第44話:戦友と手合わせ

吹っ飛んだ椅子を引っ張ってきて、昼ご飯に戻る。隣りに座ったカークスは、前よりも圧が増してる気がした。



「カークス…強くなった?」


『そうか、ユウトから見るとそうなるな』



塩焼きを食べながら聞けば、返ってきた答えは是とも否とも言えない感じだった。何やら秘密があるらしい。



『体感させてやろう』


『昼食のあとじゃぞ』


『当然だ』



美味い飯を食いながら、目の前で生きるファンタジーを見る。うーん、極楽極楽。



「…はっ!もう無くなってた!」



能力の考察をするつもりだったはずが、いつの間にか思考が逸れていた。その上に塩焼きも消えていた。



『今食べたじゃろう?』


「それはそう」



それから雑談をしながら手を進めていたら、あっという間に食卓の上が綺麗になった。



「ふう、ごちそうさま!めっちゃ美味かった!」



合掌した瞬間、カークスが勢いよく立ち上がった。



るぞ』


「オーケー!」



二つ返事で快諾。ご飯の間ずっとそわそわしてたし、よっぽど血がたぎってたんだろうなぁ。



「あ、でも片付け…」


『それはわしがやっておくぞぃ』


「ありがと、エアブズ」


『気にするでない。ただ、やり過ぎには気を付けるのじゃぞ』



エアブズのお言葉に甘えて、カークスと場所移動。ボス部屋に戻ってきた。ちなみにリバースカードをオープンした跡は綺麗さっぱり消えていた。



部屋の中央に行き、カークスから距離を取る。


陰翳の間合いギリギリの立ち位置。だけどカークスからすれば、一挙一足の空間。


空気がビリビリ震える。肌がチリチリと焼ける。互いの闘気の昂まりを、五感…いや六感全てが祝福している。



『全力で来い』


「とーぜん!」



陰翳を抜刀。正眼に構え、正中線を刃の裏に隠す。


数秒の空白。二つの息遣いが重なり合っていく。



どちらからでも無く、一歩を踏み出した。刹那の間に視界が炎の海へと変わる。


甲高い金属音。擦れ合う刃と刃が、火花を散らす。


鍔迫り合いは不利。即座に体勢を下げ、手首を頭の上へ。切先が地面を向き、爪の一撃が流れ落ちる。


手首を返し、上弦振り下ろし。直撃する寸前、カークスは後ろへ飛んで間合いから出た。仕切り直しだ。



カークスが顎をくいッと上げた。誘われてる…嬉しいなぁ!!



両手を脱力。足腰にグッと力を入れて、一気に距離を詰める。狙うは股下からの一刀両断。


振り上げる瞬間、左手を放し右手を緩める。遠心力に巻き込まれて、手の内を滑る柄をキャッチ。伸びた切先で一気に振り抜く。


刹那、俺の勘は退避を選んだ。遠心力に体を乗せ、回転しながら後ろに飛ぶ。


着地と同時に響く轟音。爆風に巻き込まれ、地面を跳ねて転がされた。


立ち上がりながら回転斬り。硬い感触が手に響く。


脱力。受け流し。背中に流した腕を蹴り上げる。


右手を畳み、刃を跳ね上げる。空気を裂く音だけが聞こえた。いつの間にか視界の先にいるカークス。完全に陰翳の間合いの外だ。


カークスの姿が揺れる。ゆらゆらと蜃気楼が立ち昇るように。


『ーー焔の波紋ーー』


カークスを中心に、魔法陣が展開される。この部屋の床を埋め尽くす程の大きさ。その細部を構築する美しいラインに、自然と笑みが溢れ出る。


『ーー《フレアイルシオン》ーー』


鍵言葉が落ちると同時に、視界にあるカークスが数を増した。全部が不敵に笑って、堂々と立っている。


でも気配は…一つだけ。


「あっはは!!」


その気配目掛けて陰翳を振り上げ、さらに振り下ろし。手答え無し!


勘に任せて左に跳ぶ。着地、回転からの上げ袈裟一発。やっぱり手答え無し!


