192. 死の足音

 魔力回路が開いたことで、アークの魔力量は以前よりも遥かに多い。


 それは戦いにおいてはかなりのメリットとなる。


 だが大きな欠点があった。


 本来なら魔力回路は魔力がなくなると自然と魔力をセーブするようにできている。


 いわばセーフティ装置のような役割を持っていた。


 しかし、魔力回路が開かれた状態では制御が正常に動作しなくなる。


 その状態で魔力を使い続ければどうなってしまうのか?


 答えは、死。


 アークは確実に死に向かっているのだった。


◇ ◇ ◇


 ふははははっ


 ふははははははははっ!


 ふははははははははははははははっ!


 ふはははははははははははははははははははっ!


 今日は調子が良いぞ!


 すこぶる良い。


 どんどんと魔法が放てる。


 どれだけだって魔法が放てるぞ!


「ふははははははっ!」


 ヘルめ、なかなかやるな。


 だが、確実にオレが押している。


 このまま放ち続ければオレが勝てるはず……!


「……っ」


 ん?


 あれ?


 なんだ?


 ちょっとめまいが……。


 視界がボヤける……。


 気のせいか?


 うん、気のせいだよな。


 なんたって今日はこんなにも調子が良いんだからな!


 ふははははははっ!


 オレに不可能はない!


 アドレナリンドバドバだぜ!


 まだまだやれるぜ!


 ふはははははははははははははっ!


 ふははははははははっ!


 ふははははっ!


 ふはっ――


「ごほっ」


 なんだ?


 血塊?


 口を拭う。


 腕にべっとりと血がついていた。


 なぜ……血が出てるんだ?


「私とここまでやりあえるとはな。先祖返り、番犬の血が目覚めたというわけか」


「なにを……」


 何をほざいてやがる。


 オレが強いのはオレの強さだ。


 先祖とか関係ない。


「そろそろ終わりとしよう。番犬よ、なかなかに楽しかったぞ」


 ぞわり。


 死だ。


 濃密な死の気配だ。


 前世での最期が蘇る。


 ヘルが仰々しく両手を広げた。


「ヘルヘイム」


 世界が急速に黒に染まっていく。


 なるほど……。


 これはこいつの必殺技だろうな。


 それならオレがやることは一つ。


 最強の魔法で迎え撃つまでだ。


「ニブルヘイム」


 オレは闇に対抗するよう氷の世界を作り出した。


◇ ◇ ◇


 ヘルヘイムの闇とニブルヘイムの氷。


 2つ力が衝突する。


 この戦いをマギサは遠くで見ていることしかできなかった。


 いつもそうだ。


 いつもアークに助けられ守られ、肝心なところでマギサは何もできない。


 ただ理想を語ることしかできず、ただ傍観していることしかできない。


 いまのあの二人の戦いに割って入れる者など、この世界のどこを探しても存在しない。


 それでも見守るしかできないというのは苦しいものだ。


「アーク……」


 ふとマギサの耳にルインのつぶやきが入ってきた。


 ルインの苦しそうな表情を見たマギサは不安に駆られる。


 そして同時にマギサは違和感を覚えた。


 さすがのアークでも、あまりに魔力を使いすぎてはないないか?


 魔力消費のペースがはやすぎる。


 いや、ペースが早いというか、消費しすぎているように感じた。


 アークの魔力量がトップクラスを誇るとはいえ、限界がある。


 その限界をすでに越えているように思えた。


 アークはすでにマギサを助けるに一度ニブルヘイムを使っている。


 ニブルヘイムを使った後にも魔法を放ち続けている。


 魔力には限界がある。


 限界を超えた先に何があるか?


 魂だ。


 たましいは通常の魔力よりも高密度で高濃度な魔力のかたまりである。


 だが人間は魂を使えないようになっている。


 無意識に魂が使われないよう、セーフティが発動する。


 それが魔力を使いすぎて起こる、魔力欠乏症。


 使いすぎれば人は意識を失うようにできている。


 なぜなら魂に込められた魔力を使い切ってしまったら死んでしまうからだ。


 そして魂は回復しない。


 一度すり減った魂は減ったままであり、魂が減るということは寿命が縮むということ。


 アークの魂が徐々に弱まっていく。


 アークが最後の力を振り絞り、寿命を削りながら戦っていたのだ。


「もう……やめてください」


 マギサはこれ以上、アークの戦う姿を見たくなかった。


 たとえ世界が救われてもアークのいない世界に意味などない。


 だが、マギサにはどうしようもない。


 どうすることもできない。


 アークが死にかけているというのに、マギサは傍観することしかできなかった。

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