好きな人

身ノ程知ラズ

好きな人

「余談だがこの夏目漱石は…」

睡魔に襲われ内容が一切入ってこない5時間目の現代文

仕方なく板書をしているがおそらく読めない字だ

もういっそのこと寝てしまおう

そう思って目を瞑ってうとうとしていると肩を叩かれる

「ちゃんと起きとかないと」

声をかけてくれたのは小中高と一緒のいわゆる幼馴染の女子だ

「悪い、ありがとう」

そっけない返事だが内心かなり緊張している

言ってしまえば僕は彼女のことが好きなのだ

もちろん彼女には本心を伝えられていない

「ねぇ、今日放課後どっか行く?」

「え、カラオケとか…?」

「それはこの前も行ったじゃん」

放課後に2人で遊びに行くほどには仲がいい

それなのに告白できていない自分に腹が立つ

結局その日はどこにも行かずに帰宅した

家に着いてもすることはなくリビングでゴロゴロしていると

ポケットのスマホが鳴った気がした

スマホを取り出し見てみると一件のニュースが来ていた

普段なら絶対に見ないがなんとなく見る気分になったので

詳しい記事を見てみる

「月が衛星軌道を外れる」と言った見出しだった

冗談にしては面白くないがテレビでも速報で伝えられた時に

何か不吉な予感がした

内容を見てもそれ以上の情報は得られず理由は分からないとのこと

あまりにもスケールの大きい話についていけず

自分には関係のない話だと思い特に気にしないでいた

翌日学校に行けばクラスはその話題で持ちきりだった

案外気にしてるやつも多いんだなと変に感心した

彼女も例外ではなく会うや否や

「ねぇ!月は大丈夫なの⁉︎」

と若干意味不明な日本語で話しかけてくる

「別に大丈夫だろ、そこまで気にしなくても」

「だといいんだけどね…」

その日はなんとなくお互い会話せずに終わった

帰宅してテレビを見ているとどうやら月が衝突する

可能性も出てきたとのこと

月ほどの巨大な隕石が降ってくるとなると確実に地球は滅ぶ

少々の不安を覚えつつ、ずっと先のことだろうと自分に言い聞かせる

次の日も

「衝突するってホントなの⁉︎」

俺に聞かれても分からないが

「大丈夫だって、万一衝突するってなっても俺らが死んでからの話だろ」

と彼女、そして自分に言い聞かせる

そう大丈夫なはずだった

どうやら月は1週間後ぐらいにぶつかってくるらしい

困ったもんだ、やり残したことがいっぱいある

喚いてもどうしようもない

残りの日々を彼女と過ごしたいと思い、連絡を取る

正直断られるかとも思っていたが快諾してくれた

ここから1週間色んなところで色んなことをしよう

そう思っていたが、どこにも行けなかった

結局人間は窮地に立たされると皆考えることは同じで

残り1週間の命となると、法もあってないようなものとなり

街は一夜にして無法地帯となってしまった

「ずっと話さない?」

彼女はそう呟いた

「無理してどこかに行かなくても私は君といるだけでいいよ」

確かに僕もそうだ

最期の1週間はずっと彼女と一緒にいた

そしておそらく最後の日

もちろんテレビやその他の報道機関は機能していないので

いつぶつかってくるか正確には分からないが

月はもうそこまで来ている

もう彼女とは会えないのか、自分の死よりもそっちの方が怖かった

「今までありがとね、楽しかったよ」

彼女はそう微笑んでくれる

僕は泣きそうになる、ただこの思いは伝えないといけない

そういえばと思い僕は最期に想いを伝える

「月が綺麗ですね」


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