157. 優等種法

 優等種法。


 後の世で悪法とも呼ばれるこの法律だが、当時の社会を考えれば一概に悪法と切り捨てることはできない。


 貴族と平民にはれっきとした差があるのは明らかであり、魔法が両者を隔てていた。


 さらにこの国の成り立ちを考えれば、優等種法があるのは自然なことだった。


 オーディンによって作られたこの国は、当然のことながらオーディンの思想を色濃く反映しており、魔法によって優劣がつけられるように設計されていた。


 優劣が明確だからこそ、社会システムがうまく機能しているという側面もあった。


 多少の理不尽や不平等はあれど、優等種法は後の世の人が批判するほどの悪法ではなかったのだ。


 ちなみに、先王は平民を思って優等種法を廃止したわけではない。


 先王がまだ幼い頃、王宮では魔法による殺し合いが日常茶飯事であり、魔法があまりにも特別視されすぎていた。


 宮廷魔法使いだけでなく、貴族同士の争いも絶えなかった。


「魔法はもっと自由であるべきだ」


 先王は、優等種法が魔法を権威の象徴させてしまっていると考え、法律を廃止したのだ。


 しかし、大貴族を中心に優等種法の廃止に不満を抱える者たちは大勢いた。


 そうして30年が経ち、国内でくすぶる続けていた火種が燃え、混乱が起きた。


 それが王派と第一王子・第二王女派の派閥争いだ。


 ヴェニス公爵を除く三大公爵、および四大侯爵の大貴族で構成された、王派と呼ばれる陣営。


 新興勢力とも言えるガルム伯爵、および第一王子・第二王女連合の陣営。


 相容れない思想を持つ2つの勢力がぶつかりあうこととなった。


 だがそもそも、これはアークがいなければ起こり得なかった状況でもある。


 原作では、第一王子もトール含めた北神騎士団も、辺境伯も、ヴェニス公爵も、ゴルゴン家も、学園も、バベルの塔も、精霊族も、そしてガルム領も闇の手によって葬られていた。


 アークが図らずも救ってきた者たちが、この世界では一大勢力となっていたのである。


 もはや原作クラッシャーどころの騒ぎではない。


 アークは無意識に世界は作り変えてしまっていたのだ。


 こうしてこの世界はアークを中心とした歴史が紡がれていくのであった。


◇ ◇ ◇


 ブリュンヒルデはアークをずっと探していた。


 第一軍が敗れたことと、アークが後方から突如現れたという情報が入ってきた。


「ねえ。ファバニール。私達は虚仮にされたのよね? ねえ、そうよね?」


 ブリュンヒルデはファバニールの問いかける。


 ファバニールが、ぷしゅーっと熱い息を吐く。


 ファバニールも怒っているようだ。


「やっぱりそうなのね。もう酷いんだから」


 ブリュンヒルデは血眼になり、アークを探し続けていた。


 しかし見つからず、挙句の果てにアークの手のひらで踊らされていたのだ。


 ブリュンヒルデとファバニールを遠ざけ、その間に第一軍を倒す。


 それがアークの立てた作戦だろう。


 まさしくアークの作戦通りに事が進んだというわけだ。


「腹立たしいことこの上ないわ」


 ブリュンヒルデにとって第一軍が負けたことは大した問題ではなかった。


 彼女にとって国がどうなろうが知ったことではない。


 問題は自分たちが虚仮にされたことだ。


 決して許してはならない。


「ノーヤダーマ城を火の海に沈めましょう? ねえ、ファバニール?」


 ファバニールは夜空に吠えた。




 第一軍との戦いの熱も冷めぬまま、アーク陣営には新たな脅威が迫ってきているのであった。


◇ ◇ ◇


 ふぅ、久しぶりの風呂は気持ちよかったぜ。


 それにしても、城内が慌ただしいな。


 まあ第一軍が攻めてきたなら仕方がない。


 そんな中でも使用人に命じて、風呂に入るオレ。


 なんて悪徳貴族なんだ!


 ふははははっ!


 たまらんな!


 風呂から出たオレは、適当に城内をぶらつく。


 コレクションでも見に行くか。


 大量の魔石が置いてある部屋に行く。


 ふむふむ、いつみても壮観だ。


 ここにあるのは全部、最高級の魔石だ。


 ふはははは!


