ無敵が切れていないので、無敵が切れるのを待ちます」


 船が大きく揺れてリヴァイアサンが吠える。絶望の声と怒号が船内に響き渡り、忙しく護衛や船員たちが甲板に上がってくる。


「お、おい、時枝。この船、沈まないのか?」


「撃退に失敗すれば沈みます。船にも耐久が設定されていて0になると撃退戦が失敗扱いになるので、それまでにリヴァイアサンを追い返さなくてはなりません。1回でも撃退すればリヴァイアサンは海底遺構に出現するようになります」


 その為にリヴァイアサンとは絶対に戦わないとならない。こいつと戦う事はこのチャートの根幹にある。多少のタイムロスを許容してでも戦う必要がある。


「ジョック殿」


「吉田です」


「ジョック殿、海底遺構にはチキュウ、へと行くために必要な道具があるのです。その為にはリヴァイアサンと戦う必要があるのですよ」


「成程……うん?」


 バニースーツ姫様の言葉にジョック君が首を傾げる。


「あれ、姫様何でそんなゲームの内容みたいな事を」


「前世で勇者様に教えて貰いました」


「前世系来ちゃったかぁ」


 もしかしてこのRTAは周回プレイだった……?! なんて事実を脳裏に浮かべながら吠えるリヴァイアサンを見る。とてもとても大きいだけに見合うHPもある。アレを生身で削り取る事が出来るの、改めてゲームのシステムってすげえなあ……と思う。


 と、大津波が発生する。


「開幕のタイダルウェイブですね。全体水属性魔法攻撃にノックバック効果が付与されています。喰らうと死にます」


 キャー、という悲鳴と共にマストの下にいる人々がタイダルウェイブに飲み込まれてミンチになった。偶然助かった奴らは海に投げ出され、そのまま海流に飲み込まれてミンチになった。


「当然ですが落下は即死判定です。低レベルプレイや突発的な事故エンカ救済用に開幕ウェイブはマストに登れば回避できます。他にも高級客船なら砲門が多数搭載されているので、それを活用する事で撃退分のHPは削れます」


 弓を構える。重複を必要とする段階ではない為、姫様に摺り足をさせながらマストの上からリヴァイアサンに狙撃する。目に当たってそこそこいいダメージが出るが、それでHPのストッパーに到達した感じはない。他にも同じように攻撃している連中がいて、ヘイトはそっちに向いている。


「アレ、1発で仕留めないのか時枝? 何時もなら100ヒットで終了です……とかやってるのに」


「リヴァイアサンはHPストッパーが2回あって、70%と50%で2度どれだけ大ダメージを喰らってもダメージのヒットストップに到達します。その時に攻撃した対象への反撃行動を行う都合上、慎重に行動しないと即死します」


 何せ、


「スラキャンで回避しきれない攻撃が幾つかあります。これは対象を確定して発生するステート攻撃と呼ばれるもので、回避しようが無敵で受けようが関係なくダメージを受けます。開発がスラキャンで無限回避抜けするプレイヤー対策に編み出した対バググリッチ用攻撃手段です」


「お前らが悪用しまくるからプレイヤーvs開発が勃発してるじゃん……」


 リヴァイアサンに発生しているダメージを全て目視で計算し、ヘイトを取得しないように再び狙撃し、ストッパー直前でHPへのダメージをコントロールし、ヒットストップを譲る。ストッパーに到達した瞬間リヴァイアサンが吠えて海へと潜り、尾で海水を跳ね上げてきた。


「バレットレイン、全体攻撃です。十数秒間継続する上に数秒ごとに水属性低下デバフを受けます。この後ヘイト率1位に向けて大ダメージ攻撃を行うので無敵を使う準備をしましょう」


