第6話 最初の気付き

 サイモンは村を駆け抜け、真っ直ぐにオーレンの所に向かった。


 ドア越しに、ホワイトアイコンが2つ浮かんでいるのが見える。

 村人の近寄らないこの家に、オーレン以外にいる事のある人物は、限られていた。


「シーラ!」


 ドアを開くと、先ほどと同様にベッドに横たわるオーレンの姿と、その隣に、彼と髪色のよく似た少女の姿があった。


 オーレンは、ぱあっと顔を明るくしたが、その隣にいる少女は、息を弾ませるサイモンの様子に、目を丸くして驚いた。


「さ、サイモン! ど、どうしたの?」


「シーラ、いたのか、いつ戻ってきたんだ?」


「いつって? これから出かけるところだけど?」


 よく見ると、シーラは手に籠を提げて、風よけのブーケやマントを身につけていた。

 女性の村人が町に行くときの標準的な装いである。

 ちょっと見ると、今しがた外から戻ってきたようにも見えたのだが。


「なに、もう出かけるっていうのか?」


「だってそろそろ冒険者ギルドに行かないと……」


「ああ、そうか……そう言えば、冒険者ギルドで働いているんだったよな?」


「ひぇっ!?」


 シーラは、顔を真っ赤にして、妙な悲鳴を上げた。

 どうやら、サイモンにはあまり知られたくない秘密だったらしい。

 じとっと睨み付けるような目付きになった。


「それ、誰から聞いたの?」


「えっ」


「冒険者の誰かよね? 所属は? ランクは? 後でシメなきゃ」


 げんこつに、はぁー、と息を吹きかけて、なにやら物騒な事を言うシーラ。

 思わず、オーレンの顔を見てしまったサイモン。

 それを見たシーラも、じとっと弟のオーレンをねめつける。

 オーレンは、首をぶんぶん横に振って、自分は知らない、とでも言いたげにしていた。


「誰だっていいだろ? 今日は出かけずに、オーレンの側にいてやってくれよ」


「ダメよ、ギルドの規則で、依頼主は定期的に依頼が完了しているか確認しないといけないから……」


「なに、昨日も行ったんじゃなかったのか?」


「昨日? どういうこと?」


 シーラが不思議そうに首をかしげるが、訳がわからないのはサイモンの方だった。


「だって、前に行ったの2週間も前よ?」


「2週間も!?」


 サイモンとシーラの会話は、妙にかみ合わなかった。

 サイモンは確かに昨日、シーラが家を空けていたのを確認している。

 冒険者ギルドに行ったことをオーレンから直接聞いている。

 だがシーラは、まるで昨日の事がすべてなかったかのように言うのだ。


「今日は、オーレンの調子がいいから、今のうちに行っておかないと。最近、発作がないのよ。いい事だわ」


 と、シーラは嬉しげに言って、オーレンのくせっ髪を撫でた。


「まあ、仕事といっても大したことなくて、ギルドに頼まれたお手伝いをちょっとしたりするだけ。あと、口の軽い誰かさんを探し出して制裁を加えてくるかもしれないけど。明日の昼にはかならず帰ってくるわよ」


「シーラ」


 サイモンは、不安になって彼女の名前を呼んだ。

 なにかが普通ではない。

 昨晩の月を眺めてから、何かが起こっている。

 正体の分からない不安を覚えながらも、サイモンはシーラに伝えた。


「頼む、なるべくオーレンの側にいてやってくれ」


「え……ま、まぁ。あんたに言われなくてもわかってるわよ……馬車に遅れちゃう。行くね」


 顔を耳まで真っ赤にしたシーラが出ていって、部屋にはオーレンとサイモンが残された。

 手を振って姉を見送るオーレンに、サイモンはちらり、と横目をむけた。


「で? 本当は何回なんだ?」


「2回。姉ちゃんが気づかないうちに発作を静めるの、だんだん上手くなってきた」


「……まったく」


 オーレンは姉への気遣いからか、こういうことばかりが上達していた。

 相手のためならなりふり構わないのは、似た者同士だ。

 サイモンは、部屋をぐるりと見渡して、あるものがない事に気づいた。


「なぁ、オーレン、俺が昨日持ってきたスモモ、全部食べたのか?」


「スモモ?」


「ああ、ここに置いてあったはずだが。10個。山積みになってたけど」


「そんなに食べられないよ。口の中がごわごわになっちゃわない?」


「……だよなぁ」


 ***


 サイモンは、そのまま村長の元に向かったが、昨晩の報告に村長は首をかしげていた。


「はて……? 王国軍が来ていた? サイモン、ひょっとして軍に戻りたいのか?」


「いえ、そういう話では……」


「つまりお主は、こんな年寄りに門番をさせようというのか? こんな寂れた村などもうどうでもいいと。ひどい奴じゃのぅ」


「……その話は、また後で」


 色々な者に、昨晩の事を聞てまわったが、村はいたっていつも通りだった。

 見る限り、どこにも盗賊が来た痕跡もないし、近々国王軍が来るという話も聞かない。


 つまり、先日サイモンが見ていた例の軍勢は、サイモンが気を失ったほんの一瞬のすきに、山中で唐突に消えてしまっていたという事になる。


(どういう事だ……まる1日の出来事が、まるで夢だったかのようじゃないか……?)


 サイモンは、あの軍勢が山道を登ってくる様子を、何度も見ていた。

 細部まで思い出せるし、とても夢だったとは思えない。


 答えの出ないまま市場を歩くと、ちょうど商人たちが店を開き始める頃だった。


 昨日、カートいっぱいに果物を積んで大安売りしていた商人が、またぷんすか頭から湯気を吹きながら、屋台を出している。


「どうしたんだ、おっさん」


「どうしたもこうしたも、エアリアルが出たんだよ! あいつら、収穫前に木から全部落としやがって!」


「そうか。ちなみに今日は1個いくらで売るつもりなの?」


「1個50ヘカタールだ! 安いだろ!」


「ああ……えーと、そうか……」


 サイモンの記憶では、10個20ヘカタールで売っていたはずだが。

 まあ適正な値段といったところだ。

 だが、隣の果物売りがそれを聞きつけたのか、目をギラっと光らせ、サイモンに横から呼びかけた。


「おい、兄ちゃん! うちの買ってけよ! うちのは1個40ヘカタールで売るぜ! そいつのより甘いからな!」


「なにぃ~!? じゃ、じゃあウチも40ヘカタールで、もう1個おまけでサービスだ! どうだ、ウチのを買ってくだろ!?」


「なんだとぉ~!? じゃあウチも1個おまけで33ヘカタールでどうだ!」


 他の果物売りも彼らの競争に加わり、どんどん値下がり競争がはじまっていく。


 きっと昼頃には、10個20ヘカタールの破格の値段になるのだろう。


 よくは分からないが、そんな予感がした。


(……ただの夢ではない)


 サイモンは、武器を並べている露天商をちらっと見た。

 昨日、ブルーアイコンの冒険者たちが装備を買っていった店だ。


 サイモンの記憶では、炎の剣と炎の盾を並べていたところが、炎の剣だけになっている。


(そうだ……あいつらは今どこだ?)

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