166. 恐怖
ふははははははははっ!
見つけたぞ!
これが地脈だ!
オレの体がここに魔力の流れがあると訴えている!
ぐぉぉぉぉんっと、竜が吠えてやがるが、まあ見とれよ?
貴様がオレを見下せる時間ももう終わりだ。
オレは見下されるのが大嫌いなんだ!
見下されるなら見下す方が良い!
「貴様を地上に引きずり下ろすときが来た!
巨大な竜よ! 貴様のことを認めよう! 最強の敵としてオレの前に立ちはだかったことを認めよう!
だがしかし! オレはアーク・ノーヤダーマだ! 何者にも負けはしない!
このオレが――最強だ」
さあ、見せてやろうではないか。
このオレの素晴らしさを!
アーク・ノーヤダーマこそ最強だと知らしめてやろう。
地脈から魔力を吸い出す。
体が火照る。
熱い。
灼熱だ。
だが、まあこれもサウナだと思うば悪くない。
むしろ氷使いのオレにはちょうど良いくらいだぜ!
いいぞ、もっとだ!
もっと熱くなれ!
オレを燃やしつくしてみろ。
全身が熱に、灼熱に包まれる。
ふははははははははっ!
まだだ!
まだまだ熱くなれる!
足りんな!
まったく足りん!
ふはははははははははははははははははーっ!
オレこそが最強だ!
オレに敵うものなどいない!
魔力が体に充満し、溢れ出る。
万能感だ。
わかる、わかるぞ!
今のオレは最強だ!
オレは空からこちらを見下す竜を睨みつけた。
誰が覇者かわからせてやろう?
さあ、刮目せよ――。
「――ニブルヘイム」
オレは全身を駆け巡る熱を一気に冷気に変え、解き放った。
◇ ◇ ◇
ファバニールは確実に着実にアークを追い詰めていた。
小賢しい真似は一切しない。
圧倒的な暴力こそがファバニールの力。
星々を覆い隠し、地上に巨大な影を作る。
まるで大地が宙に浮いているかのような巨体。
余波とはいえ、その炎にあぶられるだけで人間の肌など簡単にただれてしまうだろう。
ファバニールは己が優位に立っていることを理解している。
この戦い、否、ファバニールとアークによる戦争はもうじきに終焉を迎える。
そう、ファバニールは確信していた。
己の勝利で締めくくられるはず――。
だからこそ、
「ふははははっ!」
アークの不敵な笑い声が聞こえてきたときは、ファバニールは恐れを抱いた。
なぜ倒れない?
なぜ体が動く?
とっくに限界を向かえているはずだ。
魔力も底をついている。
それなのに、なぜ笑える?
たかが一人の人間に、生物として格上であるはずのファバニールがはじめて恐怖した。
「貴様を地上に引きずり下ろすときが来た!
巨大な竜よ! 貴様のことを認めよう! 最強の敵としてオレの前に立ちはだかったことを認めよう!
だがしかし! オレはアーク・ノーヤダーマだ! 何者にも負けはしない!
このオレが――最強だ」
アークが高らかに宣言する。
強がりのように思えるそれは、しかし、アークは心の底から言っているようだった。
悪寒が皮膚を這うように広がっていく。
アークをたかが人間だと侮っていたわけではない。
敵として認めている。
だが、それでもファバニールは自分が負けるはずがないと考えていた。
その差を、生物としての絶対的な差を理解していた。
埋められない差があると認識していた。
いまこの瞬間までは――。
ファバニールは言いようのない恐怖を覚えた。
それは最強であるファバニールが決して感じるはずがないモノ。
本能が「逃げろ」と訴えてきた。
だがしかし――
「――ニブルヘイム」
遅かった。
ファバニールが己の直感に困惑し、行動が遅れたその瞬間。
アークの最大級の魔法が放たれた。
空が凍る。
天が凍る。
世界が凍る。
世界から空間と時間が切り離される。
それはまさしく神の領域――。
「――――」
ファバニールにニブルヘイムは効かない。
ファバニールはヘルと同格、つまり死の神と同格である。
ファバニールが竜の王である所以、それはファバニールが神竜と呼ばれる特別な存在であるからだ。
その歪によって、ファバニールもまたこの世界に生まれ落ちた。
神竜であるファバニールにニブルヘイムは効かない。
否、効かないはずであった。
「――――」
ニブルヘイムによってファバニールは氷漬けにされたのだった。
◇ ◇ ◇
ニブルヘイム。
必殺とも言える、最強の魔法。
どんな相手だろうと、ニブルヘイムを喰らえば氷漬けにされてしまう。
だが相手が人間であればの話だ。
ニブルヘイムは広く浅い魔法。
ニブルヘイムではファバニールのような神竜を倒すには力不足だ。
ではニブルヘイム・ゼロならどうか?