スピード差がありすぎて捉えきれない。たぶん刃が当たる前に離脱されてる。それならーー


壁の近くまで形振なりふり構わず走る。気配は上で浮遊中。たぶん俺の動きを待ってる。遠慮なく準備させてもらおう。


足は軽くハの字に開き、直立不動。刃を左の親指と人差し指で摘み、横一文字に構える。


後ろは壁。下も地面。少しだけ方向は絞れた。


息を整え、視界を閉ざす。カークスの闘志の波に、全意識を集中する。



浅山一伝流あさやまいちでんりゅうーー



直感に任せて、右足軸に左半身を思いっきり引いた。


刹那の間に溜まった力を解放。弾き出された刃が、炸裂音を響かせる。



「ーー波分なみわけ!!」



切先から硬さが響いた。手が、骨が、ジンジンと痺れる。



『峰打ち…か。我の負けだ』



世界の熱が冷めていく。陰翳を納刀し、大きく息を吐いた。



『やはり素晴らしい腕だな』


「ありがと」



ガッチリと握手を交わした。


気持ちのいい笑顔のカークス。たぶん俺もそんな顔をしてる。



『フォッフォッフォ!白熱した手合わせじゃったのぅ!』



パンパカパーンのファンファーレに包まれて、エアブズが現れた。後ろでたくさんのパーティクルが輝き舞っている。



「カークスがフィジ…身体能力で攻め立ててきたら負けてたけどね。ところでその登場演出は…」


『魔法じゃよ』


「おお〜!!どんな魔法陣!?やっぱ光!?それとも火!?」


『それは秘密じゃ』



エアブズは立派な顎髭を揺らしながら笑った。カークスに目線で聞いてみれば、首を横に振られた。これ以上考えるのはやめた。



『さて、腹ごなしも済んだじゃろう?午後は身体強化の為の鍛錬じゃよ』


「はーい。何するん?」


『やること自体は単純じゃよ』



空中に光の文字が浮かび上がる。内容はーー



「走り込み四万周、素振り三万本、高跳び七万回…」



目を擦る。もう一度桁を数えてみる。


何も変わらない。書いてあることそのまま。



「あーもしかして、これを半年とか…?」


『一日じゃぞ?』


「で、ですよねー」



うん、知ってた。知ったよ。


前にラフィに分からされたもん。


この世界の人たち、フィジカルの上限が元の世界より圧倒的に高い。底上げされてるんじゃなくて、天井が馬鹿高い。



それだけならまだいい。



おそらくだけど、成長速度も異常だ。


例えば、俺が一ヶ月筋トレして、それで獲得した筋力を十とする。それを元にすると、この世界の人らは同じ期間で一万くらいの筋力を得ている。たぶんそれくらいの差があるはず。



「エアブズ…お願いがあるんだけど…」


『なにかのぅ?』


「走り込み十周、素振り百本、高跳び二十回って感じにしてくれん?」



エアブズが固まった。カークスも固まった。炎の流れすら固まっている。



「もしもしー?」



手をブンブンと振れば、カークスが動き始めた。エアブズはまだ固まったまま。



『ほ、本気で言っているのか?幼子と同等の量だぞ?』


(幼子…やっぱそれくらいになるのかぁ)



俺の立てた仮説の通り、成長速度もヤバいの確定。どう考えてもちっちゃい子のやる量じゃない。


とはいえ、あの馬鹿みたいな量が常識の世界だし、俺の非力さが伝わるとは思えない。


じゃあ俺のすべき提案は一つ。



「あのさ、カークス」


『なんだ?』


「純粋な身体能力だけで手合わせしない?」



グッと拳を握り、ファイティングポーズ。前後に軽くステップを踏む。


ワンツー、ワンツー。



「せい!!」



全力で上段蹴り。俺の最速のキックが、カークスの頭を襲う。


結果は当然、あっさりと受け止められた。



『今のが本気か?』


「本気と書いてマジと読む」



声色は煽りゼロ、驚愕マックス。本気マジで驚いてる。


掴まれていた足が解放された。カークスは感触を確かめるように、手をグーパーしている。



『もう一度、全力で来い』


「せい!!」



今度は右ストレート。引いた腰をトリガーに、重心を乗せて発射する。


気持ちのいい破裂音が響いた。


俺の拳がカークスの拳に包まれている。表情は…まだ驚いているみたいだ。


手を抜き取り、即座に構え。


足はハの字。膝は少し内向き。重心を軽く後ろに立つ。右手を前、左手を少し後ろに。



詠春拳ーー


「オラオラオラオラ!!!」



両手を回す、回す、回す。より速く、より精密に、より無駄を省いて回し続ける。


拳の雨が降り頻る中、カークスは何事もないかのように平然としている。


これは…あれだ。アニメとかである、怒った女の子がぽかぽかやるやつ。あれと全く同じ絵面だ。なんか…恥ずい…やめよう。



『十分伝わった。ユウトは…虚弱体質というやつなのだな』


「うん…うん?」



カークスが納得したように頷いた。



(弱い…そりゃカークスたちに比べれば弱いかもしれないけど…なんか違和感)



言われ慣れない言葉にどこかむず痒くなる。



『う、うむ。とりあえず分かったぞぃ。お主の好きなようにするとよい』



エアブズからの許可も降りた。あの量は絶対死ぬし、ほんとに助かる。



「ほんじゃ、まずは素振り!」



陰翳、抜刀!上段構えて振り下ろし!リズムに合わせて、ワンツーワンツー!