 高級な魔石は観賞用としても優れている。


 しばらく鑑賞したあと、いくつか魔石をポケットに入れておく。


「アーク様」


 部屋を出た直後、マギサに声をかけられた。


「なんでしょうか?」


「お時間よろしいですか?」


 駄目だ。


 と言いたいが、さすがに断るのは良くない。


 一応、相手は王女だし。


 王様との対立が決定的となった今、王女にはごまをスリスリしとかないとな。


「少し場所を移しましょう」


 オレはマギサを部屋に連れて行った。


 部屋と言ってもあれだ。


 執務室だ。


「質素ですね」


 マギサが部屋に入ると開口一番にそう言ってきた。


「無駄なものが嫌いなだけです」


 父、母のものはすべて売り払った。


 趣味が合わんかったからな。


 誰が描いたか知らん下手くそな絵画とかいらんだろ。


 あんなのをオレの趣味だと思われたら、オレの美的センスまで疑われてしまう。


「貴族らしくないですね」


 ふふっ、と笑うマギサ。


 なんだ?


 喧嘩売ってんのか?


 その喧嘩、勝ってやろうか?


 オレほど貴族らしい貴族はそういないぞ?


 ああん?


「貴族らしいとはなんでしょう?」


「……え?」


「私は自分を貴族らしいと思っておりますよ。さて、王女殿下の仰る貴族らしさとはなんでしょうか?」


 まあ、おそらく王女の周りにはまともな貴族が多いんだろうな。


 オレのような好き勝手振る舞うやつは少ないんだろう。


 いい子ちゃんばかりに囲まれているというわけか。


 オレが大嫌いな部類の貴族だな!


貴族の務めノブリス・オブリージュ


 マギサがつぶやく。


「アーク様は貴族の務めノブリス・オブリージュをどう思われますか?」


 はっ。


 ははっ。


 なんだそれは。


 笑えてくる。


 ノブリス・オブリージュとは滑稽だな。


「悪くない考えだと思いますよ」


 マギサの顔がパーっと明るくなる。


「そうですよね! アーク様もそう思われますよね!」


「ええ。しかし鼻につくというか、なんというか……」


「何が気にかかるというのです?」


貴族の務めノブリス・オブリージュとは、まるで自分たちを特別な存在だと主張しているようで……。

いえ、否定をしているわけではございません。

ただ。その発想は優等種法と何ら変わらないなと考えた次第です」


「あの悪名高い法律と一緒だなんて……。

優等種法が撤廃されてから30年。

完全な平等とは言えないまでも、私たちは確実に着実に平等に向けて歩みを進めております」


 はっ、笑えるな。


 どれだけ平等を謳い求めようが、誰かが得をして誰かが損をする。


 それが世界のあり方だ。


「平等など存在しませんよ。以前もお伝えしたと思いますが――」


 存在するかどうかは別として、平等なんてクソくらえだ。


 オレの伯爵の地位も不平等の上に成り立っているし、それで良いと考えている。


 不平等だからこそ、オレはいまを愉しむことができる。


「それではも……ッ。私はあの法律が撤廃されたことを正しく思います」


「ええ。仰るとおり正しい側面もあるのでしょう」


 そもそも一つの事象に対し、正しい側面と間違っている側面は同時に存在する。


 いや、もっと言うなら、見る人によって正しいか正しくないかは変わってくる。


「ですが、それを気に食わないと思う人たちがいるのも、また事実」


「既得権益に居座る者たちのことですか?」


 ふっ、面白い言い方をするな。


「私もあなたもそのうちの一人なのですよ?

そもそも、私たちと平民とでは決定的に違うものがある」


「魔法ですか?」


「そのとおりです。人類がさらに発展し、魔法の価値が著しく損なわれたならいざしらず。

今のこの世の中では魔法を使える者とそうでない者には明らかな差があります。

差別なのか区別なのか……。どちらなのかはわからなくとも、異なる存在であることに間違いありません」


「異なるからわかり合えないのですか? 拒絶してもいいのですか? 同じ人間であるというのに」


「いいえ、マギサ様。異なることを悪いと言っているわけではございません。

違いがあってもいいのです。大事なのは違いを認めること。まずはそこからだと思いますけどね」


 異なることは悪いことではない。


 つまり不平等は悪いことではないのだ!


 ふははははっ!


 この美味しいポジションを奪われてたまるものか!


「ところで、マギサ様がお話されたかったことは――」


 ――なんでしょう?


 そう問いかけようとしたときだ。


「――――ッ」


 突如、建物が大きく横に揺れ、オレは態勢を崩した。


 くそっ、なんだってんだよ。

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