裏ボス30秒クッキング

「こんなにもあっさりと―――」


「0.3秒、段々とリアル環境にも慣れてきましたね」


 Sランクの最終試合をヘッドショットで即死させて終了させる。ここまでの試合、全試合1秒以下で終わらせているのはRTA走者としては当然の事だ。だがゲームとは違う動き、自由度に感覚が追い付かなかったがここで漸く細かい感覚が追いついてきた。


 だがまだ完全にゲーム時代とは同等とはいかない。そして次の相手は難敵だ。


「ほほう、こりゃあ面白い」


 そう言って闘技場の客席から飛び降りてくる姿が1つ。無駄に着飾らず、簡素ながらも動きやすさを重視した戦士の戦装束を纏った男だ。これまで闘技場に出てきた誰よりも強い気配を纏っている。彼が今回の目標であり目的だ。


「お前さん、俺とやり合いたくてこんなところに来たんだろう? 良いぜ、やろうじゃねぇの」


「出ました、ジェラルド・リッテンハイム。帝都闘技場の個人戦チャンピオンであり一番会いやすい裏ボスです。裏ボス扱いなのでレベルは当然の99の上に専用AIが組まれているので普通のハメや強装備によるごり押しは一切通じません」


 此方の言動にジェラルドが少し面白そうな表情を浮かべて腕を組む。


「まあ、強い奴ってのは基本どっかしらおかしくなってるもんだしな。ぶつぶつ何を言ってるかはよう解らんが、やる気はあるみたいだな」


 サムズアップ。俺は話の通じる狂人だぜ! しっかりと正気アピールすると楽しそうにジェラルドが笑う。そして解説席へと向けて手を振る。


「と、いう訳だ。そろそろ俺の試合を始めてくれよー」


「え、あ、は、はい! 皆さん、お待たせしました! ついに武帝ジェラルドに挑む資格あるものが現れたぞ!」


 おお、と声が轟く闘技場の熱狂を無視し、ゲーム時代のジェラルドのステータスやパッシブスキル、AIの方向性を全て思い出す。ジェラルドは最も会いやすい裏ボスの一角だ。だが会いやすいからと言って決して弱いわけではない。


 HPは人間レベルに抑えられているもの、プレイヤーの戦闘中のモーションとスキルの方向性を学習して対策をしてくる上に、戦闘中に当然のようにアクセサリの付け替えを行って耐性の変更まで行ってくる。


 その上でこれは1対1の勝負だ。これまで出来た高レベル高火力NPCを使った戦術は出来ないし、アタッカー特化型のビルドのプレイヤーは純粋なPSのみで相手の攻撃を回避させられる事を強要される。


 ヒーラーもタンクもバッファーもデバッファーも無し、純粋な技量と引き出しの多さが要求されるPS要求値の高い裏ボスが彼、ジェラルドだ。


 だからどれだけ装備を用意した所で遊び方が下手な奴は一生勝てないし、逆に言えばあほみたいに上手な奴はレベル1でも勝てる。


 事実、レベル1スーパープレイでジェラルドを倒した事がある。だがそれはゲームの話で、リアルの自由度を考えればゲーム以上に動いてくる可能性は存分にある。それを念頭に置いた状態で体をぐっぐと捻って伸ばして、弓を軽くスラキャンで攻撃回数を蓄積させる。現在105ヒット記憶中。この闘技場から出ればエリア移動扱いでヒット数はリセットされるのがこのグリッチの難点だ。


「裏ボスのジェラルド・リッテンハイム、ここまでの闘技場タイムがそこそこ嵩んでいるので30秒を目標に頑張りたいと思います」


「へぇ、30秒」


 ジェラルドの目が此方を楽しそうに睨んだ。ヘイト率アップを感知する。ここまでの試合を全て見ている前提で考えるのであれば、ジェラルドが初手どう動くかは誘導できる。闘技場の歓声が最高潮にまで上り詰めた瞬間、


 司会の試合開始の言葉が始まる前に互いに動き出した。


 迷う事無くスライディングして限界まで体を地面に落としてから上へと向けた射撃。当然のように這うようにナイフ二本で接近してきたジェラルドの頭を下から射撃して打ち上げる。ヘッドショットの効果で一瞬だけ発生するノックバックにジェラルドの上体が浮き上がり、その隙にスラキャンで脱出する。


「あ、ぶ、ねぇー」


 額から血を流しながら直後にナイフが空間を薙ぎ払う。スラキャンで逃げていなければ短すぎるノクバに気を取られて即死していただろう。即死するよ(1敗)。


「リレイズ1回目ですね。ジェラルドは合計2回のリレイズを行い、蘇生される度に強化されます。なるべく少ない手で殺して此方のパターンを学習させないように戦いを進める事がお勧めです」


 スラキャンで素早く移動し距離を開けるとジェラルドがナイフを上に放り投げる。無駄モーションに思えてここで攻撃や接近を選べばその瞬間それが誘いだと理解できずに即死するだろう。何せ既にジェラルドの周囲にはワイヤーが張られており、


「ほーらーよっ」


 ナイフがワイヤーに引っかかり、それを引く事でワイヤーにナイフを射出させる。散弾のように放たれるナイフの雨に対してスライディングから前転を駆使して掻い潜れば目の前には斧が置かれている。


「はい、どーん!」


「ジェラルドは此方のミスと油断を誘発させながら隙を潰して追撃してきます。大ぶりなモーションが見えたらまず誘いだと思っても良いです」


 斧をスライディングですり抜け、スライディングをスライディングキャンセルしてジェラルドの背後へと回り込めば上から大剣が落ちてきた。回避される事を想定して最初から武器を出現させて落下させる、というジェラルドの良く使う手だ。斧もフルスイングではなく途中で手放しながら次の武器に手をかけている辺りが厄介だ。