「継続してヒールしておきますね」


 数秒間続く雨に誰もが苦しんでいる最中、必死に頑張る護衛の人は直後、水のレーザーを受けてミンチ肉になって海水に叩き込まれた。中々良いDPS叩き出してたのにぃ……。


「お、今の一撃で船長室が消し飛んだみたいですね。今ので船長も死亡したみたいですが、船が崩壊しない限りは到達するので問題ありません」


「呼び出した奴の言うセリフか???」


 ぎゃおー、ばくばく、むしゃむしゃ、ぺっ。リヴァイアサン君、呼び出されたのが気に食わないのか良く暴れる。HPが段々と減らなくなってきたので渋い顔になる。あまり良くない乱数を引いているかもしれない。さっと確認する船の耐久力は既に60%まで減っている。ここからはさらに破壊が増えるだろう。


「思ってたほどリヴァイアサンのHPが減らないので俺でストッパーまで持って行ってから姫様で撃退まで持って行かせます。姫様」


 姫様にアイコンタクトを送ると、姫様が頷く。


「ご武運を」


 姫様から降りると姫様が攻撃を適度に回避できる遮蔽物のある場所までマストから降りて移動する。西脇が敬礼し姫様を追い、首を傾げる吉田を掴んで幼馴染がマストから飛び降りた―――当然のように前転で威力を殺しながら着地するバニー姿の幼馴染、ケツがイイ感じだと思う。


「軽く10ヒット程攻撃判定を保存してから摺り足で《ダブルダウン》を使います。弓の初級用スキルで1度に2本の矢を飛ばすスキルです。摺り足で5連射、10ヒット増幅で素早く100ヒットぐらいは叩き出せます」


 その分MP消費が中々激しいが、漸くMPを気にしないで済むレベルになって来た為、攻撃関連のスキルをバグで連打する事を解禁できる。と言っても使用できるのは初級関連だけだが。


「良し、狙撃完了。ストッパー到達ですね」


 フルヒットで一気にリヴァイアサンのHPを50%のストッパーまで追い込む感触を得た。咆哮しながら弾かれるリヴァイアサンの頭が睨むように此方へと向けられると、反撃とばかりに吠えた。それと同時に3種のデバフが自分に付着するのを感じた。


「これは海嘯の呪いと呼ばれるリヴァイアサン戦の固有ギミックで、一定期間後にデバフのカウントが0になり、0になるとデバフが起爆しダメージを受けます。これはステート攻撃と呼ばれる攻撃であってデバフの付与から起爆まで無敵や回避などでダメージを回避する手段は存在しません」


 開発からスラキャンによる攻撃回避に対する回答だ。何もかもグリッチを使って無敵抜けで回避するのなら、直接データ的付与による攻撃を作り出し絶対に回避できない攻撃を用意してやるぞ! という奴だ。


 裏ボスはこの手の攻撃が多い。明確にグリッチやバグを使って戦ってくるプレイヤーを意識しているのだ。


「海嘯の呪いは水属性魔法攻撃です。水か魔法耐性があればダメージカットを含めてそこまで痛くはならないのですが……RTAである以上、その手の手段は当然用意していないので」


 1発目起爆、食いしばり発動。


 2発目起爆、リレイズ発動。


 3発目起爆。


「素直に死にまぁす 」


 パァン、俺は弾けてミンチ肉になった。ずりずりとミンチ肉状態でマストからべちゃりと甲板に落ちると、姫様と西脇が100ヒットをリヴァイアサンに叩き込んで撃退に追い込んでいた。


「メインキャラが死亡してもPTが全滅しない限りゲームオーバーにはならないので、囮として1人使い潰すのはアリな選択肢です。リヴァイアサン撃退で海底遺構でのフラグ点灯です。お疲れさまでした」


「こ、このミンチ肉ずりずり這いながら喋ってる……!」


 ジョック君が戦慄の表情でミンチ俺を見る中、幼馴染に抱き上げられた状態でミンチ肉でサムズアップっぽいミンチを作る。


「1回目で慣れました」


「地球に戻ったら絶対に擬態でも良いから人間に戻れよ……?」


 今でも十分人類のつもりなのだが、ジョック君は納得しない模様。解せぬ。

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