ニブルヘイム・ゼロは狭く深い魔法。
ニブルヘイム・ゼロではファバニールほどの巨体には通用しない。
アークの持つ最強魔法であっても、ファバニールを倒すことはできないはずだった。
つまり、もともとアークではファバニールに勝てるはずがなかったのだ。
だが、アークはファバニールを倒した。
地脈の活用。
それは人が昔から挑んできたことだ。
地脈とは、膨大な魔力の奔流。
荒れ狂う地脈を制御することができれば、人類はさらなる高みに立つことができる。
一つの研究テーマであると同時に、実現は先のことだと言われていた。
まして、一人の人間が地脈を活用するなど、実現不可能なことだと言われてきた。
しかし、アークはやってのけたのだ。
アークは自身の体を媒介として地脈を利用した。
普通の人間なら、そもそも体を媒介にすることはできない。
そもそも人間の体は外部の魔力を通すようには作られていない。
魔力回路は内部魔力を効率よく動かすものであり、外からの魔力を取り入れる機能はない。
もちろん、完全に外部魔力が遮断されるわけではなく、魔石などを用いて外部魔力を扱うこともできる。
しかしその場合、魔力効率は極めて低いものとなる。
だが、例外もあった。
その例外の一つが刻印だ。
刻印は本来もつ魔力回路とは別の魔力回路であり、比較的、外部魔力を通しやすい構造になっている。
そして本来持つ魔力回路と刻印の魔力回路は繋がっているため、刻印を使うことで、体を媒介とすることができる。
だが、たとえその方法で地脈を利用できたとしても、膨大な魔力によって全身の魔力回路が焼き切れる。
魔力回路が切れれば魔法が使えなくなるだけでなく、廃人となってしまう可能性もある。
最悪、死に至る危険な行為だ。
そもそも人間の魔力回路が地脈の魔力の耐えうるだけの耐久性を有しているはずがなく、分の悪い賭けであった。
だが、アークは普通の人間ではなかった。
彼は神の血を引く一族――。
地脈の膨大な魔力にも耐えられる、最高の
アークにしかできない芸当である。
とはいうものの、タイミングが少しでも遅ければ地脈の魔力に絶えきれず、魔力回路が断ち切れてしまっていた。
逆にタイミングが早ければファバニールに致命傷を追わせることはできなかっただろう。
アークは完璧なタイミングで魔法を発動した。
それはアークの魔法制御力の高さゆえにできる芸当だ。
そうして放たれた魔法――神級魔法ニブルヘイムは、天地を凍らすほどの絶大な威力を誇っていた。
しかしそもそも、ファバニールにニブルヘイムは効かないはずだが、それは
魔石やクリスタル・エーテルで補充した程度の魔力では、本来のニブルヘイムに遠く及ばない。
つまり、今までアークが放っていたニブルヘイムは、不十分な出来だったということ。
地脈を利用し、最骨頂まで高めた魔力で放たれたニブルヘイムは正真正銘、最強の神級魔法であった。
こうしてアークは神竜を地上に引きずり下ろすという、偉業を成し遂げたのだった。
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