 だがここが仕掛け時でもある。この追撃が本命であるため、


「隙は無いですがスラキャンの無敵すり抜けを駆使する事でここで接射を放てます」


「おごっ」


 スラキャンは慣性を無視した移動が可能だ。斧をすり抜けて背後にすり抜けながらスラキャンで180度のターンでスラキャンすり抜けが出来る。人体は不可能なモーションだが、【エタルカ】の仕様上……否、グリッチ上可能な動作だ。故にジェラルドのAIではこの動きに対して対応できない。


 零距離から105ヒットの矢を受けてジェラルドの体に穴が開き、吹き飛ぶ―――が、流石裏ボス、空中で一回転しながら1回死んだ衝撃を受け流しながら槍二刀流にシフトして既に投げる動作に入っている。


「ちなみにここで確定でカウンターが入ります。蘇生直後に硬直状態に入っているとカウンターで死にます(39敗)。硬直? スラキャンステップで踏み倒します」


 ずさーずさーとんとんずさーずさー。


 メトロノームで刻むような精密さでグリッチを使用する。硬直はスラキャンの応用で抜けられる。なので攻撃後の硬直でも投擲された槍を二本とも回避し、回避した所で大きく距離を開けて衝撃波を前転ですり抜ける。


「カウンター槍にはしっかりと衝撃波がついてるので大きめに回避する事を忘れずに。即死します(7敗)。そもそも硬直狩りしてくる鬼畜AIなので足を止めた瞬間死ねます」


「は、はは! 一体何を食ったらそんな動きが出来るんだお前……!」


 楽しそうに笑いながらジェラルドは恐らく、人生初の苦境に獰猛な怪獣の様な笑みを浮かべる。リレイズを2度消費した事によりジェラルドのAIが覚醒状態に入った。


「覚醒スイッチが入りましたね。これはあまりにも戦闘を有利に進め過ぎた場合のお仕置きモードです。一定時間以内にジェラルドのリレイズを切らすと全ステータス及び行動ルーチンの強化が入り、あほみたいに強くなります。これが覚醒ジェラルドです。動きは大体こんな感じです」


「オラッッ!!!」


 雑に大剣を4本5本取り出すとそれを纏めて投げつけてくる。回避すると着弾地点に衝撃波が発生し、一定時間後にそれが爆発するので爆発までの秒数を管理し、異なる時間で爆発する大剣を回避しながら爆発の跡に駆けこまないと即死する。


 というか裏ボスをレベル99以外で討伐しようとすると基本的に被弾=即死になる。悲しいね。被弾しなければええねん!


「面白い! 耐えられるもんなら耐えてみろッッ!」


「全体攻撃です。逃げ場はないので無敵で乗り切る以外の手段がありません」


 斧を二本持ち出してそれを闘技場に叩きつければ衝撃波が全体に広がる。それを1度ではなく2度、3度、4度、乱打する様に連続で叩きつけて波のような衝撃波を連続で放ってくる。その一つ一つをスラキャンの無敵で切り抜けていると、先ほど大地に突き刺さった大剣が跳ねあげられる位置をランダムに入れ替えながら落ちてくる。


「落ちろッ!!」


 大剣1本目爆発、頭上から刀で抜刀斬撃を放ってくるのを回避する。爆心地に飛び込みながら追撃に放たれる居合を伏せてからスライディングして回避、更に連続で放ってくる斬撃を次の大剣の爆発の爆心地に逃げ込んで回避、視界が爆炎と粉塵によって遮られて行く。


 そして周囲を覆う粉塵に人型のシルエットが現れる。


 その数、8つ。


「全部攻撃判定あるので気合で回避します。無敵を使って凌ぐと追撃が無敵貫通持ちなので死にます」


 時間差で回避先を制限するような連続攻撃。覚醒モードに入ってるがゆえにもはや目視出来ない程のスピードで動いてくる動きは、これまでの膨大な試行回数によって強化ルーチンのパターンを読む事で対応する。


 つまり、お前との戦闘経験は既にあるから、どう動くかは知っている。それだけのアドバンテージで動く。


 1つ、2つ、3つ。無敵を使わない回避で攻撃を回避し、8つ目がやってくる。これもまた通常の回避手段で回避する。そうすれば頭上、地上で8連撃を回避する為に向けられた意識の外側、弓を構えた状態でジェラルドの姿が見える。


 それに対応するように、8つ目の攻撃終了時に此方も弓を空へと向けて構える。


「お仕置きモードの時の隙は本当になく、攻撃後の硬直もなければ明確に足を止めるタイミングもありません。なので攻撃を回避しながらダメージを与える以外の手段がありません。なのでここが一番のタイミングです」


 ジェラルドの矢が放たれる。軌道も速度も破壊力も知っている。だから確実に回避できる、最低限のラインで回避しながら―――空へと向けたカウンタースナイプ。


 硬直が存在しない連続攻撃故に、攻撃モーション中以外に攻撃を与える事は不可能だ。だからこそ、最も地味で無敵を貫通する為に潜ませるこの一射に対するカウンタースナイプが最も有効だ。


「だから弓を選ぶ必要があったんですねぇ」


 矢を避ける。そして同時に矢がジェラルドに到達する。


「マジかよ。こんなにもあっさりと負け―――」


 ぱぁん、と頭が弾けて死亡する。頭の亡くなった死体が地上に落ちてくるのを見ることなくはあ、と息を吐く。


「ジャスト30秒。お疲れさまでした」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る