ーーーー





「はぁ、はぁ…どう…ですか…?」


『三十二分十五秒!』



ヨトゥンさんに記録を聞けば、想像以上の結果でした。かなり良い調子に、心が弾みます。



『すごいね!今日一日でここまでになるなんて思ってもなかったよ!』



その見た目も相まって、子供が無邪気にはしゃいでるように見えるヨトゥンさん。どこか既視感を感じる雰囲気です。



『はい、飲み物だよー』


「ありがとう…ございます」



スッと現れたアイオリアさんが手渡してくれたそれで、喉を潤します。スッキリとした甘さが、じわりと体に広がっていきます。



『よし!休憩にしよう!』


「はい…」



甘幻の魅惑しゅぎょうどうぐから手を離し、大きく息を吸います。心に残る大蛇のような痺れが、今日の努力を物語っている気がします。



『これからご飯の用意をするから、お風呂を済ませてて。アイオリア、案内よろしくね』


『こっちだよー』



アイオリアさんは扉の横まで飛んでいくと、可愛らしく手招きをしました。



「ティオナ、行きますよ」


「は、はっ!」



隣で悶えていたティオナは飛び起きると、扉と反対の方へ歩き始めました。



『おーい!こっちこっちー!』


「あ…」



きびすを返して扉に向かうティオナ。耳の赤みがさらに増していました。



(ティオナは何の夢を見たのでしょうか?)



あまりにも動揺しているので、夢の内容に興味がそそられます。


とりあえずその事は後にして、アイオリアさんに続いて浴場に入ります。



『ここだよー』


「ありがとうございます」



ふわふわと浮きながら、服を脱ぎ始めるアイオリアさん。お風呂に入る気満々のようです。


ティオナはというと、いそいそと端の方へ隠れていきました。



(どうしたのでしょうか?)



体を洗う時も、お湯に入る時もどこか距離を感じます。長く一緒にいたので、ちょっと寂しいです。



『ねぇねぇティオっちー』


「ひゃいっ!!ってティオっち…ですか?」


『うん、ティオっち』


(愛称…でしょうか?不思議な響きです)



何故か心地良い呼び方に、心に鈴が転がされる気分になります。



『どんな夢を見たの?』


「え!?えっと…それは!その…」



口籠るティオナは、手をわたわたしながら、顔を赤く染めていきます。



(よほど恥ずかしいみたいですね)



その反応に、ますます興味がそそられます。


すすっと距離を詰めて、ちょいちょいと肩をつつきます。



「ひゃあ!!」


(…はい?)



ビクッと跳ねたティオナ。私の方をじっと見ながら、自分の体を抱きしめています。


なんだか気まずい空気が流れます。だんだん申し訳なくなってきました。



「…も、申し訳ありませんでした」



言の葉はいつも通りですが、調子は羞恥心で溢れかえっています。



『ふーん?』



何を察したのか、アイオリアさんはニマニマと笑っています。耳元に近づき、こしょこしょと何かを言いました。



「そそそ、そういうわけではありません!!」


『ええー?違うのー?』


「断じて!決して!やましい思いを抱いているわけではありません!!」



必死で否定するティオナの様子に既視感を覚えます。一体どこで見たのでしょうか。



(そういえば…)



記憶の森を探ってみれば、その時の記憶が湧き出てきました。



あれは確か、三年ほど前だったでしょうか。


救出できた民を連れて、レサルシオン王国わがくにに戻った時のこと。



ティオナとキュルケーと湯浴みをしていたら、ティオナが突然、「キュルケー様って、ヴェラスケス様に恋してますよね?」って聞いたことがありました。


今のティオナは、その時のキュルケーの反応にそっくりなのです。



(もしかしてアイオリアさんも…)



同じ結論に至ったのではないでしょうか。


チラッと目線を送れば、肯定の意が返ってきました。



私たちの共通認識。それは、ティオナは夢の中で恋を自覚したということです。


問題はお相手が誰なのかということ。



(今までそういう素振りを全く見せませんでしたし…)



考察のきっかけになりそうな要素すら見当たりません。


私が悩んでいる間も、アイオリアさんはティオナに揺さぶりを掛けていました。



『大丈夫だよー。偉い人がいっぱい結婚することってー、よくあるんでしょー?』


「だから私は!結婚とか好きとかではなく!ただ甘々な二人を見たいだけなのです!!」


『え…?』


「はい…?」



今…ティオナはなんて…



(甘々…?見たい…?一体どういうことなんですか?)



聞こえた言葉の羅列が、疑問の渦を巻き起こします。考えていたことは全部飛んでいき、ただただ困惑だけが残りました。



「決して!ユウト様に好意を寄せているわけではなく!ただセシリア様とイチャイチャ甘々して欲しいだけなのです!!」


(イチャイチャ…甘々…私と…ユウトさんが!?)



ようやくティオナの思いを理解した瞬間、心から熱がブワッと湧いてきました。


私がお湯と変わらないほど熱くなっている間も、ティオナの話は止まりません。完全にやけになっているようです。



「そこにラフィ様も混じってあんなことやこんなことをして…もう甘々すぎいっぱいいっぱいになってただけなのです!!」



語られた出来事が、あまりにも恥ずかしいです。恥ずかしすぎて、顔を覆う手を離せません。



「これで!満足!しましたか!?」


(はい…わかりました…)



いろいろな熱に撃沈させられた日でした。

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